どこにでもある落とし穴、今までどれだけ数かわしたか
縛られた縄ほどいたら、まわり罠、まわり罠、まわり罠♪
(DJ OASISのアルバム『WaterWorld』の『まわり罠』一節より)
いやあ、怖いっ!この世は罠だらけですよ。三文享楽ですよ。
ということで、前回から続く時空モノガタリ投稿シリーズ第二段目のテーマは【罠】、今回が2作品目です。
Q.「時空モノガタリ」とは?
A.あらかじめ決められたテーマ、字数制限がある小説コンテストです(各テーマにつき一人三編まで投稿可能)。
歴史シュミレーション小説として、『歴史の海 鴻巣店編』を書いていますが、普段、歴史小説は書いておりません。
しかしながら、自分の書きたかったことは凝縮できた作品だと思っていますので、是非にご覧ください。
『服部武雄』
新撰組元参謀の伊東甲子太郎が切腹した。
その死体を引き渡すということで、伊東甲子太郎が代表を務めていた高台寺党の面々に連絡が入った。
その面々には、元新撰組八番隊組長の藤堂平助らも含まれていた。
一行はすぐに油小路へと向かった。
我らの先生を一刻も早く引き取らなければならない。
しかし、現場に到着した彼らが見たのは、野晒しにされた一体の死体だった。
「せんせー、せんせー」
真っ先に伊東の死体の元へ駆け寄ったのは、伊東の愛弟子堂々平助である。
「せんせー。誰がこんなところへ」
「そうか、やはりな」
近くへ寄ってきたのは服部武雄である。ここまで一目散に駆けてきたが、まるで息をきらせていない。
「騙されたんだよ。伊東先生は殺害された。そして、この場に捨てられた」
「そんな、誰がそんなひどいことを」
「近藤に土方、あいつらの考えそうなことじゃないか。今まで何度こうした隊内粛清が行われたことか」
平助は何も言えずに、腕の中で眠り続ける師を見る。
「おい、騙されたのはそれだけじゃないみたいだぜ。俺らも、すっかり罠に嵌められているようだ」
高台寺党の重鎮、篠原泰之進が辺りを見回しながら言う。
「ほぉう。これもやはりやつらの考えそうなことだなあ」
服部武雄も殺気を漂わせた連中に、取り囲まれているのに気づいた。賊がトレードマークの浅黄色でないのは、非合法な粛清が行われようとしている、なによりもの証拠だった。
「こいはおもしろか。そっちがその気なら戦わせてもらわせよか」
高台寺党で唯一の薩摩藩出身御陵衛士、富山弥兵衛が高らかに言った。
「チェストー」
無言で抜刀し近づいてきた連中に対する富山の示現流のかけ声が、皮切りとなった。
言葉にならぬ数々の叫び声が夜の油の小路に響き渡る。
剣を持った連中が入り乱れ、敵か味方かも分からぬ死闘が繰り広げられた。
しかし、状況が高台寺党に不利なことは明らかであった。
高台寺党の人間が手薄であったところへ、急遽やって来た伊東の死の知らせということもあり、人数が圧倒的に違う。
更には、高台寺等の面々が戦う気などなく死体を引き取りにきた無防備な姿だったのに対し、最初から斬り合いを想定していた新撰組連中は鉢金に手甲と最低限の武装をしてきた。
「いったんひくぞ」
篠原泰之進の声が聞こえ、去っていくのが見えた。
加納だろうか、冨山だろうか。それに続き何人かが戦場を離脱したようであった。
服部武雄は周囲を見回す。
もはや自分は周囲を取り囲まれ、到底逃げられそうにはない。たとえ数人を斬り倒して逃げ道を確保できたとしても、手負いにより逃げ切れそうにもない。
戦況はどうなっているか。
夜の斬り合いであったが、もはや目も慣れ、残った味方の少なさも確認できた。
学才に長けていた毛内有之助がメッタ斬りにされ死んでいる。
一人残り奮闘している味方はただ一人、藤堂平助である。
平助、お前ここで死ぬ気だな?
服部は声にせずに平助を見た。
意を決めた志士にそれを尋ねるのは野暮というものだ。
当たり前ですよ。
平助も声にせずそう返してきた。もはや、二人の覚悟は決した。
「かかって来いやあ」
服部は吠えた。
それを境に新撰組隊士がバラバラと倒れだした。
「おい、あの平助と背を合わせ戦っているのは誰だ」
「恐れていたことが起きました。服部武雄が決死の覚悟をしたようです」
永倉新八の報告に土方は愕然とする。
「何をしてるんだ。富山、新井、そしてあの服部を相手にしてはならぬと言っただろう。まともにやっては隊士の命がいくらあっても足らん。おい、長槍を持ってこさせろ」
次々と加勢されていく敵相手に、服部は文字通り一騎当千した。
「なぜ槍で刺されているのに死なんのだ」
明らかに新撰組隊士は動揺していた。
もはや、生死の境地すら分からなくなった阿修羅である。
気付けば、味方は誰もいない。
斬られても、斬られても服部は応戦し続けた。
しかし、人間の体は有限である。出血多量と致命的な刀傷により、服部武雄の肉体は限界を迎えた。
「倒れたぞ、串刺しにしろ」
服部へ新撰組が群がり、滅多刺しにする。
「頚を落とせ」
「ダメだ、そんなことしたら呪い殺されるぞ」
敵を倒したにもかかわらず、新撰組隊士の中には震えが止まらない者もいた。
薄れゆく意識の中で、服部は考えた。
果たして自分の剣に意義はあったのだろうか。尽忠報国の義に報いたであろうか。いや、そんなことはどうでもいい。俺は同志と義を共にして、死ぬべき時に死んだのだ。罠にかければ罠にかかり、騙し打ちは連鎖する。新撰組にも明日はない。
後日、油の小路の変から脱した篠原泰之進が近藤勇を銃で襲ったのも皮肉な話である。
↓服部武雄は幕末屈指の強さです。