カツカレーは青春のメシである。とか言いながら、いまでもカツカツ、もといガツガツとカツカレーを食べているおじさん、モーミンパパです。
おかげさまで、散歩くらいではカロリー消費が儘ならず、浴槽に長く浸かって指紋がなくなりかけています。これでは指紋認証ができなくなると慌てましたが、できなければ暗証番号を押せばスマホは開けます。いまのところ、暗証番号は覚えています。6桁になってから、多少、苦労はしていますが。
閑話休題。
カツカレーとは読んで字の如し。カレーにカツを載せた料理です。
一品でも十分に晩御飯の主役としてそれぞれ通用するカツとカレーが、合体してしまったのです。無敵です。暴走族なら「勝華麗」と当て字するところです。おじさんが食べ過ぎると「喝加齢」ともなりかねないカロリーも誇っています。
再び閑話休題。
食堂のカツカレー
ところで、カツにはとんかつ屋という専門店があります。カレーにもカレー屋という専門店があります。
しかしカツカレーを十回食べるとして、とんかつ屋で食べるのはせいぜい一回だろうし、カレー屋で食べるのもせいぜい二回ではないでしょうか。私はそうです。そもそもカツカレーをメニューに載せているとんかつ屋はそれほど多くないですし、カレー屋も置いていない店のほうが多いはずです。
なぜかといえば、とんかっ屋はカレーづくりが苦手あるいは面倒だし、逆もまた真なり。カレー屋はとんかつ揚げるのが苦手あるいは面倒に感じてしまうのでしょう。それにつくっても、とんかつ屋のカツカレーはどうしてもカツがメインになってしまうし、カレー屋のカツカレーはカレーがメインなりがちです。当然です。それぞれの専門店なのだから。
そこで十回のうち七回は、私はキッチンや食堂でカツカレーを食べてしまうのです。
私の定義では、キッチンは洋食屋の大衆版で、食堂はそれに中華のメニューや和食のメニューも加わっている店です。どちらも専門店ではないので、カツにもカレーにも偏らない両方の長所を活かしたカツカレーをつくってくれます。
カツカレーで重視すべき点
もちろん裏返せば、カツもカレーも専門店ほど凝ったものではないということです。でも、それでいいのです。冒頭に書いたように、カツカレーとは青春のメシなのですから。おいしくなくては困りますが、より重視すべきは「食べた感」、もっと言えば「満腹感」という料理なのです。
まだ青春のシッポのほうには身を置いている私の息子にしてこのブログの管理人、紅葉葉くんも好きなキッチン界の一大勢力「南海」のカツカレーは、そこを押さえた上で、前職青春、元職青春のサラリーマンお父さんたちの腹だけでなく舌も満足させる味の工夫をし、さらに色を黒くして他とのわかりやすい差別化を図った名品です。
「南海」のカツカレーについては、紅葉葉くんのブログを参照のこととさせてもらいます。「南海」については支店含めて別に書こうとも思っていますし。
さて「食べた感」は損なわず、ちゃんと味にも気を配ったカツカレーを出しているキッチンや食堂は他にもあります。今回はそのなかから、味わい深い食堂の味わい深いカツカレーをみっつ、とくに味わい深くはない文章で紹介させてもらいます。
味わい深い食堂の、味わい深いおすすめカツカレー3店
高円寺南口「七面鳥」
まずは、高円寺南口からとことこ坂を下ってしばらくのところにある「七面鳥」です。
傾いているのではないかとの疑いもある、見事なしもた屋です。初めて入るには、それなりの勇気が必要な店です。正直、私も恐る恐る引き戸をガラガラしました。
外観のやつれた感じとは違い、こちらはなにを食べても普通以上最高未満においしいのです。
入ってすぐにビールを冷やした冷蔵庫があって、呑みたいひとは自分で瓶とコップを持ってから、席に着く。するとサービスのツマミが二品とおしんこが出てくるシステムです。
正直、冷やし中華のときもかつ丼のときも紹介しようか迷いました。そのうちまとめていろんなメニューを紹介するかもしれません。いま現在、私の一番お気に入りの食堂であります。
ですがとりあえず、カツカレーで登場願うことにしました。
メニューにはないカツカレー
この店、壁にメニューはずらりと並んでいてほぼ食堂系の料理は網羅しているのですが、実はカツカレーはメニューにはありません。いわゆる、裏メニューです。
カツカレーはないのですが、カツもカレーもメニューにあるので、常連のひとが頼んだのを「はいよ」とつくったのが始まりのようです。
露になる裏メニュー
そんな裏メニューなのに、最近、平成生まれのヤング向けおしゃれ雑誌の表紙を飾りました。その影響で、カツカレーを注文するお客さんが増えているようです。昭和のださいおじさんとしては、あまり愉快ではありません。
こういう裏メニューは通っているうちに常連が注文する場に出くわし、それを横目で盗み見してうまそうと思い、次回に恐る恐る注文して、食べて感激するというプロセスを辿っていただきたいと思うのであります。
さて、そんなカツカレー。「食堂のカツカレー」としては、ほほ完成形といっていいものです。カレーもいい、カツもいい、ふたつの相性もいい。とくに凝った様子もなく、他のメニュー同様淡々とおいしくさせただけのはずなのに、三拍子揃っています。
おまけに、ごはんもいい。添えてある紅生姜も色合い含めていい。
ただ、おしんこともどもごはんものの注文には必ずついてくる中華スープがまったく合っていない。とんでもなく違和感がある。その違和感で、ここはカレーの名店でもとんかつの名店でもなかったと気づくのです。その意味では、よろしいともいえる。
カツは衣がしっかりと揚がっていて、きちんと厚みのあるカツです。そのままだと、かなりカリッ、であります。
これがぶっかけられたカレーによって、ほどよく丸みが取れているのです。肉の質ではなく、長年の経験による揚げによって、おいしくなっている。
そしてカレールー。こいつがいいです。
昔の洋食屋さんぽいといえばそうなのですが、きちんとスパイスが効いていてエスニック料理に慣らされた平成日本人の舌にも、きっちりと辛さは伝わってくるのです。ほどよいとろみも、カツに絡ませることを思えばむしろうれしい。もともとカレーとしてメニューにあったルーなので、こちらにも豚肉が入っています。なんか、得した気分です。
これでいくらかと思えば、カツライスより百円高いだけ。カレーライスより二百円高いだけ。いいのか、だれも普通のカレーライスを注文しなくなってしまいますよ。と思わず老婆心が働いてしまう良心価格になってもいます。
食堂おじさんの願望
ほめちぎっておいてなんですが、できれば一見ではあえてカツカレーは注文せず、かつ丼でもいいですから別のものを食べて、裏を返す、つまり二回目以降でこの裏メニューを注文する奥ゆかしさを見せてもらえると、食堂おじさんとしては嬉しいです。
石神井公園「ほかり食堂」
ふたつめの石神井公園にある「ほかり食堂」は、ナポリタンのときに紹介した「辰巳軒」の隣の隣の隣の隣くらいにある、バス通りに二軒ある食堂の駅から遠いほうの店です。
こちらも初めて入るときは、胸に一抹以上の不安を抱えての入店となると思います。「七面鳥」未満ではあるものの手前の「辰巳軒」以上に、ぶっきらぼうな店構えをしているからです。
不安な店内
その不安は店に入ると、さらに深まります。がらりと広い店内に「いらっしゃい」の声は響きますが、あとは厨房からおやじさんとその娘さんと思しきひとの視線がちらちらと来るだけだからです。そのうちに、水はセルフサービスであることに気づくでしょう。
さらにテーブルには湯呑とポットに入ったお茶が用意してあることにも気づき、一見だから冷たくあしらわれているのではないとわかって、注文となります。
こちらのカツカレーは全面にカレーがかかった茶色一色という味も素っ気も福神漬けもインスタ映えのかけらもないもので、よく見ないとカツが潜んでいるのかどうかさえ怪しいものです。
いいなあ、と私は思います。
カツの衣のさくさく感がどうの、カツだけを味わうたのしみがどうの、といった、ともすれば私も陥りがちな小賢しいプチグルメ人間的要求をものの見事に拒否しているからです。いっそ、清々しい茶色の世界です。
プチグルメは通用しない、変哲のないカレー
カレーは、見た目通り変哲もないカレーです。
辛さはほどほどで、複雑ではないけどスパイスが軽く香り、懐かしいといえば懐かしいが、決しておうちのカレーではない。野菜なんかごろごろどころか、見当たらない。薄い豚肉の切れ端がちょっと入っているだけ。しかしそこが逆に店のカレーっぽく感じられたりするのです。
カレーまみれのカツに、特筆すべきことがあるわけでもありません。お惣菜屋の並カツといった感じです。豚肉の旨みではなく、揚げた肉を食べるよろこびを与えるための存在です。
がっつり食べたいから、カツカレーを注文したんだろ。ほれ。つまり、質実剛健。
実際、食べ終わったときはがっつり食べた満足感に浸れます。しかも、「おいしいもの」を食べた気にもなっています。おいしい、にもいろいろある。カツカレーとは、舌や胃や脳よりも、本能がおいしいと感じる料理であるべきなのだと思い出させてくれるのです。
茶色の世界、万歳。
吉祥寺「まるけん食堂」
みっつめは、もっとも入りづらい店かもしれません。吉祥寺から住宅街の細い道をてくてくてくてく十分弱は歩いてようやくたどり着く、住宅街の片隅に文字通りぽつんとあるのが「まるけん食堂」です。
なかを覗くと、かなり狭い店であることがわかります。そこになかば無理くりっぽくテーブルが押し込まれているのが見えてしまいます。場所柄、ぽつぽつといるお客さんは常連だけの様子です。うーむ、と私も最初は一度通り過ぎました。すみません。
大丈夫、入ってしまえば、少しオネエ的な話し方のご主人がやさしく迎えてくれます。「お茶がいいか、水がいいか」まで訊いてくれます。
で、カツカレーを注文です。
テーブルにある新聞は丁寧さの印か
次にテーブルにある新聞を取りましょう。こちらのご主人、とても仕事が丁寧です。なにを注文しても、前に注文が滞っていなくても、とても時間がかかります。新聞を一面からテレビ欄まで読めてしまうくらい、かかります。
店内には、外の世界とは違う時間が流れているのかと思うほどです。
たぶん、違う時間が流れているのです。そのあいだに、私はタイムスリップしていたようです。
「福神漬けは大丈夫?」とたずねられたあとで出てきたカツカレーは、私が子供の頃に食べたものでした。
とろとろのカレーには、かたちを残したニンジンとタマネギがごろごろ、さらに大きめのひき肉といいたいような肉がちょろちょろ。これでじゃがいもがあれば、昭和のおうちカレーです。
でも、口に入れた途端に私の長期記憶の奥底から浮かび上がってきたのは、実家のカレーではありませんでした。デパートの大食堂のカレーでもありませんでした。
浮かんだのは、旅行先の観光地で食べたカレーです。一見客相手の適当な料理を食べさせる店のうち、最高においしかったカレーの味であり、カツの味。
たぶん、偽の記憶です。
もしかしたら、店のカレーでは見かけなくなったニンジンとタマネギの効果、プラスあまりに鮮やかな福神漬けのせいかもしれません。これで水の入ったコップにスプーンが差してあったら、私は本当に昭和の時代に戻ってしまったかもしれません。
ここのカツカレーは、おいしいを超えています。懐かしい。たぶん、平成生まれが食べても懐かしい味。ご主人にそんなつもりはないでしょうが、日本人の集合無意識に訴えるものに仕上がっています。
ここのカツカレーを食べた後、私は無性に、マイフェバリットである原田知世主演の「時をかける少女」が見たくなりました。
モーミンパパの一句
私の好きな店はどこもそうなのですが、食堂のカツカレーについては皿の中だけでなく、皿の外、つまり店の雰囲気まるこどおいしく思ってもらえるように書きました。
カツカレーは青春の味です。
カツカレーが食べられれば、いくつになっても青春です。
たとえ昭和の匂いぷんぷんの食堂で食べても、カツカレーはノスタルジーだけでは食べられません。なにしろ、高カロリーですから。
それでは、例によって駄歌を一首。
コップから
スプーン取り出し
キヨタくん
パワー不足に
カツカレー喰う
解説が必要ですね。
その昔、キヨタくんというスプーン曲げブームをつくった超能力少年がいました。
インチキがばれてテレビから姿を消しましたが、彼は
「曲げられないときもある。そんなときに仕方なくインチキをした」
と弁明していました。超能力を使うには、かなりのパワーが必要でしょう。彼の前に、いつもカツカレーが用意されていたらと同情します。
あと、本文でも少し書きましたが、昔は食堂でカレーを注文すると、水の入ったコップにスプーンを差して出してきたものです。理由は知りませんが、カレーを食べる前にひんやりと濡れたスプーンをひと舐めすると、さあ食べるぞという気分になったものでした。
あれ、なんだったんですかね。だれが思いついたんですかね。別にググりはしませんが、いま考えると不思議です。
↓ほかにも色々食べてます。