これって、みなさんに見えてますか?
いいえ、私にしか見えていないらしいのです。どうも、三文享楽です。
なにもいかがわしいものが見えているわけではありません。
これは、読書家、お笑い研究者、いえいえ単なる食いしん坊にしか見えないらしいのです。
ゴールデン揚げ物。これは真の揚げ物好きにしか見えない食べ物なのです。
『見えないリモコン』
「お父さん、ちょっとそのリモコンとって」
「これか?」
「いや、違う。その隣の」
「これ?」
「いや、いきすぎだって、これだよ」
父親にかまわれているのかと思った悟は、腕をのばして自分でリモコンをとった。
「ま、悟ったら」
「そ、そこにあったのか」
悟の父と母は顔を見合わせて笑い出した。ちょうどかかっていたお笑いのテレビ番組からも笑い声が流れる。
「珍しいな。悟がそんな冗談言うなんて」
兄の返しに再び父と母は湧く。今やこの場でテレビの中のお笑い芸人より笑いを取っているのは悟だった。
ただ一人、話についていけていないのが悟自身だ。
自分の手にしているリモコンを見つめてみたが、やはり笑われている理由は分からない。
「なにが、そんなおかしいの?」
悟の問いに一瞬三人が笑いを止め、目を合わせた。
「あくまで続けるねえ」
再度発せられた兄のツッコミに対し、父と母が目を合わせる。
「じゃあ、その手にしているリモコンは、何のリモコンだって言うんだい?」
「うーん」
事実、悟が悩んでいたのはそれだった。
テレビのリモコンはそこにあるし、録画用ハードディスクのリモコンだって、その隣にある。さっき悟の父がとろうとしていたのは、それら二つのリモコンだ。
エアコンのリモコンか? いや、そんなことはない。
夏に使って以来、しっかり棚の上に置いてある。
「何なんだろ。今まで見たことのないリモコンでちょっと気になったんだよ」
家族三人から笑みがひいてきたのは悟が到底ふざけているような表情には見えなかったからである。
「ねえ、使ってみてもいいかな」
「ん、そうだな」
父親が困った顔で反射的に母親を見たのは、なにも使っていいかの回答に困ったからではない。自分の息子になにかしらの障害があることを疑ったからである。
その表情の意味に気づくこともない悟はじっと両親の答えを待っていた。
「いいよ、使ってみなよ。悟がそこまで言うからには使うと良いことが起きるものだよ」
両親の答えがなかなか出ないことを確認した兄は、自分の弟に優しく語りかけた。
こういう時にすぐ状況を受け入れられるのはやはり子どもの方である。今まで生きてきた経験に自信をもち、その尺度で物事を図ろうとする大人に非常識を受け入れる力はない。
「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ、使ってみるね」
両親がその決定に口をはさむよりも、悟のとった行動の方が早かった。
兄や良心から見た弟の手はなにかをちょうど押すように見えた。
「なにも起きないね」
その弟の声が聞こえるや否や、その声を出した弟自身の姿が薄くなりだすのを家族はしっかりと確認していた。
「おい、悟。待て、どこにいくんだ」
「うわっ、なにこれ、うわあ」
「どうしたのよ、悟」
「はあっ、スゴい、スゴい」
あわてふためく両親を差し置いて、悟は姿が消えながらも楽しそうな声をだしていた。
「悟、どんな感じなんだい」
「スゴイよ、色んなものが見えるんだ。世の中こんなにも見えないものがあるんだ」
兄の質問に答えながらも、悟はまだ喜びの声を上げていた。
「悟、消えないで」
母親の声が届いたのか、悟の消失はとまった。
薄くなるだけ薄くなり、見えなくなるギリギリのところでその姿を保持したのである。
「今の僕はどんな感じなの?」
薄くなった悟から声がした。
「とても姿が薄くなったんだよ。見えなくなったわけじゃないんだけど、限りなく薄い状態になっているんだよ」
「へえ、そうなんだ。こっちはね、今まで見えなかったものがたくさん見えて面白いよ」
もちろん、会話をしているのは兄弟である。現状を受け入れられない両親は口をはさむ余裕もなかった。
息子たちの会話を聞いているうちに冷静さを取り戻した両親がまず心配したのは、明日からの学校生活であった。
これほどまでに姿の薄くなった息子が、学校でしっかりやっていけるのであろうか。
「大丈夫だよ、今すごく色んなものが見えて楽しんだ。学校も問題なさそうだよ」
心配する両親に悟は元気よく言い放った。
しかし、見えなくなった息子を簡単に離せるわけもない。夜間でも営業している病院を探し、両親は息子を連れて行った。
「うちの息子は大丈夫なんでしょうか。急に姿が見えなくなった気がするのですが」
「そうですかねえ。私には普通に思えますが」
診察室へ一緒に入った母親の問いに医者は表情を変えることもなく答えた。
「なにか体で変なことはあるかい?」
調音器をあてながら医者は悟に尋ねた。
「痛いところはなさそうなんですけど、どうにも体が……」
「お母さんに聞いているんではありませんよ」
母親は医者に注意され、自分の息子が人からの質問に対する受け答えをするには充分の年齢であることを思い出した。
「体で変なところはありません」
悟のしっかりした受け答えで診察は終わった。
結果的に問題は何もなかった。どうやら医者には、悟の両親が感じていたように悟が薄くなったことは感じられなかったようである。
「じゃあ、明日は学校に行けるな?」
「うん」
両親は息子の体調管理を信用し、学校に送り出した。
気が気でなかったのは言うまでもないが、その日帰ってきた息子はむしろいつもよりも元気に見えた。
「今日は学校が楽しかったな。なんかいつも気付かないことにたくさん気付けた気がする」
相変わらず姿は薄くなったままだったが、その声はいつもよりも溌剌(はつらつ)としていた。
薄くなってしまったことに当初はショックもあったが、学校での交流を上手く活かせている息子の輝きを見て悲しいわけではなかった。
それからも悟は薄くなった状態で学校に通い続けた。
日に日に姿は薄くなっているような気もしたが、本人は学校生活を充実させているようだから両親も何も言わなかった。
高校生活に入り、悟は受験勉強に勤しみだした。
「僕、進学は東京の大学に行きたいんだ。あっちに行って、やりたいことを色々と考えてみたいと思う」
進路希望を明かした悟であったが、両親もそれを当然のように受け入れた。
打ち明けられる前からそんな気はしていたし、むしろ地元の大学進学でいいと言われた方が驚いていたかもしれない。
「いいよ、こっちのことは任せておけ」
兄は地元の専門学校を卒業し、既に働いていた。毎日元気に働くその姿には両親も安心感を持って接していた。
「ありがとう。あっちにいって絶対ビックになってみるよ」
両親は、息子の頼もしい姿を見てその声を聞いていたのだが、その姿は非常に薄かった。
ずっと一緒に暮らしていたからその姿は認識できるのだが、どんどんその姿が薄くなっているため、認識自体も非常に難しくなっていた。
悟は大学に進学してからも、挑戦を続けた。
「お、大学に入ってからもリモコンはたくさんあるものだ」
実は初めて見えないリモコンを見つけて以来にも、新しい見えないリモコンの発見はあり、悟はその都度スイッチを入れていた。
「スイッチを起動させるほど見えないものが見えてくることに変わりはないな」
悟は家族以外の人からも姿が薄くなっていることを指摘されるようになっていたが、それどころではなかった。
クラスメートに見えにくくなったと言われても、自分がまだ見たことのないものが見える方が良かった。仲の良かった友達に言われても、見たことのない世界が見える方が良かった。
悟は様々なことに挑戦し、見えないリモコンを起動させ続けた。
留学をして、インターンを行い、未開の地を踏み続けた。
大学の卒業直前には起業した。
ITと広告業界の可能性に賭けたベンチャービジネスである。周囲の人間には見えないものでも自分には見える、という才能を活かしたかったのである。
他人に見えない世界が見えるのである。成功しないはずがない。
起こした企業の業績はどんどん上がり、ぽっと出の会社にしては急成長を遂げた。
全国各地に子会社をだし、買収に次ぐ買収から関連会社を増やし、グループ事業の経営を行うようになっていった。
しかし、その姿が近しい者からどんどん薄くなっているのは明白であった。
数年に一度は帰るようにしていた実家だったが、次第に悟の姿は見えなくなっているようだった。声をかけても里帰りが気付かれないようになり、悟は実家へ帰ることをやめた。
帰るのをやめたのも事実だし、里帰りの時間すら確保できなくなったのも事実である。
グループ会社の経営と広報活動は多忙を極めた。
しかし、彼の広報活動を見て、彼の会社情報は記憶に残っても、彼の姿自体は誰の記憶にも残らなかった。その個人ではなく、その会社自体が人々の記憶に残るのだから、広報活動としては言うことはなかったが、キャラが薄いと言われても仕方はなかった。
彼に近しい周囲の人間は彼の姿が見えなかったが、肩書で把握はできたから問題はなかった。
十数年が経ち、悟は早逝した。
彼の創設したグループ会社は世界を代表するレベルであり、その存在は人々の記憶に残った。しかし、残された肖像にも仏前の写真にも彼の姿は発見できなかったという。
葬式に参列した両親ですら彼の姿を見つけられなかったらしい。
↓見えないのはエスパーポケモン?そんなやつらにいつかこいつが勝つ!勝ちたい。。
↓見えるのは、読んでいるからだ。誰にも勝機はある。
↓多読家の古本屋。いえ、これって本人ですか?