さて、今回は時空モノガタリシリーズです。
時空モノガタリシリーズを担当しているのは誰でしょうか?
そうですね、紅葉葉くんですね。
って、ちょいちょいちょーい!違いますよ、私は三文享楽です。
今回の時空モノガタリは一味違います。
なにが違うか?
それは三文が時空モノガタリに初めて投稿した短編が今日の作品なわけでーす。わー。
ちなみに、今回のテーマは【江戸時代】です。
果たして、今回はどんなお話しとなるのでしょーか。
…我ながら、恥ずかしい語り口調ですな、いやはや。
Q.「時空モノガタリ」とは?
A.あらかじめ決められたテーマ、字数制限がある小説コンテストです(各テーマにつき一人三編まで投稿可能)。
『ちょっといいかい』
「ちょっといいかい」
「へえ」
「平左、なんだって毎日そう腑抜けた顔をしてるんだい」
また始まった、番頭さんの小言である。
「へえ、なんででしょうねえ」
「まったく。お前さんにはねえ、覇気がないんだよ、覇気が」
「はあ」
「もっと亀吉みたいにできないものかね」
おっと、こういう時に自分の名前が引き合いに出されるのは喜ばしいものではない。
理不尽な説教を食らっている者は全てが憎いはず。逆恨みされかねない。
「よし、亀吉とお遣いにでも行ってきなさい。亀よ、前に言った仕立屋さんの件は覚えているね」
「へい」
「さすが亀。さ、気をつけるんだよ」
平左さんとお遣いに行くことになった。
小言で打ちのめされた先輩と出かけるというのは、何とも言えないものである。
自分が先を歩いているが、振りかえって顔色を窺うわけにもいかない。
自分の考えとしては、平左さんは小言を言われるような人ではない。やることはやるし、いつだって穏やかだ。後輩に対して小言を言わないのは彼だけの気がする。大抵の人間は言う必要もない小言で後輩をいびっている。
ん?
突然のことだった。
「どいた、どいたー、どいたぁー」
その声まではたしかに聞いた。そこから先は、気付いたら宙を舞っていたのだから、経緯もなにも分からない。
「おい、坊主、ちんたら歩いてるんじゃねえ」
声で判断するに、あれはやくざ者の八兵衛である。
高利貸しを専門とし、期日までに返済が間に合わない者がいれば、荷台の上に乗せて街中を走り回る輩だ。途中で荷台から振り落されて死んでしまった者もいるという。
「いててて」
視界が正常に戻った時、既に荷車は消えていた。
代わりに目の前に現れたのは平左さんである。
「大丈夫ですかい、亀さん」
「どうにか、身体はくっついています」
「それは良かった。わたしがおぶります。今日はひとまず帰りましょう」
平左さんの背中に身を預けることとなった。
「かたじけないです」
「いいえ、悪いのはあのやくざ連中ですよ」
固い背中越しに聞こえるその言葉はたくましい。
「自分は平左さんを尊敬してます。後輩に無意味な小言を言うでもなく、仕事にうちこむその姿」
思わず言ってしまった。あえてこんなことを言うのも失礼な気がしたが、言葉が止まらなかった。
「そうですねえ」
数十秒の沈黙の後に、ぼやくように平左さんは言った。
「不必要な小言っていうのは絶ち切らないといけないかなと。その多くは中身の無い僻みごとの継承だと思いますよ。標的を定めて自分がやられてきたことをやり返す。そうして反抗させにくい空間をつなげていく」
平左さんは深呼吸をして振り返った。
「世の中はくだらない権威の世代交代を繰り返しているだけですよ」
何も言えなかった。
もしかしたら、自分は今、大変恐れ多い方に背負われているのではないか。
何も言い返せないまま、番頭さんのところに戻った。
店の奥に寝かされ、擦り傷の洗浄や打ち身の冷却といった一通りの処置を受ける。当然やってくれたのは全て平左さんである。
「それにしても災難だったな」
寝かされたところへ番頭さんがやってきた。
「平左、お前がしっかり見てやらなかったんだろ」
早速、番頭さんは平左さんに小言をぶつけ始めた。しかし、どう考えてみても悪いのは、荷車で暴走していた八兵衛である。
仮にこの場で怒られるとすれば、危機を回避できなかった自分ではないか。
「かわいそうにねえ。平左がしっかりしてたら、亀がこんな目に合わなかったのにねえ」
「へえ」
はらわたが煮えてくるようだった。どうして番頭さんはこうも平左さんにきつくあたるのだ。
平左さんも、平左さんだ。どうしてこう責められて何も言わない。
「番頭さん、違いますよ」
一瞬だったが、この時に見せた番頭さんの顔は今までに見たことのない種類だったかもしれない。
「今回の件で悪いのはあたしです。ボッと歩いていたらこんな目にあってしまいました。それなのに平左さんはあたしを責めることなく、連れてきてくれました。平左さんをいじめないでください」
「おお、そうかそうか。そうだったのか」
棒読みに聞こえた番頭さんの声は、平左さんを見直すものだったに違いない。
二日間寝ると、仕事に復帰できた。
「ちょっといいかい」
またいつもの声が聞こえた。二日の間に平左さんを標的から外すことはなかったようだ。
「へえ」
「お前じゃないよ、亀吉だよ、亀吉」
ん?
「呼んでいるんだ、返事くらいしなさい」
「へい」
口の中の急速な乾燥を感じながらも、歩くしかなかった。
平左さんの言葉が次々と蘇ってくる。
すれ違う先輩はみな薄ら笑みを浮かべ仕事をしていた。
ただ一人笑っていない平左さんが複雑な顔をして、こちらを見ている。
どうぞどうぞ、他の時空モノガタリでございます。