思えばこの夏、いまだカブトやヒレなんかの下手(ゲテ)の串しかウナギは食べていないモーミンパパです。
ウナギは高くなりました。もともと高かったのに、最近はそれこそ鰻登りどころか鯉の滝登りの勢いで値が上がっていますなどと、つまらぬ噺家の枕みたいなことを書きたくなるほどです。
…しばらくウナギと思い出話
さて、レバニラについて早く読ませろという方はこちらから下の方に飛んでもらうとして…ちょいとウナギ話です。
最近は牛丼屋でもうな丼を出してますが、コビトの噺家の座布団みたいのではなくて、どうせなら筏と呼ばれるだらんとドンブリからはみ出した一尾丸ごとを頂きたい。さらにごはんのあいだに二匹目が忍ばせてあるとうれしい。どんぶりの蓋を開くと、湯気とともに焦げた甘っ辛い匂いがぷわあーと漂ってきます。まずは肝吸いでくちびるを湿してから、山椒をはらりとかける。
さてと、ふっくら蒸し焼きにされた身を箸で割り、タレの染みたごはんと一緒にぱくり。舌の上をネトネトさせて、口のまわりはギトギトさせて、お勘定考えると心臓はドキドキしちゃうけど、小骨も恐れずあんぐりもぐもぐと食べ進める。うー、たまりませんな。
はい、妄想おしまい。
まあ、いいのです。ウナギの本当の旬は脂がのってくる秋から冬にかけてなのですから。今年の夏は平賀源内の策謀にまんまとはまり続けて二百数十年の歴史に、終止符を打ついい機会かもしれません。
もちろん、いまのは江戸っ子の強がりと瘦せ我慢です。強くないし、痩せてもいませんが。ついでに私は東京生まれの東京育ちですし、母親もそうですが、父親は熊本県球磨郡出身高砂部屋なので、正確には江戸っ子ですらありません。それと父親は力士でもありません。高砂部屋は嘘です。
そういえば、いまはひょろひょろと大きくなってこんなブログを運営している息子が、まだ小学校低学年だった頃、私の父親イコール息子の祖父と私と息子の男だけ三代で父親の田舎に旅したことがありました。
そのとき人吉で食べたウナギは、蒸しのない焼きだけのワイルドなものでしたが、とてもおいしかった。下諏訪で食べた天然ウナギ、椎名町のグルメ居酒屋で食べた青ウナギのたたきと共に、わが人生三大ウナギでありました。
と書いたら、また思い出してしまいました。椎名町のグルメ居酒屋は、息子を乗せたベビーカーを引きながら散歩をしているときに見つけた店でした。息子はここの焼き鳥が大好きでした。
思い出は尽きません。どんどん話が逸れていくので、強引に本題に入りたいと思います。
安価で手頃で雑駁なスタミナ料理とは
そのへんの川で天然うなぎがにょろにょろ泳いでいた江戸時代と違い、いまやウナギは高級食材です。ウナギの蒲焼は、屋台から成り上がった江戸のE.YAZAWAこと寿司や天ぷらと肩を並べる高級料理になりました。よろしく。
スタミナつけるにはうってつけな味であり、見た目であり、匂いでありますが、お武家様ではない身にはそうそう手が出ません。
我々資本を持たない労働者階級は、もっと安価で手頃で雑駁なものでスタミナをつけなくてはなりません。
レバニラ炒め
レバであり、ニラである。
と私は声を大盛にして申し上げたいのであります。さらにレバとニラを合体させたレバニラ炒めなら、ウナギの蒲焼に勝るとも劣らないスタミナ料理となると声を特盛にして訴えたいのであります。
レバニラ炒め。なんとシンプルな料理名。店によってニラレバ炒めと並び順が逆転することがあっても、だれも気にしないほどわかりやすい。要するに、レバとニラを炒めたものであります。
レバーとは
レバ(レバー)といえば、日本語では肝臓。貧血気味の子供がなかば強制的に親に食べさせられる、鉄分たっぷりビタミンもたっぷりのホルモン(放るもん)であります。動物性食品だけどロースとかヒレとかサーロインとかシャトーブリアンとかのお肉と違って、とってもお安い。ひき肉よりお安いですよ、奥さん。
ニラとは
ニラは野菜としてはややお高いですが、疲労回復、滋養強壮、勇猛果敢に効くといわれています。勇猛果敢は嘘です。さらに免疫力を高め、がん予防に効果があり、生活習慣病も予防するといわれているのです。すべて、本当です。
ニラレバ炒め、万歳であります。
「食べて健康になる」という怠惰なエピキュリアンを魅了する料理であり、私も大好きです。よく食べます。むしゃむしゃ、食べます。わしわし、食べます。ぐわっしぐわっし、食べます。マコトちゃんもびっくりです。わからないひとは、楳図かずお先生について調べてください。
レバニラ炒めの疑問と回答
いっぱい食べているうちに、スタミナがついて、脳みそにも栄養がまわったのでしょうか。レバニラ炒めについて、私はひとつの疑問が抱くようになりました。
みなさん、レバニラ炒めを思い浮かべてください。これは前に書いた冷やし中華よりずっとわかりやすいイデアを持った料理です。だれでも同じ絵が浮かぶはずです。
ですがその絵、おかしくはないですか。
レバニラ炒めといいながら、レバやニラよりずっと幅を利かせている食材があるではないですか。
ふにゃっ、と白いやつ。
ふにゃっ、と白いやつ。
そう、モヤシです。
量的に見れば、レバニラ炒めは「ほぼモヤシ炒め」です。それがいい過ぎだとしても「七割モヤシ炒め」です。
なのに、モヤシの存在が名前から完全に消し去られている。これは、どうしたことなのか。庶民を欺く悪徳商法なのではないか。
お断りしておきますが、私はモヤシも大好きです。スーパーの目玉商品扱いが慣例となり、豆腐ともども価格据え置きのまま平成を迎えて幾星霜、やっていけずに廃業する業者が増えていると聞き、値段が倍になってもいいと思っているくらい好きです。
ラーメン二郎系の店の野菜がキャベツちょろりで99%モヤシでも許せるほど好きです。ただしマシマシは無理です。マシも一度頼んで鼻の穴からモヤシが芽吹きました。せいぜい「多め」です。
だからモヤシの存在が邪魔でいうのではないのです。入っていて全然かまわないけれど、レバニラ炒めを見つめ直してみるべきではと思ったのです。
疑問の回答は
とはいえ働く大人の一員ですから、モヤシたっぷりの理由はわかっています。ニラはちょっと高いのに、モヤシは安いからです。どっさりのモヤシがレバニラ炒めの原価率をどっさり下げているのです。
それでもレバもニラもモヤシも大好きなひとりの考える葦としては、レバニラ側からの「もう少し名前に忠実であって欲しい」という気持ちと、モヤシ側からの「大きく貢献しているのだから自分の名前も入れてほしい」という気持ちの両方がわかってしまうのです。
レバとニラとモヤシ(ときどきタマネギ)で構成されているレバニラ炒めの面構えは、どこの店もほぼ同じであります。味もそんなに大差はない。
食べるほうも「究極」や「至高」の味を求めてはいませんし。
ではありますが、なんだかんだと言いながらも、お勧めのお店を紹介しましょう。
お勧めのレバニラ炒めを出す、一押しの店たち
まずは荻窪の「啓ちゃん」のレバニラ炒めをまずご紹介したいと思います。
荻窪「啓ちゃん」
なにを注文してもガッツリのボリュームでまずまずの味を提供してくれる街場の中華屋さんですが、私はレバニラ炒めを何度もリピートしています。
券売機には専用ボタンすら用意されず、同じ値段の他の料理のチケットを買って、店のひとに料理名を告げて注文しなければならない扱いをされているのが不思議です。
ボリューミー
おじさんにはボリューミー過ぎる店なので、私が行くのは腹ぺこぺこのとき。そんなときは、今日は別のメニューを食べようと思って出かけても、つい「天津丼」のボタンを押してカウンターのなかにチケットを差し出しながら「レバニラ炒めで」と口が動いてしまうのです。
たぶん、これを癖になる味というのでしょう。モヤシたっぷりを含めて、どこにでもあるレバニラ炒めの味なのですが、大きめのレバの質がちょっとだけよさそうな噛み応えで、ニラもここにいますとときおり主張してきて、モヤシは適度にしゃっきりと、タマネギは控えめで、炒め具合にブレがない。
日常のスタミナ料理として、文句なしであります。名前以外は。
レバニラ炒め問題、真の名前
どうでもいいではないかと大雑把に笑わば笑え。私は気になってしまったのです。だから、ちまちまと調べました。結構、粘着質に。
すると、灯台下暗し。
私のよく知る店が、正直な名前を使っていました。神保町の「三幸園」です。
神保町「三幸園」
ニラレバもやし炒め。
偉い。私は感動しました。東京都心のど真ん中に、正直村があったのです。
モヤシだけひらがななのは、読みやすさを考えてのことでしょう。少しだけタマネギも入っているので、正確にはニラレバもやしたまねぎ炒めですが、私もそこまでは求めません。
この店は、私がよく神保町で仕事をしていた頃、何度も足を運んでいた店です。それだけでなく、思い出深い店でもあります。いまを去ること三十年になってしまいましたが、若かった私は風邪の高熱をきつい注射で無理に下げ、夜中近くまで仕事をしました。そのあと仲間とこの店で呑み食いして、さて帰ろうと店を出た途端、気絶してしまったのです。
調子に乗って呑んだビールが効きまくったようです。気がつくと、私は両肩をふたりの仲間に支えられていました。仲間のひとりは、このまま死ぬかもしれないと思ったそうです。それほど、顔面蒼白だったとのこと。若気の至りです。
断っておきますが、三幸園の料理には、まったく罪はありません。最後の晩餐だと少し残念ですが、いつもの仕事あとの呑み食いとしてはしあわせなものでした。
餃子も有名
ここは餃子が有名なのですが、もちろん当時もニラレバもやし炒めは食べていたはずです。ただその料理名にまでは思いが至っていませんでした。若気は至っていたのに。
思い出の店のニラレバもやし炒めは、細めに切られたレバがしっかりレバの味をさせているせいか、ほろ苦く感じられましたが、これは個人的な感想だと思います。
ごはんにも、ビールにも合う、これでいいのだといいたい味です。
まだ続くレバニラ問題の旅
これにて一件落着。といいたいところですが、逆に名前に偽りのないレバニラ炒めはないのだろうかと、私はさらにちまちまと調べつづけました。
だれに対してともなく、意地になっていたのかもしれません。ヒマなのかもしれません。ちょっと変わった食いしん坊なことは間違いありません。
そして、見つけました。
新宿歌舞伎町「とよま」
求める相手は、意外な場所に佇んでいました。偽りにまみれた虚飾のネオンが派手に瞬く新宿歌舞伎町、その裏手の雑居ビルの奥にある「とよま」という店です。
知らないととても入りづらいロケーションです。入ってみれば、靴を脱ぐこと以外は、よくある定食屋さんです。スタミナ求めたホストのひともいますが、スタミナ求めたサラリーマンもいます。
ここも灯台下暗しでした。私の親しい友人で新宿で商売をしている男が、週に二度は使っている店だったのです。
その男は呆れかえってちゃぶ台ひっくり返したくなるほど、食に無頓着な男で、この店に何度なく通っているのにレバニラ炒めを食べたことがないばかりか、納豆オムレツ以外の料理は一切食べたことがないというのです。興味がないというのは、まことに恐ろしいことであります。
もやしなし?
それはともかく、この店のレバニラ炒めは正真正銘正確無比正々堂々のレバとニラだけで構成されたレバニラ炒めなのです。モヤシはなし。一本もなし。ヒゲすらなし。
モヤシが不在なぶん、レバもニラも分量が多いです。味の輪郭もはっきりくっきりしています。スタミナ成分100%なので、ホストのひとも朝までドンペリ呷りまくれそうです。
再度書きますが、私はモヤシも大好きです。しかしながらモヤシのない清く正しく美しくさえ感じられるレバニラ炒めは、味付けではなくレバとニラの味が濃いのです。
レバニラ炒め問題は終結したが…
これにて、レバニラ炒め問題は終結とさせていただきます。
なのですが、ちまちま調べていると犬も棒に当たります。藪から棒が飛びだしてきたりもします。
世の中には、変わった店があるのです。見つけてしまいました。
清瀬市「Kei楽」
レバニラ炒め専門店。
レバのから揚げやその他のメニューもあるのですが、主力はあくまでレバニラ。
しかもレバにこだわりがある。おすすめの山形県庄内産豚以外に、茨城産豚、国産豚、国産牛、宮崎産鶏から選べるのです。さらに曜日限定とかでジビエのレバなんかも使われます。
都下清瀬市にある「Kei楽」という店です。さまざまな店が差別化に走っている都心ならまだわかります。なぜ、清瀬。
そこに深入りすると長くなりそうなので、肝心のレバニラ炒めに焦点を絞ります。
ころっころのレバ
レバが大きい。ころっころしています。しかも、ぷりっぷりしています。衣がついているので、タレともよく絡みます。レバの旨みが溢れます。さすがにおいしいです。
野菜はニラとモヤシだけでなく、ニンジンやキクラゲ、タケノコなんかまで入っています。その意味ではニラレバ炒めから遠くなっています。レバをおいしく食べてもらうために添えられた炒め野菜だと考えるべきなんでしょう。混ざっているけれど。
おいしいです。あまりにおいしくて具材も多いと、果たしてこれはレバニラ炒めなのだろうかという疑問は湧いてきます。別のおいしい料理なのではないか。
ただこのレバニラ炒めは、日常のスタミナ料理にはなんとか留まっていると思いました。少々お高いけれど、ウナギに比べれば全然安いし、盛り付け含めて気取ってはいません。
以上、特別篇でした。
モーミンパパのひとこと
ちなみに食に無頓着な男は、その後「とよま」ではレバニラ炒めばかり食べているそうです。他のメニューも試せばいいのに。
レバニラ炒めは季語ではありませんが、ニラは春の季語でした。地面から生えているニラのことでしょうから、あまり関係ないです。
では、またしても駄句を一句。
レバニラで
避暑地の恋の
下準備
スタミナつけたら、夏を満喫してください。