三文 享楽 小説・エッセイ等

無料web小説 短編14『左の試着室』【三文】

2016年10月11日

試着室を利用すればその店のハードルを越えたような気がする。

 

そんなことを思う方って、私以外にもいらっしゃるのでしょうか。

なんかこのお店って自分には不釣り合いかもしれない…どうも、常日頃から劣等感と後悔で生きている三文享楽です。

ええ、しょうがないんですよ、コンプレックスが原動力となる男ですから、ええ。けけけ


『左の試着室』

「ちょっと、今度、初デートに着ていく服を探しているんですよ」

目が合うと近づいてきた店員に、ヒデは言った。

「そうですね。初デートとなると、奇抜なものを避けるのが無難でしょうね」

「なるほど」

店員は誰にでも向けるだろう笑顔で、ヒデの体全体を眺める。

「こちらのボーターのポロシャツはいかがでしょう?」

そう言うと、店員は赤と紺の横線が入った半袖を奨めてきた。

「良さそうですね。ちょっと着てみていいですか?」

「はい、どうぞ。ご試着室はあちらになっております」

ヒデは店内の隅にある試着室へ向かう。

試着室は三つあった。

右と真ん中の試着室は一般的な大きさで、一番左の試着室だけが普通より大きめに作られているようだった。

大きめの試着室を使ってみたいとは思ったが、先客がいるようだったため、真ん中の試着室へ入る。

ヒデは中へ入るや否や試着をしてみた。

――なかなか、いいんじゃないか?

鏡に映った自分の姿はキマっており満足できた。

初デートに着ていく場面を想像してニヤニヤしながら、自分の着てきた服に着替えると、カーテンを開けた。

そして、靴を履いたのだが、その時に感じたのは、違和感だった。

――なんだ?

違和感があったのは、どうやら視界の右側から入ってきた景色らしい。だが、そちらへ目を向けても、どうしてそれがおかしいのか、しばらく分からなかった。

二人、三人とぞろぞろ試着室から出てくる。

――別に、それほど不思議なことは……いやいや。試着室からぞろぞろと?

ヒデが見ている目の前で、スーツの男、作業服の男、パジャマの男、フォーマルな私服っぽい男、ヘビメタファッションのレザーの服をまとった露出男、そして、カジュアルな私服を着た男の計六人が、隣の試着室から出てきたのである。

最後に出てきたカジュアルな私服の男以外の奴らは、どれも靴まで履いていた。

試着室の中は土足厳禁なのだから、それも変な話である。

男たちが出て行った後、一人残されたカジュアルな私服姿の男のところへ、店員が寄ってきて何やら話をし始めた。

ヒデは、おそるおそる今男たちが出てきた試着室へ近づき、中を(のぞ)いてみたが、もう新たな男が出現することはなさそうだった

「お客様、申し訳ありません。ご試着は、こちらの二つの試着室でしていただいてもよろしいでしょうか?」

振り向くと先ほどの店員が、先ほどと同じような笑顔で立っていた。

ヒデは一瞬、今見たことを尋ねようか迷った。

常識的に考えて、一つの更衣室から五人もの男が出てくるなんておかしい。

しかし、笑顔を崩さず試着室の移動を(うなが)店員を見ていたら、変人と思われたとしても、その質問をしてみたくなった

「あの、服はもう試着したんですよ」

「はあ」

「ただ、なんかこの試着室から、人が何人も出てきたような気がして、で、ちょっと中を覗いてみたんですけど」

「ああ、それでしたら」

店員は、大きめの試着室の横にとりつけたケースから、二枚の紙を取りだした。

そのうちの一枚をヒデの目の前に差し出す。

「こちらの週間レンタル服を利用する場合、この試着室をご利用することになります」

「週間レンタル服? 何ですか、それ」

「我々は、普段色々な場面に顔を出さなければいけません。職場、プライベート、半プライベート。それこそ場合によって、色んな服装に着替える必要があります」

「はい、確かに」

「しかし、その都度、着ていく服装を選ぶのは大変ですよね。そういった時に利用するのが、こちらの週間レンタル服となります。まず、お客様にはアンケートを書いていただきます。……えっと、こちらの紙がアンケート用紙ですね」

 店員はもう一枚の紙もヒデに見せた。

「はあ」

「そして次に、あの試着室へ入ります。そうすると、先ほど書いたアンケートにそって、コンピューターが自動的にあなたの着るべき服を選定してくれるのです」

確かに、差し出されたアンケート用紙には、色々な記入欄があった。

コンピューターが自動で服を選んでくれるということは、にわかには信じがたかったが、アンケート用紙の記入欄の多さを見る限り、できなくもなさそうだった。

「じゃあ、ちょっと試してみようかな」

「かしこまりました。ではこちらの用紙に必要事項をご記入ください」

店員が笑顔のまま差し出したペンで、ヒデは記入を始める。

名前、性別、年齢から職業に学歴、それから趣味や自覚している性格などの記入欄があった。ご丁寧に「全てにお答えいただくことで、よりあなたらしい服を選定できます」との注意書きまで書かれている。

全ての項目を書き終え用紙を店員へ渡すと、いよいよ大きな試着室へ入ることとなった。

カーテンを閉め、下足を脱いで上がる。そこまでは普通の試着室と一緒だった。

違いを挙げるとすれば、大きめの試着室に相応しい大きめの鏡があるということ。

「はい、じゃあ、始めますね」

外から店員の声が聞こえてくる。

しかし、ヒデはここで初めて、果たして自分は何をすればいいのか、という疑問にぶち当たった。

――アンケート用紙を元に機械が自分に合う服を選定してくれるというのに、わざわざ手ぶらの俺まで試着室へ入る必要があったのか。

だが、すぐにヒデは考える必要がなくなった。

「お顔を読み込みますので、しばらく鏡の方をご覧になっていてください」

先ほどの店員と思しき声が、試着室の外から聞こえてきた。

指示に従い、ぼぉっと鏡を眺めていたヒデだったが、しばらくして鏡の変化に気付いた。

鏡に映る自分の服が微妙に変化し始め、浮かび上がってきたのである。

「いやいや、ちょっと」

声を出したが、鏡の変化が止まることはない。

スーツを着たヒデ、ちょっとおしゃれな腕を着たヒデ、会社の部活で野球のユニフォーム姿となったヒデ、ジョギング姿のヒデ、次々と鏡から出てきた。

本物のヒデは試着室の隅によけて、次々と出てくる男たちの通り道を開けた。

目の前を通り過ぎる男たちをただ見ているしかない。

ちなみに、ちょっとおしゃれな服を着たヒデとは、紺と赤のボーダーのポロシャツを着ているヒデである。

――さっき試着してみた俺が出てきたときには驚いたが、やっぱりあの服が一番似合っていたということなんだな。あの店員の目に間違いはなかったんだ。

自分そっくりの男たちが次々と鏡から出てきたのに、呑気にこんなことを考えていたのは、今、目の前で起こったことが、あまりに非日常すぎて思考がおいつかなかったからである。

試着室の隅に立ったまま、茫然としていたヒデだったが、徐々に頭が動き出した。

――そういえば、さっきこの試着室から出てきた男たちも同じ顔をしていたんじゃなかったか? 考えてみれば、どれも同じような背丈の格好だった気がする。だとしたら、今出て行ったやつらも俺だったのかもしれないな。

しかし、すぐにヒデの中の理性がそれに異論を唱え出した。

――いや、ちょっと待て。常識的に考えてそんなことあるはずないだろ。アンケート用紙に自分のことを記入したことによって一週間分の服がレンタルできるのは納得できる。だとしても、服さえあればいいのだ。あの着ているやつらは必要ないじゃないか。第一、俺に似た人間が一気に製造されるなんてあるわけがない。

ようやくまともな思考回路を取り戻したヒデが試着室から出ていくと、先ほどの店員が先ほどの笑顔で近づいてきた。

「すみません。さっき出て行った人たちって、何なんですか?」

「ああ、あなたですよ。正確にはあなたを読み取って機械が造りだしたロボットですかね。あなたの一週間分の服装を着たロボットが色んな所へ散っていったのです」

「そんなことがあり得るんですか? というよりもですよ、もし私とそっくりのロボットが出て行ったらとしたら、野放しにしておいて大丈夫なんですか? やつらが悪さをして、本人である私が迷惑を(こうむ)ることだって考えられますよね

 ヒデは目の色を変えて店員に詰め寄ったが、店員の表情が変化することはない。

「いいや、それはないですよ。彼らはしょせんコンピューターに過ぎません。自分たちの服装に相応しい場所へ赴いて、服装に相応しい表情と動作でウロウロするだけです」

「ウロウロする? それだけですか?」

「ええ。この町でサクラの役割をするだけですよ。あてもなくウロウロ、ウロウロ。そうでもなきゃ、この世の中にこれほどもの人がいるわけがないでしょう」

「確かに人は多いですけどねえ。信じられないなあ」

「それが事実です。それに、周囲の熱を感知するシステムをもっておりますから、夜だって人気のないところでじっとしていることができます。人前に出るのは隠れきれない場合だけ。夜道で暗いところから急に人が出てくることがあるでしょう? あれは、大体誰かのロボットですよ」

 深く考えると、また頭がおかしくなりそうなので、ヒデは自分のペースで質問を続ける。

「肝腎の服装を替えたいときはどうすればいいんです?」

「ご本人様であるあなたが、服を変える必要のあると思うときを察知して、それに相応しい服装のロボットがやってきます。そして、あなたとバトンタッチをする」

「バトンタッチって……」

ヒデが次の質問をする前に、あれだけ表情を変えなかった店員の顔が動いた。

目線の先には自動ドアがあった。いや、自動ドアというよりも、今自動ドアから入ってきたリーゼント頭の男がいた、といった方が近い。

その目線の先にあるリーゼント頭もヒデの目の前にいる店員を探していたらしく、その姿を確認するとズカズカ近づいてきた。

「おい、そろそろバイトあがりの時間だぜ」

 リーゼント頭は、そばにいるヒデなど見えないかのように店員に言った。

「ちょっと待ってください。この仕事を他の人に頼んだら、行きますよ」

「早くしろよ」

会話を始めた二人を見て、ヒデはあることに気付いていた。

しかし、なにも言えるわけがない。

ずっと同じ笑顔を浮かべていた店員はヒデに断りを入れるでもなく、レジにいる他の店員の元に行った。

レジにいた店員は会釈をしながら、小走りでヒデのところへやってきた。

もちろん、笑顔である。

ヒデが近づいてきた店員を見ていた隙に、先ほどまでヒデの対応をしていた店員はいなくなっていた。

しかし、リーゼント頭の方はヒデの近くに残っている。

「いよっしゃー。週末はまた首都高をブイブイいわせるぜ!」

リーゼント頭は、一瞬ヒデにも見覚えのある笑顔を浮かべ、店から出て行った。


 

私は時空モノガタリ系男子です。

私は時空モノガタリ系女子です。