偽物ほどよくしゃべる。あなたのデザインセンス正しいの? - フリーBGM&自主映画ブログ|"もみじば"のMOMIZizm

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偽物ほどよくしゃべる。あなたのデザインセンス正しいの?

本物もしゃべるよ。

そう思う人もいるでしょうし、そういう事例もあるでしょう。まあそれは置いといて。

 

偽物はうるさいです。めんどくさいです。

私はときたま偽物にムカついています。

本日はそんな話。


「それはちょっと違うな」

 

こういう発言をする人いませんか?

もちろん、本当になにか雰囲気が違っていて、それを的確な語彙・表現ができなくてそう言っている場合もあります。そして、打開策を持っている場合もあります。

ただ、

 

NOアイディアでこの発言をしている輩もいると思います。

 

たとえば

 

「いい感じのデザインにしといて」

「面白い感じに書いといて」

「かっこいい雰囲気にしといて」

 

これらは指示ではありません。責任の放棄というか、指示の放棄、無能の露呈です。

関係性ができていたり、何度も同じような依頼をしたあとに来るのがこの発言であればアリな場合もありますが、大抵は指示する能力もない人間が指示をした気になっている。この発言がされているのは、そんな場面です。

 

本当の実力者には細かい指示やら頼みごとやらは伝えない方がむしろいいこともあるかも知れません。

ただ、そういうわけでもなく適当な偽指示を出し、仕上がってきたものに対し「これはちがうだろ。よく考えないと」とか言うのはうるさい馬鹿でしかないわけです。

私も、ゲストライターであり一緒にやっている創作仲間でもある三文享楽の記事タイトルに「これはイマイチな気がする」と言うことはあります。ただ、ほぼすべての場合において、私は代替案や、代替案を導けるような方向性を示しています。

最近はもう三文享楽のブログ技術に任せようということで、「もう少しいいタイトルにしてくれ」とかいう適当なことを言うこともありますが、それに至るまではかなりの今までのやりとりの積み重ねがあります。そして、私はNOアイディアで言っているわけではありません。

現に、自分がこうしてブログで月間15万PVとか18万PVとかアクセスを得ているというのがあるからこそ、私は人に「これはちょっと違う」的なことを言うこともあるということです。

 

のーあいであまん のーせんすまん

だが、そうでない人も世の中には多い。

特に仕事が絡むと、上司なんかはこういう人が多いのではないかと思います。客やらクライアントやらがそういう場合もあるかも知れませんが、客からは最終的には金をもらえますからね。そこはムカついても割り切ることもできるでしょう。

 

そして、NOアイディアなだけでなく、そもそもそいつのセンスが正しいかが怪しいというときもあるでしょう。

私は最近そういう場面に出くわしています。NOアイディアではないときもあるし、センスがあるような気がするときもあるものの、納得いかないこともちょくちょくあります。

ダメ出し系の発言がほとんど「なんかちがうな」「これはないと思う」とか適当なので、正解が不明。そして、その人の正解を出すことがゴールではないことがほとんど。なのに、そこを通らないといけないからとにかく無駄が発生する。めんどくせえ、の一言に尽きる。わけです。

ちょい口が悪いですね。ただ、たまには口も悪人にしてやりましょう。

 

口悪人

私の場合はデザイン関連でその現象が起きています。

かっこいいだとかオシャレだとか、そもそも私はそんなのはあまり重要視して生きてきていません。私のブログは創作系をコンテンツとして押し出しています。

それを素人のどうでもいいエゴ集合体だと思う人もいるでしょうが、本来創作はカタカナクリエイターどもが語るような、自慢と自分の自信のなさを埋めるための虚勢を張った虚構遊びではありません。

物語だとか、魂を感じる表現だとか、そういうものが本質だと私は信じているわけです。

 

意味の分からん斬新だか思いつきだかもわからん、謎のデザインひっさげた人を見て「かっけー」「いいっすねー」「たまらん」だとか言ってるのはアホに見えるわけです。

そういう意味わからん騙されて買ったワインのつまみのような存在を本質だとは思ってないわけです。

ただ客観的に「そうはいってもかっこいいデザインだ」とか、「面白いデザインだ」とかはあるし、「こりゃ新鮮だわ」とかそういう軽い感動はあります。

そういう風にこっちが歩み寄ってデザインを持って行ってるのにそれに対して「わかってない」みたいな態度で来られたら腹が立つわけです。

 

そもそもお前がわかろうとしてるもの、それ自体が虚構だよ

 

と私は言いたい。

 

素晴らしいデザインもある

ただ、素晴らしいデザインというのは、デザイナーの人生が投影されるような、人間の生き方を変えるようなそんなレベルの場合もあります。

それは尊敬しますが、そこまでのデザインの話をしているわけでもないときに、「センスのいいモノへの憧れ」から来る「センスがよくないと自分が思うものへの曖昧なダメ出し」をされるととにかくめんどくさい。

自分自身も、子供じみた、意見を取り入れられない勘違いの無能になってないか気を付けたいものです。なにせ、めんどくさいし、脳なし・能なしと思われます。あなたのセンスは人を不愉快にさせてますよ、と言われたらなかなか嫌ですからね。

 

別に上司じゃなければ特に支障もなく、センスがありそうでないかも知れない少し違う感性の人、ということでいろいろな角度の意見をもらえる的なメリットはあります。が、意味の分からないゴールに向かって適当な指示を出す存在となって現れたとき、それはとにかく

めんどくさい

 

です。

 

ああ、めんどくさい。

 

デザインにこだわりがある曲者。

おれはそういうやつが嫌いだった。

やはり、今もあまり好きではない。

 

そろそろ終わる

ああ、ほんとめんどくさいから、そういう人は自分で素晴らしいデザインを作る力量を身に着けて、自己解決型になってくださいね。

周りは結構めんどくさがってるはずなので。

 

そんな、センスがあるか怪しい偽物への警鐘でした。本物はそんなダメ出しせず、真のデザインをつくるか導くかしますよ。さよなら。

南無三。