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無料web小説 短編『声』【紅葉葉 秀秀逸】

2016年4月25日

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どうも、管理人です。

いつもは当ブログのゲストライター三文享楽が小説を配信しているのですが、今回は私が書いたものを公開しようと思います。

そして、2016/4現在、ブログでは「太郎島 清」という謎の名前を名乗ってますが、この名前を書くと作品がそれだけでしょぼく見える…ということに気付いたので、試しに「紅葉葉 秀秀逸」と名乗ることにしました。小説とか、そういう作品の時だけです。「もみじば しゅうしゅういつ」と読みます。

読み方が不明だし、同じ漢字が並ぶから目を引くかな~という浅はかな考えです。かっこつけた痛い名前にも思えますが、私はギャグのつもりでやってます。

 

普段は気楽に謎の文章やエッセイを書いているのですが、今回は一応まじめな短編です。まずは適当に消費するくらいの気持ちで読んでもらえれば十分です。

そう、無駄に消費させる仕組みってありますよね。世の中にはたくさん。

 

さて、それではご覧ください。

 


『声』

 

綺麗に整えたスーツの男は言った。いや、実際にはそんなスーツは見えない。だが、その姿まで見えるような澄んだ声で、男は言ったのだ。

「なんとかお願いしますよ」

電話越しゆえ表情は見えないが、嫌味が見え透いたような言いぶりではなく、その男の誠実さが伝わるような気がする言葉だった。

安請け合いするには少々難のある案件だった。だが、安請け合いせずにここで軽く断ったからと言って、その程度ではこの男は食い下がらないだろうことは容易に想像できた。

そこをなんとかお願いしますよ。

そう未来の言葉が聞こえてくる気がした。そんな下らぬ茶番の押し問答に時間と精神的体力を消費されるくらいなら受けてしまえ。この丁寧な物言い。本当に困っているのだろう。情けは人の為ならず、なんて言葉もあるではないか。

「わかりました。なんとかしますよ」

なんとかしますよ。ではない。なんとかなるだろう。なんとかするしかないんだろ? なんとかすればいいんだろ。誠実そうな男の頼みであり、尚且つ受けることを覚悟したとは言え、少々やけくそ気味であることは否定できなかった。

「ありがとうございます。宜しくお願いします」

まあいい。色々と手の打ちようはある。緊急事態を考えて先手を打っておけば大抵のことは防げる。ときに軽い”嘘”を要することもあるが、実害のない嘘であればそれは嘘ではない。仕事をする上での単なる潤滑油だ。

そうして私は、顔も見えぬ誠実そうな男のために色々と動き回ることとなる。勝負は明日。一晩寝たその日に案件が完了しているか否か。そこにすべてがかかってくる。

どうせ一日で終わることだ。この不安も一日辛抱すれば解消されると思えば、人助けには安いものだ。

やれることをすべてやった私は、帰宅し、そして、就寝した。緊急事態の策も施してあるのだ。無駄に不安を抱いて精神をすり減らしたところで余計な損。淡々と寝るのが一番。万が一があったとしても、相手も誠実そうな男。いざとなれば協力して対処できるだろう。

そう言い聞かせるように、私は淡々と寝た。

 

 

翌朝、眉間に皺を寄せ、唾を吐き散らかした後、年に似合わぬ派手な服装の男はこう言った。不満の溜まった、聞くだけでこちらにもそのストレスを感染させてくるような物言いで、男は言った。

 

「大至急、連絡をください」

 

失敗した。

傲慢さが見え透くような声が耳に響く。用件を聞き逃していないか確認するため、私はもう一度その傲慢な男の、耳障りな周波数の声を聞きなおす。

 

「昨日お願いした件どうなっているんでしょうか。大至急、連絡をください」

 

もう一度聞く。

 

「昨日お願いした件どうなっているんでしょうか。大至急、連絡をください」

 

緊急の策も全て手違いで実施されず、案件は完了しなかったらしい。私は失敗したのだ。何かを確認したいという思いからか、私の手がその声を無意識に繰り返させる。

「昨日お願いした件どうなっているんでしょうか。大至」

私は人を見る目、いや、人を聞く耳を磨くべきだった。

「急、連絡をください」

どうすべきか。「昨日お願いした件どうなって」助け舟を出していざうまくいかなくなるとこの調子、これが「いるんでしょうか。大至急、連絡をください」人間というものか。

しかし、安請け合いした私にも「昨日お願いした件 問題はある。最後まで対応するのが どうなっている 筋とも言える んでしょうか。大至急 自らの権利を主張するためだけに開かれた口から、連絡をください」何度もその言葉は繰り返される。何度も、一方的に。溺れた人間の末路だな。

「今日、予定あるんだけどな」

私には予定があった。中止したからといって取り立てて差し障りのない予定だが、予定は確かにあった。

昨日お願いした件、楽しい予定だ。どうなっているんでしょうか。こないだ頼んだあれ、どうなってるかなあ。大至急、時間をかけて丁寧にやってくれてるといいなあ。連絡をください。楽しみだなあ、今日それがわかるんだよなあ。

 

「昨日お願いした件どうなっているんでしょうか。大至急、連絡をください」

 

どうなってるかなあ。

 

「昨日お願いした件どうなっているんでしょうか」

 

楽しみな予定なんだよなあ。

 

「大至急、連絡をください」

 

部屋に一つ、違う響きの声が響いた。誠実そうな、澄んだ声が一つ。

 

「そこをなんとかお願いしますよ」

 

 

私は予定の場所へと向かった。

 

その日の夜、世の中に必要のない耳障りな言葉がまた一つ新たに録音された。

「顛末書をください。宜しくお願いします」


 

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