三文 享楽 小説・エッセイ等

無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』8【三文】

2016年5月30日

日本史はクラスで1位、化学はクラスで最下位層あたり。

どうも、極度な文系三文享楽です。

 

日本史って授業だとかテストだとか、関係ありませんよね。家に帰ったって受験勉強なんかではなく、ただ好奇心を満たすためだけにひたすら日本史の勉強をしていた高校生時代でしたよ。

昔の人たちが織りなすドラマ、できあがる社会、構築される世界。

もうこれを学べることが楽しくて仕方ありませんでした。

 

ということは、我々の行くべきとこ、歴史の海ですな。


『歴史の海 鴻巣店編』8

9の続き

椅子の脚越しにみえる向こうの空間を左から右に走り去っていく姿が見えた。

助かった……向こうに行った。……待てよ。これは罠か? 首を出したら左や右から白刃が飛んできたというので話にならない。自分の首がごろりと床を転がる場面を想像してしまった。なぜこんな逃げ場のないところに逃げ込んでしまったのか? じっとする恐怖のあまり走り回って戦う恐怖のほうが可能性のある分ましではないか。だったらこの椅子を前に押し出すのだ。そっと出て行ってやる。いや、どうせ待ち構えているのかもしれないのだから一気に飛び出して、不意をついて少しでも抵抗するべきなのか? この椅子をどうすればいい……

竜哉は考えに考えたが目の前の椅子が自然に前に出て行くのを見たとき、ずっと見ていたせいか椅子が動いていくことに違和感さえ感じなかった。

何だ? 殺されるのか?

「……ぃしょぉー」

竜哉は既に考えることを忘れていたが、目の前にいるのが、山岡鉄舟であることに気付き覇気を取り戻した。

「や、山岡さん!」

「さ、今のうちに」

「まさか、じゃあ今のは?」

竜哉はこっそりと机の下から這い出しながら、大伴に大将が狙われていることを知った鉄舟が敵の気を引くために先程、割れたガラスの大きいのを遠くに放り投げたのを聞いた。

敵は自分たちの割ったガラスに惑わされたのだ。

竜哉は鼻で笑いながら係長席のところまで這っていった。

「これからどうしましょう?」

「まだ、あの三人は部屋のすぐ外にいます。すぐにからくりに気付き戻ってくるでしょうし、あそこから出るのは不可能です」

鉄舟は机の向こうにいる三人の位置を想定し指を差す。

「くそ、正面突破さえできない。前原さんたちの生還を祈るしかないのか…」

竜哉は頭を抱え込み、係長席の脇にうずくまった。

ピピー、ピピー、ピピー

「や、やば…」

竜哉が手帳の音を切ったときには既に遅かった。

「おい、なんだこの音」

「やっぱり、中にまだ誰かいるぞ」

「あそこだ。殺してやる」

突然の音に竜哉は思わず立ち上がってしまい愚かにも自分の居場所を露にしてしまった。

鉄舟が竜哉の腕を取る。

「こっちです。早く逃げましょう」

鉄舟は竜哉の腕をつかんだまま、係長席のすぐ左後ろにあるドアを開けた。ドアの上には給湯室と書かれている。

鉄舟が小部屋の壁を叩いて回る。勿論食器が入った棚の向こうの壁も確認した。かつかつと空洞を叩く音はなく、どれも音も出ないほどの壁の厚さだ。

「くそっ、行き止りだ」

「ここで、戦うしかないのか…」

はっ……

竜哉は天井にある正方形の扉を発見した。

「あ、あった。あれです。天井裏に行けます」

「よし、善は急げです。先に行って下さい」

鉄舟は給湯室のドアを閉め、腹ほどの低さである冷蔵庫をその後ろに動かす。何が何でも外部との侵入路を遮断せねばならない。

「くそっ、上るといっても……」

竜哉はとりあえず、本来お茶を注いだり、お菓子を分けたりする台の上に乗った。だが肝心の天井裏への通路が開かない。それもそうである。オフィスや学校など公共の場所ではふだん行くことのない通路は塞がれている。

「どうすれば……」

体全体を揺らすような地響きがくる。

「ごりゃ、開けろ」

どうやら給湯室のドアの前まで、賊は来た。

ドアの後ろでは自分ひとりの力だけで動かせた不安もあって小型冷蔵庫を必死にドアのほうへ押す鉄舟がいる。

「開けなければならない……あ、あれだ」

竜哉は自分の立つ台の脇にある食器棚にきちんと納まっているフォークを見つけた。

念のため、更にその隣にあったスプーンも取り出し、命を左右する通路を止める正方形の金具にそれを当てるとビンゴである。二箇所留められていたねじはくるくると回りだした。思ったよりこれにはフォークよりスプーンが効いている。

「よっしゃ、もう少しだ。丸橋さん、槍はあんたが使ってくれ」

「原田君。君も槍が使いたいのでは?」

「俺は刀でいく」

声が先程より間直に聞こえるのはドアに穴が開いたかららしい。何回も続いているぼこぼこという音がドアが破れる音ならば、もはやただのその扉は既にだいぶは破損しているであろう。

「もう少しだ…ああ…」

虚しく、スプーンの金属音が床に響いたが、竜哉はそれに構わず爪でネジを回し続ける。拾う暇など無い。

爪の柔らかい部分、甘皮から血が滲み出してきた頃ようやく二つのネジが取れた。憎いほど重い正方形を持ち上げ、スライドさせ通路をこじ開ける。

「山岡さん、開きました。先に行きます」

「承知した」

竜哉が暗い通路によじ登るのを見ると、鉄舟は冷蔵庫から手を離し、一気に先程まで竜哉のいた台に飛び乗った。

「うりゃっっ」

数秒後、鉄舟の顔があった位置に丸橋の放った槍先があった。鉄舟が冷蔵庫から手を放したがためにドアを押し開けたのではないからまさに危機一髪である。冷蔵庫が背に無いドアの上部を槍が貫いたのだ。

袴によって意外と天井によじ登るのを鉄舟が苦戦している間にキャスターつき冷蔵庫はそのまま窓までスライドし、滑稽にも壁から土煙が出た。ドアは金具を軸にとって側が九十度回転するという正式なドアの仕組みをなさずに上からドサッと給湯室側に倒れた。

「どこに行きやがった」

またしても寸前の差で鉄舟の脚はそこには残っていなかった。ただ、鼠以上の音を天井で立ててしまっただけのことである。

「丸橋さん、上だ」

「そっか!」「うわっ」

丸橋が天井に槍を向けるや否やそれを突き刺すことなく丸橋が左之助に寄りかかってきた。丸橋の右手の甲にはフォークが刺さっていた。

 

十メートルほど、虫の死骸と塵、一寸先にも迫っている闇の中を這い回り、明かりがてら手帳を開いた竜哉は思わず苦笑した。

自分達の戦闘体制のとっていない存在をブザーによって知らしめ、この危機を作ったのは原田、大伴、丸橋の下にある×のついた藤原行成という男の死であるらしい。

自分の死を最後まで自分の味方に殺せるチャンスの敵の居場所を教えることに役立てたわけになる。チームのために死んでも自分を全うしたのだ。

10

トイレというものを知らずに逃げ込んだ前原一誠はいまだに壁にくくりつけられた物体が何のためにあるのかも分からないが行き止りであることを悟った。

「勝負!」

古い着物こと源義経四天王の一人、鎌田光政が入り口に立ちふさがり既に右手で握っていた大刀を上段の構えにした。

狭いトイレではたとえ上段の構えからも逃げにくい。逃げる隙を窺っても右にも左にもどこにも無い。右手には男性用便器が四つ、左手には扉付きの洋式便所が三つあるが勿論人がいないのだから扉は全て開いている。二歩下がれば壁である。要するに完全な袋の鼠状態である。

「抜け」

鎌田が剣先を一誠に向けて言う。

一誠は抜刀しなかった。戦う気など毛頭無い一誠にとって、長い棒を持つということは全くの障害物でしかない。どうしても隙を見て戦わずして逃げたかった。

「どうした。怯えで刀も抜けないのか?」

何もせずに睨み続ける一誠を鎌田が挑発する。

一誠はとりあえず気晴らしに脇差を抜いた。もはやどう白刃を潜り抜けるかだけが問題だ。

冷や汗が垂れてくる。

「いくぞ」

次の瞬間、鎌田の大刀は一誠から見る左上部から振り下ろされた。

大刀は一誠の前を通り、立ち小便器の右部に当たる。

続けざま一誠は脇差を軽やかに上面に構え、鎌田の胸部を狙うが無論便器から離れた大刀にはじかれ、大刀、脇差もろとも洋式便所の扉を突き破る。

脇差は短いがためにたいしてめり込まず、すぐに抜けたが、大刀はだいぶ深く突き刺さったらしくなかなか抜けない。

一誠は早速、右に出来た隙を狙ったがその行動は気付かれ、鎌田は大刀を捨て三歩下がりもう一本の腰にある大刀に手を伸ばした。

その瞬間をうまくいけば刺殺できたのだが、あまりの鎌田の迫力に一誠は前に踏み出すことが出来なかった。

一誠は下がればどんどん逃げ場の減ることを知り、前に二歩出たが、無表情で鎌田は二本目の大刀を引き抜き、先程と同じ構えをした。

どうしても逃げなければならない。しかし、この短刀で勝てるか? いや先程の要領であの大刀も使えなくすれば良いのだ。だが、どうする? そう二度も同じ手を食らう相手であろうか?

鎌田の大刀は再び左上部から迫ってきた。

今度は一誠が脇差で払い除ける。

大刀は流されたが小便器にぶつかることなく再び襲いかかってくる。

一誠が脇差で払いのけ、大刀は右に流れを三度、四度と繰り返すうちに刀の大きさもあろう、一誠の脇差は根元から真っ二つに割れた。

既に防戦で二歩下がっていた一誠は自らの刀を抜く暇も無く左手にある鎌田の大刀に手をかけようと試みたが鎌田はそれを阻んだ。

刀を失った一誠は小便器の間に追い込まれた。

いまさら大刀の抜刀の暇はない。

目の前には大刀を構える鎌田がいる。

鎌田は小便器に当たることを恐れ、斜めからではなく真上から一誠を仕留める一刀を放った。

だが、結果的にその一刀両断の振り上げは不成功となった。

もはや冷や汗が干乾びる程緊張していた。

鎌田の大刀はそれぞれを結ぶ水道管に直撃した。

水道管は脆くも割れ、水は一気に溢れ出し鎌田を襲う。

上から吹き出る水は視界をなくすばかりか体をも押し潰した。

「しめた」

一誠は自らの抜刀の余裕も無くかまたの腹部に精一杯の力でタックルした。

鎌田は見た目の筋肉の思いのほか吹っ飛んだ。

「うおっ」

幸いなことに後ろの洋式便所に突き刺さる大刀もほぼ水道管に直撃であったらしい。鎌田が吹っ飛ぶと洋式便所から溢れ出した水も鎌田を襲う。

もはや人を倒すことより自身の安全確保が先決となった。

両側から吹き出る水をよそ目に一誠はトイレを飛び出した。

「何だ? 今の音」

遠くで誰かが叫ぶ。

更なる追っ手が来たらしい。

ここで鉢合わせては意味が無い。

文字通り白刃の下を脱したのだ。

一誠は一階ホールまで走る余裕もなく自分の出てきたトイレの隣にあった清掃用具質に飛び込んだ。

 

「た、助かった」

丁度その頃、時を同じくしてトイレに隠れていた近藤長次郎は危機を脱した。途中まで一誠と逃げた長次郎は最後の二手の分かれ道、男子トイレと女子トイレの選択で女子トイレのほうを選んだ。もちろん、女子トイレと認識して逃げ込んだわけではなく、たまたま逃げ込んだほうが女子トイレであっただけのことである。

真っ先に一番奥まで進んだ長次郎はそこにあった個室に逃げ込んだ。一度はドアを閉めた長次郎であったがロックの駆け方も分からずに、ただドアを押さえるのも面倒であったため結局自然に開かれたドアの後ろに隠れることとした。小学生の校内鬼ごっこで意外と見つからない穴場である。だが、それは結果的に功を奏した。

間もなく追っ手の宇佐美定満が来たがその位置から動きもせずにしばらく全体を見回していた。

そのまま数秒が経つと今度は一番手前の個室を開けた。といってもいずれの扉も自然に開いていたため、一番手前に手がかりがあったから先に開けたのではない。

顔を先に出して人がいるのかを確認するのは首を斬られるのを約束しているようなものであるため誰もいないかもしれない空間にも確実に刃を差し込みながら点検していく。一番手前の個室はすでにドアから僅かな空間にかけて一刀が貫きその逆手で刀を前方に出し、右手をそれにそっとそえている。

長次郎はドアが貫き抜かれる音や時折響く鉄が空中を切り裂く音に冷や汗が止まらなかった。隠れ続けていては抵抗することも無くただ死ぬばかりだ。それこそ板ばさみで頓死するのであれば、すずめの涙ほどの自身の剣の才を信じ抵抗するのがましではないのか。しかし、抵抗し苦しみながら死ぬのであれば、いっそのことここで一刀に…

長次郎はそこまで考えてはその考えを否定し、誰かの助けが来るのを頼みにしていた。

宇佐美は既に二つ目の個室を破壊している。

ここに隠れていては確実に串刺しとなる。

いつか飛び出して華々しく散ってやる。行動しなければならない。

ふと長次郎は以前にも似たような感情を持ったことを思い出した。あるいは山奥に閉じ込められ山の向こうに出来事に加えることを夢見ている自分。……前世であろうか?

鉄が空を切る音がやみ、また新たな板がぶち壊される音がした。

個室は全てで五つである。四つ目を破壊し終えた後に出て行ってもそれはただやられるばかりである。敵と正面に向き合ってはならないのだ。

ならばいつ飛び出す?

今三つ目を破壊している。直に四つ目に向かってくるであろう。

四つ目を破壊し終えたのでは遅い。三つ目から四つ目に向かう時では勿論ダメだ。最善は敵が個室に入って中を探っているまさにそのときだ。

何を合図にする?

ドアだ。

ドアを突き破る音がしたとき……いや、まだそのとき個室の外だ。ドアを破壊した二十秒だ。二十秒したら押し入る。

三つ目の個室の破壊を終えたらしい。

足音がすぐそばまで近づいてくる。

新たなドアに剣が侵入しては切り裂かれていく。

い、一、二、三、し、四、五……

長次郎はまともに数を数えられない自分に気付いた。

これでは戦えない。

抜刀もしていないし、もっと速く出るべきではないか…今か?

十三、じゅ、十四……

数を数えながらも長次郎は色々と考えていた。まともに数えていれば二十秒を超えているのに気付いていながらも踏み出せないでいた。

……十九……

突如の破裂音がする。

(続く)

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