三文 享楽 小説・エッセイ等

無料web小説 短編5『クリック衝動』【三文】

2016年4月12日

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気づけば、毎日パソコンパソコン。

仕事で一日中パソコンを使っているのに、帰ってからの趣味もパソコン。連絡手段も情報収集手段もパソコン。そういう方々も多いのではないでしょうか。はあ。パソコンをやっていればみんなパソコンならではの悩みもありますよね。

どうも、ドライアイをひとまず直したい三文享楽です。

今日もまたパソコンに向かいます。

 

(これまでのショートショート一覧)

ハエトリ草』『前科アリの人々』『ブーツのために』、『胎マン


『クリック衝動』

貧乏文士のコバ氏は、本を執筆するために、インターネットで情報を集める。

むろん、専門書は何冊か購入するし、近くの図書館に通い細部まで調べる作業もするのだが、いかんせん慢性的な金欠を患っている。

読みたい専門書があっても、まずはネットサーフィンによって、情報を漁るのが貧乏文士の最初の仕事であった。

今日も起床から五時間ほど、パソコンの前で座視している。

乾燥を極めたせいか持病のドライアイが眼球全体を紫色近くに充血させ、耳鳴りが脳内を駆け回り、思考回路の半分近くを遮断させている。

それでも、コバ氏は検索を続けた。

もはや、尽きることのない情報の膨大さに理性を失っているかのようであった。

しばらく検索を続けると、危険そうなサイトが出てきた。

まず、これまでのサイトと違って、文章が一貫していない。海外のサイトが適当な翻訳ソフトで手を加えられたのであろうか。そうでもなければ、まともな事理弁識能力のある者が文章を書いているとは思えない内容であった。

しかし、それでも進んでみる。

サイト内の一部をクリックして、出てきたページの一部をまたクリックしてみれば、また同じページに出てくる、というループを繰り返させられている。そこには「このサイトには本当に伝えたいことなんてない」という人為的なメッセージすらあるように思えた。

当然、コバ氏はホームページから退出しようと思った。

長年のネット経験から言っても、これ以上このサイトを見たところで得られる情報はなさそうである。

しかし、そのサイトの中で、一度もクリックしていない部分を見つけてしまっていた。

そしてまた、そのクリックが何かしらの進展を臭わせる雰囲気を醸し出していたのである。

ここをクリックすれば、確実に何かが起きる。

良きも悪しきも次なる展開が見られるのだ。本当に自分が調べたかった情報だって、この先にあるかもしれない。

だが。

もしこの次に進んだページで目的を果たせないようだったならば、このサイトは悪意に満ちたものとなり次のページで罠にはまる、ということになるのだ。

そういえば、先ほど起動してあるウィルス対策のソフトも警告を発していた。

次のページですぐに危険ページへ直結しなくても、パソコンがネット病魔に侵される可能性は十分にあった。

コバ氏は迷った。

この先に進んで新しい展開が起きたとしても、自分が欲しい情報がそこにあるとは限らない。そのような不毛な賭けまでして得られる貴重な情報がこの先にあるとは思えない。

しかし、自分は腐っても作家という負い目もある。

作家が危険をおかしても情報を集めるのは当たり前じゃないか。この先に進んで求めている情報がなかったとしても、この先に進む度胸があるか、それが作家としてやっていけるかの証明になるのだ。

賛同意見が頭の中に満ち満ちてくるが、コバ氏はどうしてもクリックできなかった。  手汗がにじみ、腰の辺りから寒気が突き上げてきた。近くにあった水を一息で飲み、体操もしてみたが、どうにも落ち着かない。クリックすることが忘れられないのである。  この先に進んでこその作家なのに……。  しかし、コバ氏にはある変化が起きていた。

心の変化というよりは、アドレナリンなり体内におけるホルモンが異常なほど分泌され始めたのである。

やりたくてもやれない壁にぶつかり、コバ氏の頭には色んな小説のネタが溢れ出したようであった。行き場をなくした頭に詰め込まれた情報が、化学反応を起こし、形を変えて零(こぼ)れてくるようにも思えた。

コバ氏はクリックのことも気になったが、ひとまず頭に浮かんだことをノートに書き殴った。久々に普段思いつかないネタが涌き出てきた感覚である。

書ける、書けるぞ。

アイデアが浮かべば大筋を構築し、落ち着いた時に推敲をする。翌日にまた読み直し、一時の気の迷いで作られたものでなかったかを確認する。それを繰り返した。

客観的な目を意識して、最初に書かれた物を読み直してみる。

しかし、何度読んでも面白いのである。

実際に友達に読んでもらっても、今までで一番面白いとの批評がもらえた。

好評をくれた友達の勧めによって、懸賞にも応募してみた。

短篇の懸賞というのは案外に多いものである。

十篇を作品の体に整え、ようやく落ち着いたといっていい。頭はすっきりしていた。胸のうちがすっきりすると、また虚無感に押し潰されそうになった。

しかし、もうクリックしたいという気持ちが起きなくなっていた。そのページの先にあるものが、自分が求める世界とはまるで関係ないものという気がする。

だが、コバ氏の妄想は膨らんだ。

クリックすることがないにしても、もしかしたらあのクリック先は外国の闇サイトに通じているかもしれない。もしクリックしてしまえば、外国から自分は国際スパイとしてマークされ、私生活を徹底的に洗われ、いずれ厳(いかつ)つい体つきの男がやってきて……。  コバ氏は再びキーボードを叩き始めた。「もし~だったら」という恐怖から膨らんだ妄想でいくつもの小説が書けた。

また、不安を語り尽くして安心するというカタルシスが、心に落ち着きを齎(もたら)しているようでもあった。

この二度目の衝動がおさまる頃、以前コバ氏が応募した懸賞から連絡があった。十篇を懸賞に送ったのだが、そのうちの七篇が佳作なり何らかの賞をもらえたらしい。

自分でも初の快挙に驚き、パソコンの前に座る。

こいつが俺に恐怖を与え、俺を動かした。

次第にネットの仕組みというものにも関心が沸いてきた。

考えてみれば、不思議なものである。実態もないはずの文字列の固まりによって、実態をもつ我々人間が右往左往しているのだ。

気にくわない話でもある。

毒食らわば皿まで。恐怖の無間地獄すら産み出すこのネットワークの仕組みを暴いてやろうではないか。

コバ氏は口座に振り込まれた懸賞金を使って、パソコンの専門書を買い漁った。サイトの作り方、プログラミング、情報セキュリティシステムと、今までは食わず嫌いであったコンピュータ関係の横文字を食い荒らしたのである。

調べてみれば簡単なことだった。そして、こんな機械相手に我々人間が惑わされているのがバカバカしくなった。

コバ氏は腹立ちまぎれにそのことを小説に書いた。現代のコンピュータがもたらした闇を、その蓄えられたコンピュータの専門知識と共に描き出したのである。

コバ氏の小説は評価された。本人が実際に巻き込まれたことを思わせる文体と、現代人の誰もが行き着く不安を見事に書き表したことが評価され、話題になった。

クリックしたところで行き着く場所は、人間が構築したネット社会の中でのゴールである。どれだけ恐ろしい闇サイトにつながったとしても、それは人工の現場。這(は)いあがれない奈落は存在しないものである。

そこに考えが至った時、コバ氏はかつて自身に負荷をかけたクリック先が載っているページを開いていた。

何百回、というよりも何百時間と自分自身を誘惑してきたページである。

そうだ、所詮は人間によって作りだされた幻想。進んだところに恐いものはない。

あれだけ極限の状況で封印した自身の決め事であったが、あっけないものだった。

コバ氏は考えを無にしたまま、クリックをしてしまったのである。

ページは見る見る間に切り替わり、一分もしないうちに、十万円を振り込むよう指示されたページに切り替わっていた。

うすうす気づいていた結果ではあったが、どっと手汗が出始めたのは言うまでもない。

コバ氏は、再び口座から金をおろし、詐欺被害の対処法、法律関係の本を買い漁った。

 

 


 

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