三文 享楽 小説・エッセイ等

無料web小説 短編23『喫煙所から』【三文】

2017年6月22日

筒井康隆先生の『最後の喫煙者』を読んでから十年近くが経ちます。どうも、三文享楽です。

初めてこの類のSFを読んでからの衝撃は忘れられません。

 

ヒップホップアーティストの般若氏のように敬称略で歌わせてもらえば、

「筒井に半村、小松にひさし。俺が狂ったのやつらのせいだ♪」

こんな感じです。

 

おっと話がそれました。

今回はSF総論記事ではなく、喫煙者への風当たりが強い中に訪れたとある世界のお話です。

 

私、全く喫煙者ではないのですが、昨今の喫煙者排除の風潮には多少なりとも抵抗があります。

これだけ禁止禁止になっていったら、そのうち現代の日本で飲酒なんかが禁止されるのではないかと危惧してしまうからです。

 

禁止ばかりが目立つ生きづらい世の中、そんな世界にはならないで欲しいですなあ。

 

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『喫煙所から』

喫煙所には、独特な一体感がある。

非喫煙者たちが集う大多数の場から離れ、隅に追いやられてしまったヤニ臭いこの場で、害でしかない煙を吸うのである。汚い煙を肺に通すことによって陶酔に浸る。

自傷行為であることも実感しつつ、有害煤煙を体内に取り入れる。

老いも若きも身分に関係なくここに集まり吸うことで共通の一体感が生まれるのだ。

先輩や後輩のコミュニケーションが生まれ、この場所から契約が生まれていくこともあるのだ。

しかし、ある時、日本でタバコ禁止令が出てしまったのである。

世界における圧倒的な長寿国を目指した日本では、そのさきがけとして煙草の一切の喫煙を法律で禁じてしまったのだ。もはや、煙草の草は大麻などと同レベルの扱いを受け、一切の生産及び所持をも禁じられてしまったのだ。

煙草禁止令が原因で起きた事件は例をあげればきりがない。

事件が起き、デモが起き、血が流れた。世界各国から批判が出ながらも日本はこの改革をやってのけたのである。

しかし、この場所は残っていた。

本来ならばこの場所から潰していくのが正攻法のようにも思えたが、全面禁止をした以上はこの場所は喫煙所になりえず、むしろこういった場所を残しておく方が誤って喫煙してしまうような予備軍を摘発できる逮捕現場に用いることができたのだ。

かといって、吸うものはない。

電子煙草は禁止されていなかったが、タバコ好きであった者が、この期に及んでそんなまがい物に手を出すこともなかった。あんな邪道は手をだすものではない。

本物タバコから電子煙草へ移行したものは少数であり、電子煙草を吸うようになったものも多くは自席で吸いわざわざ喫煙所までやってこなかった。

しかし、ここに集まるにはわけがあった。

ここでのある一体感を求めているのである。

身体にはよくないことでも、ここで蝕まれたい。いや、蝕みたい。

やさぐれたい。

陶酔したい。

あるではないか。

タバコよりもマイノリティで、誰もがガキの頃にやっていたワイルドな自傷行為があるではないか。

そう、誰もがやっていたはずだ。

このご時世、喫煙所ではやっているのは、指しゃぶりなのである。

誰もが指をしゃぶり、やさぐれている。

渋い顔をして指をしゃぶりながら物思いにふけるのである。

「はあ」

ちゅぱっ、すー。

「お疲れ様でっす」

ちゅぱぷ、ぷ、すー。

四十前の男が指をしゃぶっていると、三十歳なりたての後輩が爪先を咥えながらやってきた。

声をかけられた先輩は濡れた指を拭くではないまでも、口から引っこ抜いた。

「お疲れ。どうだった今日の商談相手は」

ちゅぱちゅぱ。

「正直手ごたえとしては微妙でした。もうこれで会うのは三度目なんですけど、相手の目がまるで変わらないんですよね」

じゅぽっ、じゅっっぽ。

「捨てていいかもなあ。あの商品は三度やって変化なければ次に行った方がいいかもしれない」

じゅじゅる、じゅるじゅる。じゅる。

男たちは指を舐めながら情報交換を続け、落ち着いた。

爪垢は吸い取られ、指先は洗浄され、光り輝く指先は営業としての経験値を表した。それは自信となり、目安ともなった。

しゃぶるという動作が幼児記憶を思い出させ、スーツの戦士たちに安堵を与える。

それだけではない。

そもそもタバコを吸うことが自傷行為の一体感を与えるものだ。ヘビースモーカーに対して、健康の心配をすると共に一種の畏敬の念をもつのは、あんな身体に悪い物をかまわずにあれだけの量を吸うなんてなんて男らしいのだろう、という感情からも来る。

次第に元喫煙者たちは指を噛むようになりだした。

そう、幼児期にも指しゃぶりの次にくるのは、指噛みなのである。

「先輩、いけましたよ、例のとこの客」

ちゅぷ、ぐにぐに。

「おお、手ごたえありか」

がりがり、ぎりりり。

喫煙所へ着くや否や、後輩は指を咥えたが、先にいた先輩は既に爪を中心に指をかじっている。

「数日おいて、また宣伝にいったんですよね。そしたら、『おお、来たか。ちょっと来るの辞めたかと思ったよ』って言われたんですよ。嬉しくなっちゃって。その日は頑張れで終わったんですけど、また翌日に行ったら買ってやるって」

がりり、みりっ、ごりごり、じゅるる。

「おお、いったか。そこで最後の一押しっていうのがお客さんの心をつかむものだな」

ぎりりー、ぎりりぎりー、めり。

先輩がクールな顔をしたまま、表皮を噛み千切ったとき、後輩は既に血を啜っていた。

後輩がカッコよく見えたのは、血が出るまで指を噛みそのワイルドさが際立っていたからであろう。

いや、待て。

この時クールな噛み方のまましれっと皮を噛み千切った先輩も吸い方が際立っていたのは事実である。よく見れば、華奢な顔に似合わず指はごつごつしていた。それは以前にも何度か皮が破れ、瘡蓋となって再生したかのごとくである。

「お前も成長したよな」

めりめり、がりり、じゅるすー。

噛み千切り血をすする、という同じ結果に到達しながらもその吸い方をスマートにこなす先輩もまた際立っていた。

誰もが、それぞれの吸い型スタイルをもち、職務の合間に指しゃぶり指噛みを補給した。

それぞれが目標とする者を持ち、指を吸いながら上昇していく。それは動き出すためのバイブスとなった。

ところで、指を吸うのは男だけではない。

女性の喫煙は好まれないながらも、女性の指しゃぶりは好感度を上げる以外の何物でもなかった。

まずかわいいのである。

男性器を舐める顔を彷彿とさせるその表情は、二十代や三十代は当然のこと、四十代、五十代になっても色気をもち、男性を興奮させた。

仕事の上昇気流に乗った先ほどの後輩社員が、指しゃぶりの綺麗な女性を嫁としたのは言うまでもない。

休みの日は二人でよく指しゃぶりをした。

「気持ちいなあ」

めりめり、じゅるる。

「ええ、ホント。日曜だわ」

じゅるじゅる、じゅるぅる。

夫はスマートに指の皮をはがし、血をすするようになっていた。

妻の方では、伏し目がちに自分の細い指をなめ、垂れてくる涎を舐めとる。指全体を湿らせながらも雫を垂らすことなく確実に舐めきるその姿は、艶美そのものであった。

ぎりり、じゅるる。

自分の世界に入り、クールを装っていた夫の目に、その様子が入らないはずがない。

「お前の指はきれいだな」

べろん、べろん。

「あなたの指もワイルドでたくましいわ」

かぷっ、じゅるるじゅる。

二人はお互いの指を舐めはじめた。もちろん、指しゃぶりで子どもができるはずもない。互いの指しゃぶりを見てからの興奮がもたらす行為は指しゃぶり史前の営みに変わりなかった。

一年後には赤ん坊が産まれた。

指しゃぶりで結ばれた二人である。

赤ん坊は、生まれてすぐに、指しゃぶりを教えられた。当然、成長途中で指しゃぶりを禁じられることはなく、成人になるまで素晴らしい指しゃぶりの仕方を教えられ続けた。

 


 

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