三文 享楽 小説・エッセイ等

無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』12【三文】

2016年7月21日

今までの歴史は存在しなかった。

全て誰かの妄想で、自分は誰かの記憶の一部の登場人物なのだ。

 

こんな概念があります。

涼宮ハルヒの憂鬱にもこんな概念が出てきましたが、高校時代にハルヒを読んでこの概念に初対面だった方はどれほどいるのでしょうか。

 

どうも、ラノベは大きくなって読みだした。三文享楽です。


 

『歴史の海 鴻巣店編』12

13の続き

おもむろに大将は話し出した。

「二人ともようやく打ち解けて、これから力を合わせてやっていけるところだったのに……。二人ともいっぺんに!」

いつの間にか竜哉は鉄舟と目を合わせていた。鉄舟もいつから目を合わせて話をしていたのか気付かなかった。

「僕はまだ近い身内に不幸を出していませんが、とても強いはずの絆を離れ離れにされていたことを忘れていました」

竜哉は目を伏せた。

「僕の父は僕が子供の頃、母の他に好きな女をつくって仕事も家のことも手付かずになり、気付いたら出て行ってしまっていました」

声が弱まっていくのも分からなかった。

「小さいながらにその虚無感は覚えています。大事なものがどんどんなくなっていくような気がしたのです」

「……」

「実際、なくなったのは父一人だったですが、父に関する全てのこと、大きいこと一つ一つがどんどん無くなっていく感じでした」

あごが強張っていく感じがした。涙を我慢しながら話すと決まってこうなることを竜哉は知っている。

「ちょうど今、そんな感じなんです。二日間、ともに戦った仲間がどんどん消えていく。それが……それが、ちょうど同じような胸の孤独感、虚空なんです」

鉄舟は何も言わずにじっと聞いていた。

目からも全てを感じ取っていた。

孤独に臨み、必死に希望の光を探しているのであった。

「よし!」

竜哉は背筋を伸ばし、鉄舟を正面から見据えた。

「鉄舟さん。ありがとうございました。無事ここまで逃げ切れました。亡き三人の分、絶対、ぼくたちが勝ちましょう」

「御意」

江戸時代幕末、そんな風習があったかは分からないが、竜哉が差し出したグーのこぶしに鉄舟もグーこぶしでパンチした。

五秒ほど、目の奥をともに見合った。

「早速、現状の整理と今後の作戦を立てましょう」

にやりとした竜哉は早速スーツのうちポケットから手帳を取り出した。

「まずは残っているのが誰かということです。先程の爆発の状況なども気になります」

首を縦に振った鉄舟は続けて言った。

「一誠さん達が地下で戦い、弥兵衛さんを壮絶に討ち死に至らしめた大川という軍団が気になります」

竜哉は手帳を開くと鉄舟にも見えるように床に置き、ボタンを動かし始めた。

『     A        B

・大将▶  竜哉       ノリ

・    ×近藤長次郎    原田左之助

・    ×前原一誠    ×大伴弟麻呂

・    ×富山弥兵衛   ×丸橋忠弥

・      山岡鉄舟    ×藤原行成

・    C        D

・大将▶ ・・・・・    大川蔵六

・    那須与一     宇佐美定満

・   ×徳川家斉     兼田光政

・   ×壱与       ×物部守屋

・     ・・・・・    上泉信綱』

まず何よりも先に達也は長次郎と一誠の死を確認した。いくばくかの生存の期待はあったものの無情にも名前の左には×印が付いていた。続いて、翔太の名も確認した。確か仮名登録のはずである。メンバーは自分たちと何度も一戦を交えた原田左之助らである。

「二、二、三,四……。このノリというのが仮名登録した翔太であるとすると僕と翔太のチームが不利ということですね……」

鉄舟は返事もせずにじっとディスプレイを眺めている。

竜哉も聞いて欲しいと思っていっているわけではなく、自分の頭を整理するための独り言であった。

「このDの集団がやばそうだ。山岡さんだけで全員と戦って勝てるか……。それにしてもまだ一度も出会っていない人たちもいるのですね」

鉄舟はまだ黙っている。

今度は返事が欲しかった竜哉は少しむっとした。

先程、爆破で一誠、大伴、丸橋が死亡した。そして、長次郎の射殺……。

「ん?」

竜哉はいまだに三名しか露になっていないCチームの×印の二名が気になった。

日本史受験をする竜哉にとって当然、徳川家斉、壱与は知るところにある。

「やっぱり、女の人がいたのか……」

四階に上がり込む際、首だけ出したとき鉄舟に叱責されたことを思い出した。あの時、竜哉は確かに、暗闇から明るみに出るまぶしさの中で男に手を引かれた女のカップルを見たのである。

「死んだか……」

カップルの死を考えると、再びあごが強張っていった。

他にも多くの剣士がやられたと分かっていても、消滅していることが分かるとゲームも終盤に近付きつつある感じがした。

「二十人中九名消滅……。残り、十一人のうち四人は大川蔵六軍団……」

大川蔵六……

再び竜哉はこの名前が気にかかった。以前どこかで聞いた記憶がるのだが……。

「上泉信綱……」

そうだ。敵には上泉がいる。実戦能力が……

「かみいずみ?」

竜哉は大川像六のことを考えながら自然と独り言を言ってしまったのかと思ったが、今のは自分の発した言葉でないことに気付いた。

隣の鉄舟の独り言であったらしい。

いまだに鉄舟は手帳を凝視している。

そういえば、まだ三階で竜哉が手帳で新たな名を確認したときは一人で見ていたのである。

「山岡さん」

「あ、大将」

鉄舟は始めて竜哉が近くにいたことに気付いたように言った。

「このDチーム、いずれも屈指の剣豪ばかりです」

鉄舟にはまだ実戦能力などの具体的ユニット説明欄を見せていない。幕末に生きた鉄舟が名前を見ただけで把握できる豪名なのだ。

「こっちには山岡さんがいますから」

竜哉はともに安心感を得ようと笑いながら言ったのだが、鉄舟は再び考え込んだまま口を閉じてしまった。

窓の外は暗くなったらしく部屋内部の電気の方が明るくなった。

この部屋はちょっとした物置か待合室らしく会議室の電気と比べると多少暗い。それでいて部屋の中にいる自分以外の唯一の人間がじっと考え込んでいて竜哉は居心地が悪くなった。

自然と徳川家斉と壱与の姿を思い出していた。

あの二人は誰に殺られたのであろうか?

大川蔵六軍団、原田ら単体行動剣士、那須与一の弓矢、あるいは……

 

「……いしょう! 大将!」

毎朝の登校前の目覚まし時計にやられたように竜哉は起きた。

「あ、ああ」

一瞬、自分がどこにいるか迷った竜哉は目の前に何かを覗き込む男がいるのを見て、つい先ほどまで続いていた生き残りの壮絶さまで思い出し、自分の気楽さに苦笑した。

鉄舟はずっと手帳を見続けていたらしい。先程と全く同じ姿勢をとっている。

「私の望みを開いてもらってもよろしいでしょうか?」

「は、はい」

顔を上げた鉄舟はひざをついたまま竜哉の前に向き直った

「私に宇佐美定満、鎌田光政、上泉信綱、いずれかの相手をさせて下さい。命を懸けて大将を守ります。上杉謙信の元で名を轟かせた宇佐美、源義経四天王の鎌田、そして天下の剣豪上泉信綱。私も剣を志すものの端くれ、恐悦ながら古の剣豪との一刀を交えたいと存じます」

竜哉はしばらく黙っていた。

もちろん、可か否かを考えているがための沈黙ではない。武士の魂というものをまじまじと見せ付けられたからである。先程まで無駄な戦いなどせず、生涯不殺を貫いた山岡鉄舟が自分の上を行く剣士を見るや剣がうなるというものだ。これは武士魂というより鉄舟のように一人の剣を志すものとしての心情なのかもしれない。

「いきましょう。敵は恐れることです。たとえ二人だろうとDチームでも翔太やCチームが来ようと恐れることなく戦い勝ちましょう」

「おぉう」

鉄舟は立ち上がった。

立ち上がった鉄舟の隣には弥兵衛、一誠、長次郎が見えた気がした。

四人の仲間がまた自分のために再起した。

「よしっ!」

ピピー、ピピー、ピピー

竜哉が意気込むと同時に鉄舟の足元の手帳が鳴り、思わず声を上げた。

「ついに……」

『     ……

・    C

・大将▶ ・・・・・

・   ×那須与一

・   ×徳川家斉

・   ×壱与

・    ・・・・・ 』

那須与一の隣に新たな×印が付いていた。幾度となく遠距離から矢を放ち、近藤長次郎や物部守屋を射殺。火の矢によって爆破を起こした張本人那須与一が消滅した。

「弓の名人も死んだ。遂に剣同士の戦い……」

鉄舟は竜哉の方を軽く叩く。

「とりあえず、少し休憩しましょう。ここは私が見ていますので大将はお休み下さい。先程は私もひどく興奮してしまい、起こしてしまいました」

「あ、でも」

「大丈夫です。大将には敵の指一本触れさせませぬうえ」

竜哉は確かに疲れていた。

戦う鉄舟にこそ休憩を取って欲しいと思いながらも体が着いていかない。

体育の授業までも減らされた高校三年は体力が衰える一方なのである。走り回ったり匍匐前進をしたりすることは有り得ないのだ。事実、先ほど眠るつもりもないのに作戦を立てる途中で眠ってしまった。

「すみません。じゃあ、一眠りさせてもらいます」

座りながら鉄舟に言うと、壁に寄り掛かり再び体育座りをして、頭を膝と膝との間に埋め込んだ。

数秒後には鉄舟の耳に寝息が聞こえた

 

ドアを蹴破ってなだれ込んできたのは大川蔵六一行であった。

鎌田、宇佐美、大川、上泉の順で侵入してきた一行は異様な煙に一瞬たじろいだ。

「先程の爆音はやはりここであったようですね」

「A、Bのそれぞれが二名ずつほぼ同時に死亡している。おそらくここで爆死したと見て間違いないだろう」

「まだ、その残党、あるいは実行犯が残っているかもしれません。一掃してしまいましょう。さしずめ、雑魚の根絶とでも言いましょうか」

「しかし、この煙じゃなぁ……」

部屋の内部は充満する煙でいまだに淀んでいた。

対極にある扉までの距離さえが見えないし、中心部に散らばるダンボールも見えない。

勿論、残党も実行犯も残ってはいなかった、というより確認できなかった。

「とりあえず、ここの扉は開けておきましょう。換気しないと煙で全く何も見えません」

「煙が明けるとそこには足軽鉄砲隊が揃っていたなんてことはないだろうな」

「それはないでしょう。それに我々がいるから心配はご無用です」

ドアを開けておくと確かに気流が変わり、風が流れ始めた。少しではありながら向かい風になったのが分かる。

一行は再び鎌田を先頭に歩き出した。

大川護衛の完全な陣形である。

部屋の形は分からないが壁伝いに歩くことはせず部屋中心部へ向かって歩いていく。

ドア付近の煙濃度は薄くなってきたが部屋の中心部は爆破中心部でもあり、鉄や火薬の臭いがしっかり残っている。ダンボールや何かの破片が下に落ちているようになり始めた。

しっかりした音ではないが、時折、咳をするような音がどこか遠くで響いている。

だが、しっかりした音、声はせず誰も何も言わなかった。

最初、部屋進入時には声により存在感をあらわにしたが、その後一言も口を利いていない。本来、どうなっているかも分からない場所でその中心部に向かうというのはわざわざ罠にかかりに行くようで邪道ではあるがあえての作戦である。人数的にも他チームから優位に立ち、それこそ大胆に核心部に迫っていった。

……しかし、鉄の破片しかないな。

大川は呟いた。

地や肉片が飛び散っていることもなく、各ユニットの死亡時にはそれぞれが体の持ち主と共に全ての部位が消滅した。“爆死体”というものは基本的にいくつもの肉塊に分離されるわけであるから生きている状態の人間とはかけ離れたグロテスクなものとなるが消滅という形ではそのグロテスクさを目の当たりにする心配はなかった。

突然、どこかでドアの開かれる音がした。

風向きも変わった気がする。

「……たいしょう。誰かが他の出口を開いたようです」

背後から上泉が大川の耳元でぼそぼそ言う。

「そのようだな。霧が開けるぞ」

大川蔵六の言ったように急に風が通り、見る見る煙が流れ出した。

もちろん煙が真実で、霧は戦の雰囲気で口から出た大川の戯言だ。

三メートル先しか見えなかった先程と比べ今はその倍は見える。

今来た道をドアまでたどることも可能となった。

次第に部屋の全貌が見渡せるまでに至った。多少、煙っぽい気がするが、なんら違和感はない。

見取り図を描くならば長方形を書いて、その窓側の右部分に小さい正方形をくっつければいいようなものだ。長方形の廊下側にはドアを二つくっつけて現在は両方開かれた上体である。爆発はその長方形の中心あたりで起きた。

「誰もいないのですかねぇ」

戦闘した鎌田が安堵した声のトーンで言った。

「どうやら爆発はここで起きたようであるな」

「そのようですね。でもそうやって起きた、あるいは起こしたのでしょう? 誰かがおとりとなって点火し道連れにしあたのでしょうか?」

「まさか! A,B共に二名ずつが死んでいる。俺らがまだ四人もいて、他にもCがいる。どのチームが爆発を起こしたか分からぬがそんな危険な賭けをするだろうか?」

「ううむ……」

大川はどうも他にありそうな気がした。それもつい先程もそれに関わるヒントとなるシーンに出くわした気がするのだ。

まさか、時限爆弾ではあるまいし……。

「あるいは……」

窓のほうを向いていた宇佐美が振り返った。

「……飛び道具! 火の矢などの」

「それだ! 弓矢の使い手がいたではないか。下手人はCの那須与一に違いない」

「物部守屋の命を奪ったあの男か」

のどにつかえていたような記憶を掘り起こせたのですがすがしい(大川にしては)顔で宇佐美のほうを向いた。鎌田もこちらもこちらを向いている。しかし、大川はその場で一瞬動きが止まっていた。

こ、殺される……

十メートルほど向こうからある鋭角の先が自分に向けられていた。

「い、いた……」

後ろにいた上泉も大川の視線に気付きすぐに大川を右側に突き飛ばした。

簡単に大川は右に倒れた。

その上に上泉が覆い被さる。

矢は先程まで大川の首あたり、後ろにいた上泉の胸部あたりの一直線上を。音もなく通過していった。

鎌田と宇佐美は何が起きたか分からなかった。

目の前の大将が突然右に消えたかと思うと、それに続くように後ろにいた上泉も消えた。

そのコンマ何秒か後に自分のすぐ耳の際を矢が通り抜け、視界に白いぴらぴらが映った気がした。

両者はしばらく、といってもコンマ単位の秒から見ればの、しばらくであってホンの数秒、動きが止まっていた。

「那須だ。そっちにまだいる! 殺せえ!」

足元から声が響いてきた。

上泉の声である。

瞬時、全てを理解した鎌田は振り返りながら走り始めた。右手は左越しに伸び、柄に手をかける。

その後を同じ動作で宇佐美が追う。

しかし、矢が通り過ぎた後のほんの数秒のロスが命取りになった。

射手は既に二本目のセットを完了している。

音もなく出発したその三角錐は突っ込んでくる男のその右腕を貫いていた。

男はなおも突進を続けたが先程まで掴んでいたそれを握ることが出来なくなっていた。


 

(続く)

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