暑中お見舞い申し上げます。
夏バテで大好物の揚げ物にあまり手が出ないモーミンパパです。かわりに何を食べているのか。
夏の風物詩を食べています。
といっても、麦わら帽子や田んぼのカエルやひまわりや夕立ちや絵日記や、ましてや姉さん先生を食べているわけではありません。
たいていのこのブログの読者には、なんのことやらさっぱりなことを書いてしまいました。
その昔、よしだたくろうというフォーク歌手がいて、のちに漢字の吉田拓郎に改名していまもまだご存命なのですが、そのひとの歌に「夏休み」という名曲があり、麦わら帽子云々は歌詞からの引用です。
ただし、姉さん先生は夏の風物詩ではないです。子供の頃の甘酸っぱい思い出あるいは幻想です。
私が食べているのは、もちろん食べ物です。
カエルも食べられますが、以前香港に行ったとき一生分食べてしまったので、もう積極的に食べる意思はありません。
食べる夏の風物詩とは
食べる夏の風物詩。
まあ、いろいろあります。「かき氷」を思い浮かべるひとも多いでしょう。
あれはあれで、たしかに夏です。最近は天然氷を使って年中おいしいかき氷を出す店などもありますが、私みたいに胃腸や膀胱に不具合が生じやすい年齢の者には、暑くもないのに食指が動くものではありません。
ただ、かき氷は食べ物でしょうか。
かき氷?
氷は固体ですが、水は液体です。かき氷は文字通り氷を掻いたもので、半固体です。それが解けて液体になっていく時間との競争でかきこんでいくものです。口に入れれば、体温により見る見る液体化します。かかっているシロップも液体です。
私の好きな氷あずきのあずきは固体ですが、小粒ですし、よく噛んだりはしません。
つまり、かき氷は食べ物ではなく、飲み物です。少なくとも、私の分類では。せいぜい三割食べ物、七割飲み物です。
だいたい、いくら夏バテでも、昼ごはんや晩ごはんをかき氷で済ますひとがいるでしょうか。いても、変人です。夏中、そんな食生活をつづけたら、秋には病院の窓から枯れ葉が舞い落ちるさまを眺める身となるでしょう。
では、それなりの栄養補給をしつつ、暑さのなか固形物を胃に収めることができる夏の風物詩とは。
長くなっているので、やや乱暴ながら結論というか、私の食べているものを発表します。
冷やし中華!
冷やし中華です。
あの「冷やし中華はじめました」のノボリを熱風にはためかせて夏の到来を告げる、カラフルなにくい奴です。
旬を大切にする日本料理でこそ、季節ごとの食材を強調した料理が存在しますが、ほかの料理では季節を意識させるものは少ない。秋の白トリュフを含むキノコ類や冬のジビエ類はありますが、そんなもの毎日口にできない。
下手したら、年に一度も口にできない。もっと下手したら、一生口にできない。中華でいうと上海ガニがありますが、これもなかなかにお高いものです。
その点、同じ店のチャーシュー麵より少し高いかもしれないが、冷やし中華は毎日でも食べようと思えば食べられます。
特別な旬の食材など使っていないのに、ただ「冷やし」てあるだけで、「夏」を強く意識させてくれる。
そうめん、冷や麦は?
日本には、そうめんも冷や麦もあるぞとの声も聞こえてきそうですが、あれは家で食べるものだと思います。
単に面を茹でて冷水にさらすだけ。具材はなしか、買ってきた天ぷら添えるくらい。つゆはいまは便利でいろんな料理に応用できるめんつゆが売ってます。
だいぶ言い遅れましたが、私はウチメシではなく、外食の話をしています。
それにそうめんや冷や麦はつまらない。基本は白一色。つゆは黒一色。モノクロームの世界です。ピンクやブルーのが一本二本混ぜてあったりもしましたが、あのわざとらしい色がまた悲しい。夏バテでも食べられるけど、夏バテが解消する気はしません。なんだか消極的で防衛的なのです。
冷やし中華のイデア
冷やし中華は違います。夏バテでも食べられると同時に、彩に溢れた具材で夏バテを克服してやろうという積極果敢な姿勢が見る者の目を惹きつけ、食べる者に活力を与えてくれます。するするっと食べたが、カロリーは十分、具材が多いから栄養バランスもいいに違いない。そんな気にさせてくれます。
食べ終えて冷房の効いた店から日盛りの街へ踏み出したとき、「来るな来い、このギラギラ太陽野郎め」と拳を空へ突き上げたくなる。とまで書くと、つゆに辛子を溶き過ぎて脳がやられたみたいになるので、心のうちで削除させてもらいます。
そんなわけで冷やし中華ですが、夏の風物詩として何が素晴らしいかといえば、しっかりしたイデアを持っていることです。私の息子が大好きなラーメンとの違いは、熱いか冷たいかだけではありません。もちろん具材が違うのですが、それを含めてきっちりと絵が浮かぶ。
「ああ、冷やし中華食べたい」と思った瞬間、だれの脳みそにもはっきりきっちりくっきりと、しかもほぼ日本人なら万人共通の絵が浮かぶはずです。
赤、黄、緑。
光の三原色(赤、緑、青)でもなく、色材の三原色(黄、空色、赤紫)でもない、いわば「冷やし中華の三原色」の鮮やかな色彩を受け止めるように周囲に拡がる麺の明るい茶色、さらにその周囲にあるつゆの焦げ茶色。
わかりやすく、美しい。
かつてはラーメンもしっかりしたイデアを有していた。
失われしラーメンのイデア
汁は醤油、麺は細麺、具はチャーシュー、メンマ、ナルト。そこにネギをぱらり。
しかしラーメンは商売繁盛経済優先の原理に則り、繁華街や高級住宅地のようにその範囲をどんどん拡大していった。
渋谷ってどこまでだろう。代官山ってどこまでだろう。
ラーメンってどこまでだろう。
この問題に深入りすると面倒なので、またの機会に譲るか息子に見解表明をお願いしたいが、醤油、塩、味噌、とんこつから最近ではトマト味まで、汁だけでもなんでもあり。麺もいろいろ。具材もいろいろ。
ひとによって、思い浮かべるラーメンの味も形も千差万別になってしまっている。
なんだかなあ。
ため息ひとつ吐いたところで、ようやく実際に最近食べた冷やし中華を紹介させてもらいます。まずは、一番イデアに近かったものから。
イデアたっぷりな冷やし中華たち
素晴らしき三原色 阿佐ヶ谷 「青松」
阿佐ヶ谷にある「青松」の冷やし中華です。
西永福にある「蘭」という店の系列店で、ここはマスコミにもよく出てくる店です。そのせいか、「青松」も繁盛しています。冷やし中華の注文率も高いです。つゆは醤油とごまから選べます。
写真は醤油です。そちらが冷やし中華としては基本だからです。
ここは具材がよろしい。大変、基本に忠実です。
赤のトマト、黄色の錦糸卵、緑のきゅうり細切り。
味以上に重要かもしれない冷やし中華の三原色を、しっかりと押さえています。
あとはチャーシュー細切りとくらげ。さらにレタス。細かいですが、トマトの上にはゴマが振られています。
私としては皿の端に塗っておいてほしい辛子がないのは残念ですが、まずまず「ザ・冷やし中華」と呼んでいい面構えです。ちなみに辛子はテーブルに置いてある納豆についてくるように小分けのものを、好みでお使いくださいということのようです。
味は、過不足ない。すすっているうちに改めて夏を実感するし、ほどよい満腹感と満足感で食べ終えることができます。
予期したタレ・麺・具が織り成す、予期した味
もともと冷やし中華は、特別なおいしさを求めて食べるものではなく、あらかじめ予期していた味を舌の上で再現してくれることを求められている食べ物ではないでしょうか。予期したタレ、麺。
少なくとも私はそうです。だから、これでいいのです。その証拠に、店は繁盛しているのです。
繁盛のせいか、ランチの冷やし中華は単品が廃止され、百円高いセットだけになってしまっています。セットに杏仁豆腐がつくのはいいですが、なぜかちいさそなチャーハンがついてきます。ごはんもののセットにはスープがついてきますが、冷やしに熱いスープはなんだろうと考えてチャーハンにしたのでしょうか。正直、合いません。
だったら何ならいいのか。私の結論としては、冷やし中華はそれ自体で完結しているので、何もいらない。
「青松」さん、ご一考ください。
基本を押さえたら、次は少し独自性を出したものを。
隠れた名店 南阿佐ヶ谷 「えのけんラーメン」
だいたいの冷やし中華はこの範疇に入ると思います。紹介するのは南阿佐ヶ谷の「えのけん」という店です。最寄駅は違いますが、「青松」からだと歩いて十分くらいの距離でしょうか。
近所で済ませたなと思われそうですが、私は阿佐ヶ谷在住ではありません。そう遠くないところに住んでいますが、近所の店よりこちらがいいと思って選びました。
「えのけんラーメン」は、なんてことない店構えをしています。チェーン店みたいともいえます。正直、なんの前知識もなかったら、私は素通りしていたでしょう。それもやや速足で。
長年、食いしん坊をやっていると、店構えだけでおいしい店をなんとなく見分けられるようになってきます。鼻が効いてくるわけです。そのあたりに私は自信をもっているのでずか、この店はまったくアンテナが反応しませんでした。近所のひとたちに評判がいいことを知っていたので、入ってみたのです。他人の意見にも耳を傾けてみるものです。
「えのけんラーメン」の具材で、他店でもよくある基本からの改変は、錦糸卵をゆで卵にしてある点です。冷やし中華は具が多いだけでなく、なかにほかのメニューに使いづらいものが含まれています。その代表が錦糸卵です。
大きな中華料理店ならともかく、街場の中華屋に錦糸卵を使うメニューはありません。くらげもその傾向があるし、夜は飲み屋を兼ねるような店でツマミのメニューも揃えているならともかく、麺類とごはんものだけで勝負しているところではトマトやきゅうりだってそんなには使いません。
くらげは出すだけ、トマトやきゅうりも切るだけですが、錦糸卵は店でつくるとなると面倒です。だからよく使うゆで卵で代替したくなるのです。
そのかわり、トマトをプチまでいかない甘味のあるミニトマトにしています。これは色彩優先の具のなかで、舌をきっちりと変えてくれます。紅しょうがも入っているので、これも彩だけでなく、舌の別方向にしゃっきりしてくれるようになっています。
色でいえば、きゅうりだけでなく、ワカメも載せて、サニーレタスが敷いてあることで緑の面積を増やしています。
ゆで卵で黄色の面積が減ったぶんは、コーンで補っています。
チャーシューは切らずにどん、メンマもまんま、ゆで卵、ワカメとラーメンから具を流用しているぶん、色で見せています。辛子も一文字ににゅっ。さらにきれいに富士山型に盛り付けている。店構えと違い、全体に女子受けしそうな気配りがなされているのです。
おもしろいのは、金属のスプーンが添えられていること。つゆを飲んでくださいということでしょう。かなり食べ進んだあとでないと、皿を両手で持ち上げてつゆを飲むのは難しいですから、これはいいアイディアだと思います。女子受けもするでしょう。もしかしたら、この店の一番の売りはスプーンかもしれません。
基本とバリエーションを見たのですが、あるところより先にいってしまうと、冷やし中華なのかなんなのかがわからなくなります。
さきほど書いたように、ラーメンはこの禁を破り、侵し、無視しつづけたことでどこまでがラーメンかわからない食べ物になってしまいました。
冷やし中華に同じ轍は踏んでほしくない。
冷やし中華の領域定義 神楽坂「龍朋」
そう願う私が、「ここまではよし」と思えるのが、神楽坂「龍朋」の冷やし中華であります。
この店はチャーハンが有名で私もたまに食べていますし、息子も紹介していたはずです。チャーハンがオーソドックスを突き進んである境地に達しているのに対して、冷やし中華は独自の進化を遂げてしまっています。それも一点突破方式で。
一目瞭然、写真の通りです。
一面、錦糸卵。
それもきしめんみたいに幅広のやつが、どさどさ。
従って、黄色の世界。下にチャーシューとともにきゅうりの緑もたくさん隠されているのですが、目に入るのは黄色。しかも緑はちらちら見えるけれども、赤は皆無。冷やし中華の三原色のうち、赤が省かれてしまっているのです。
それも故意に。いえ、確認はしていませんが故意としか思えません。なぜならこの店のメニューには、たまごトマトめんが存在するのです。トマトはあるのです。それを切って載せればいいだけなのです。普通は載せます。
ところが載せなかった。そこが「龍朋」の店主だか誰だかのすごいところです。だいたい錦糸卵だって面倒かもしれませんが、細かく切ればいいのです。そこへトマトも載せれば、基本の冷やし中華の出来上がりです。
たぶん、それでは面白くなかったのでしょう。オーソドックスのチャーハンを看板メニューして繁盛しているからこそ、冷やし中華くらい遊んでみたかった。私の勝手な推理です。もしかしたら、本当に錦糸卵を細かく刻むのが面倒でどっさっと盛ってみたら、絵として面白かっただけかもしれません。
錦糸卵の力
しかしこの冷やし中華を、ぎりぎり冷やし中華たらしめているのは錦糸卵なのです。ゆで卵に代替したくなる錦糸卵という、面倒で使いまわしの効かない具材をきっちり使い強調までしていることで、冷やし中華と認めたくなってしまうのです。もちろん、私見ですが。
ちなみにここの冷やし中華には、チャーシューもきゅうりもたっぷり入っています。味は奇をてらわずにおいしく、肉と野菜も補給した気にさせてくれます。
よっつめは、黄色は辛子のみで錦糸卵もゆで卵もないし、赤はナルトの「の」の字部分のみ、もしかしたらぺらりと載ったハムのピンクが赤の代わりかも。緑だけはきゅうりで確保という、これ以上削ぎ落したら冷やし中華ではなく冷やし中華「麺」になってしまいそうなものを。
わかりやすい名前 三鷹 「みたか」
三鷹にある「みたか」は、以前は「江ぐち」といって昭和二十四年創業の名物店でした。それを現店主が店舗と味を引き継いで営業しています。いまも人気で、地下に降りる階段に、行列ができています。
冷やし中華の元祖は仙台だとか、神保町だとかの説がありますが、私は歴史考証は無視してというか、元祖はともかくルーツを色濃く残すのはこの冷やし中華であると申し上げたいのです。
あるいはこう申し上げてもいい。
中華料理店発祥の冷やし中華ではなく、街場のラーメン屋発祥の冷やし中華はこんなものから始まり、高度成長に合わせて具材を増やし、彩を増していったのではないか。そして三種の神器と呼ばれた白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫につづく、3Cつまりカー、クーラー、カラーテレビが各家庭に揃うあいだあたりに、現在に至る冷やし中華が完成されたのではないか。
そのまだやっと白黒テレビを買えたか買えないか、力道山が活躍していた頃の冷やし中華が「みたか」のそれではないかと思ってしまうのです。
実は「みたか」には、五目冷やしという具材の多いメニューもあります。きっと3Cが揃った頃に、時代に合わせて考案されたのでしょう。たいていのお客さんはこちらを注文するようです。
日本が縮んでいることを考えると、そのうち五目ではないただの冷やし中華が主力に戻るかもしれません。繰り返しますが、すべては私の私見ですが。
まとめ
長々書いてきましたが、私が言いたいのは冷やし中華は夏の風物詩であるということです。
調べたところ、そうめん(正確には冷やしそうめん)も冷や麦も夏の季語でしたが、冷やし中華もまた夏の季語でした。
では最後に、俳句の心得はカケラもありませんが、駄句を一句。
燃える街
冷やし中華の
アオノボリ
さあ、炎暑の折り、涼を求めてそのへんのラーメン屋さんへ向かいましょう。