三文 享楽 小説・エッセイ等

無料web小説 短編8『来ない明日』【三文】

2016年7月15日

どうして、子どもの頃って、「明日が人類最後の日だったらどうしよう」という不安だけであそこまで妄想が続くのでしょうか。

暗黒の世界がやってきて、自分以外の誰もいない中で必死に生きようとする、妄想をする。

 

授業中の妄想ネタには事欠かなかった三文享楽です。

 

本当にそんなことは起きないと分かっているから大人は妄想しないのでしょうか。

そんな妄想をしている暇もないから妄想しないのでしょうか。

 

それとも、それよりも恐ろしい監獄に閉じ込められた現在を諦観し、妄想すらしないのでしょうか。

明日が来ないとき、我々はどうすればいいのですか。

 


 

 『来ない明日』

明日のデートを成功させて、見事あの子を自分のものにする。

ここまでの高望みをしてはならない。いざやってみて成功する確率は限りなく低いというのが世の中の相場であるし、そもそも俺は「付き合ってくれ」の一言さえ言えるかどうかも分からない弱い人間なのである。

ケイは自分で分かっている。

だからこそ、自分の中で最低限の取り決めを作った。

明日のデート中に、「好きです。付き合ってくれませんか」という言葉を自分の声としてしっかり発信する。これだけである。成功するか失敗するかなんてどうでもいい。一日のデートの中で、夜のそれっぽい時間になったら、とりあえず口にする。それだけでいい。

それ以上を望むと、緊張してデート自体が台無しになる可能性がある。

ややもすれば、「自分は緊張している」といった言い訳がましい言葉を吐き、明らかに弱い人間であることを暴露することになるだろう。うらめしい顔でおどおどして時が過ぎる。

そんなやつは、その場で軽くあしらわれるか、後日にメールで断られて終わりだ。

どんな結果だろうと、明日も同じように夜はやってきて、自分はここに寝ているはずだ。

そう思うだけで気が楽になった。

失敗したところで明日もこの場所で現実から逃れられる、という落としどころが一つあるだけで人間は楽になるのだ。現状は何も変わらない、むしろ悪くなっている。それでも、明日のために眠る。それができれば十分ではないか。

しかし、この容易に思えるケイの目論見は実現しなかったのだ。

それは、ケイがほんの数秒すら決めた内容の言葉で自分の声帯を揺らすことができなかっただとか、翌日の夜という時間帯まで女の子を留めておくことすらできなかっただとか、そういうわけではなかった。

無念無想だ。何も考えないようにただそれっぽく振舞い、決められた言葉を決められた時間に発することだけを胸に、玄関のドアを開けてみると、そこには世界がなかった。

「ないな」

思わずケイが放った一言はあまりに乾燥した内容だったが、にわかには信じがたい出来事に対してこうしたセリフしか発せられなかったとすれば、何もおかしなことはなかった。

引き返したくてたまらない。

ただ寝ぼけていただけで一旦ドアを閉めもう一度ドアを開けてみたら何ともない日常の一片だったという展開は十分にあり得たし、今ここで引き返して一日時間を潰して布団に入ったところで、昨日の「明日も夜になればここで寝る」という野望は達成できるのだ。

でも、それではある条件をクリアしていなかった。

今日これから出会うデートの相手に対して、「好きです。付き合ってくれませんか」という言葉を浴びせていないのである。結果がどうであれ、言わなければ目標は不達成だ。

相手がどんな状況だろうと、せめてそれだけ言ってから寝よう。

ケイは家の中に戻りたい衝動を抑えた。

死んでいてもいい。とにかく自分の決めたことをやってから、今日は終わるのだ。この世の中を生き抜くには、そのくらいの気概がなければやっていけないはずだ。

おそるおそる家を出たケイであったが、道路も家もなくただ一面沙漠と化してしまった目の前の風景になすすべもなかった。

ところどころに申し訳程度の木が生えていたが、何の気休めにもならないであろう。街があった場所が、砂漠と化してしまったことに変わりはないのだ。

ケイは次にとる行動を考えなければならなかった。

自宅から最寄り駅までは徒歩で十五分。

だいたいの距離と方向感覚で、そこまで歩いてみることにした。

積極的な理由はない。

今日いつも通りの日常が下界に広がっていたとしたら、やはり同じように駅に向かい電車に乗っていただろう。駅も電車もそこにある確証はまるでなかったが、その地点に行く理由はなくなっていないわけであり消去法としてそこまで歩くことにしたのである。

大まかな感覚を念頭に、自分の家をふり返ることによって距離感を確かめつつ進んだ。

数百メートルくらい進んだであろうか。

街があれば当然にしていただろうデートプランの復習をしながら駅のあるべき地点へ向かって歩いていると、今日のデートプランにも全く関係のなさそうなじいさんが一人現れたのである。

「ほぉほぉ、元気かね」

「いやあ。そうでもないですね」

じいさんはケイの顔をじっと見ている。

答えたのにそれに対する言葉が返って来ないというのは、次の話題を提供するような内容も含めて発言すべきだったのではなかったかと推察し、ケイは考えを巡らせる。

「一体これはどういうことなのでしょうね。人がいなくなって、街もなくなってしまった」

「そうじゃのお。まことに不思議だ」

この発言を聞き、ようやくケイはこのじいさんが普通ではないことに気付いたのである。

これだけ至極真っ当な次の話題提供も込めた発言をしたというのに、このリアクションは異常ではないか。

そもそも人がいなくなってしまったことが現実離れの超自然的な状況だというのに、それを生き延びて初めに出会った人がこんなじいさんであり、ケイの向かう先で都合よく現れたというのが腑に落ちない。

それに、世界がなくなったというのに、落ち着き過ぎではないか。

若干のアルツハイマーが入っているのであれば、この人を小馬鹿にしたような態度に説明もつくが、まともな神経でこの落ち着きはおかしい。

ケイは、世界がないことを知って思わず呟いた自分の乾いた発言も忘れて、訝しがった。

「ところでだが……」

怪訝な顔していると、今度はじいさんからケイに話し出した。

「おぬしは今日目的があったのだろう」

「え?」

「デートだったのじゃろ?」

「ああ、いや、まあそうですが……どうしてそれを」

「ほぉほぉ」

言葉遣いには老人的なものが感じられたが、それほどおかしい受け答えはしていない。現状打破の手掛かりが皆無のケイにとって、老人の口から出てくる一言一句が重要な手がかりであった。

「実はな、知っているのだよ。おぬしは今日ある女とデートをする予定であった。そして、そのデートプランの中に付き合ってくれないかという告白シーンを用意していた。結果がどうであれ、それだけはやる。それが今日のデートの決まりである。そう決めていた」

あまりに的確に言い当てる老人に対して不信感を覚えつつ、ケイは何のリアクションもしなかった。まともではないこの状況下で、まともな相槌を打つのもバカらしかった。

ケイは睨みつけるように老人を見ている。

「ここまでは世の中にありふれた恋愛のシチュエーションだな。でも、どうだろう。この恋愛のシチュエーションが他のありふれたそれと決定的に違う何かがあったとしたら」

老人はケイからその伏し目がちな目をそらす。

「彼女は大変特異質な能力をもっていた。たとえば、彼女は人の考えを簡単に読むことができた。たとえば、街の人々や世界を消したいと思った時には簡単に消してしまうことができた。こんな能力をもつ人間だったとしたらどうだろうな」

そんな話をそれこそ簡単に信じられるわけがない。

そのようなSFちっくな展開が起こり得るのならばなんでもありとなってしまう。

「いやあ、信じられないな。まず、あなたは誰なんだ。どうしてあなただけがここに残っていて、俺にこんな話をした。どうしてあなたはこの状況をそこまで理解している」

「君が信じられなかったとしても、そういう可能性が大いに考えられるということなんだよ。なんの手がかりがなかったら、何かから疑うしかないだろ」

「いいや、分からないね。俺が今まで生きてきた中で出会ってきた知り合いは数多くいるが、どうして彼女がそんな能力者と断定できる。仮にだ。今日こんな事件が起きたために今日に手掛かりがあるとして、デート予定だった彼女を能力者として疑う。だとしても、どうして世界を消してしまい、俺とあなただけをこの世界に残した」

老人は伏し目がちの目を再度合わせてくる。

「君とわしだけなのかね、この世界は」

「それも分からない。見渡す限り砂漠と数本の木であって、俺の家があそこにあり生物は俺とあなただけ。違う、待ってくれ。話をそらさないでくれ。どうしてこの状況に置いて彼女を原因とするかだ。そういえば、あなたはさっき彼女に人の考えを読む能力という話をしていた。それはどういうことだ、世界を消すことに関係があるのか」

「可能性だよ。もし仮に彼女が昨日の君の考えを読んでいたとしたらどうだ。彼女は自分の能力に小さい頃から気付いていた。人と違った特異質な自分は当然普通の恋愛なんてできないと思っていた。しかし、君が現れた。自分のことを普通の女性として扱い、告白されれば付き合うことになるかもしれない」

老人の声はなめらかである。

「昨日、君の心を読んだ。そうしたらどうだ。『言うだけ言って寝よう。フラれたら、また他を探せばいい。とりあえず言えばいいんだ』そう思われたとしたら、当然彼女は傷つくであろうな。世界を消してしまおうと思う可能性も往々にして起こる」

それは復讐のためか?

いい。これ以上のことをこの老人に聞いたところで意味はない。あるのは自分と老人しか存在しないこの現状のみ。

これ以上話を続けるよりはひとまず今日の食事や寝床を考えた方が良さそうであった。解決の糸口は後々見つけていけばいいものである。

「とりあえず、自分の家に戻りましょう。食料は少しあるはずだ。家に戻るまでにそこいらの木に実がなっていないか確認していけばいい」

「ほぉほぉ」

老人はほくそ笑んだ。意気揚々としてケイについていく。

君はわしの言うこと、いや、ケイは私の言うことを信じた。

もし仮にだ。先ほどの老人が言った言葉を信じるとして、まだ彼女に特異質な能力があったとしたら。自分の姿を簡単に変えることができる。消した世界をまったく別の亜空間に出現させ、自分と自分が愛した男の存在を最初からなかったことにできる。

そうしたら、客観的にみて起きた事件は一つしかないことになる。

二人の男女が愛し合った。それだけ。

男は女だから愛すのか。女は男だから愛すのか。個体と個体の愛ならばそれは関係ない。

個体として接触したい、それならば姿かたちはどうでもいいはずだ。

さらに。仮定が本当だとして、世界を消した彼女がその姿で現れたら? 自分から世界を奪った彼女を少なからず恨むであろう。そんなヘマはしないに決まっている。

愛し合った個体が二つ存在する世界さえあればいいのである。

明日が来ない可能性は無限に広がる。


 

まあ、たまには小説の合間にヒップホップでもどうですか?

読書の合間の音ゲーっていうのもいいですよね。