「ムーミン、それはね」とパイプの煙を燻らせながら息子に教えを垂れたいのに、逆にブログのことで教えを仰いでばかりのモーミンパパです。
早すぎる技術革新は、年長者のアドバンテージをどんどん奪っていきます。
それでも、おいしいものについては長年の蓄積がぽよんとしたお腹に溜まっていますので、食べ歩きのときだけは尊厳を取り戻しております。
食べて、歩く。
人間の基本です。
その基本をしっかりすぎるほどしっかりと守って、前回は一日にカツカレーとカレーライスを食べました。そして都電で大塚に向かったと書きました。
↓前回の記事
今回はその後日譚、ならぬ同じ日の後時譚です。
ちいさい秋のちいさい旅はつづいてカキフライ
三ノ輪橋に向かった私は、そのまま都電に乗ったように書いて前回を終わりましたが、実はあまりに腹が重たくて、喫茶店に入りました。
スプーンの差さっていたコップの水だけでは、消化が追いつかなかったのです。呑めばその分また腹に溜まりますが、水分は消化を手助けしてくれるのもまた事実です。
とくにコーヒーはよろしい。医学的なことは知りませんが、わたしは食後にコーヒーを呑むととてもほっとして、腹がこなれた気分になれるのです。
秋はもちろん食欲の秋ですが、読書の秋でもあります。
出かけるとき、私は必ずバッグに文庫本を潜ませます。
そのとき持っていたのは、伊坂幸太郎の「アイネクライネナハトムジーク」でした。タイトルはモーツァルトのセレナーデから採ったものです。なんだかオトエフミっぽい話題でしょう。偶然ですが。
伊坂幸太郎らしいひねりは効かせながらも、心温まる結末を用意した短編の連作集です。その二話目を、私は喫茶店でアイスコーヒーすすりつつ読みました。
私と、ということはこのブログの管理人である息子とも同姓の人間が登場する話でした。少しくすぐったい気分でした。
伊坂幸太郎は仙台在住の作家で、仙台付近には私と息子と同じ苗字のひとが多く住んでいることを私は知っていました。後輩の奥さんで旧姓が私と同じ仙台出身のひとが、教えてくれたからです。
ゆっくり堪能して一篇を読み終えました。それでも腹がこなれないので、いかにも地方都市にありそうな屋根のある商店街をとぼとぼひと停留所分歩き、引き返して、さらにうろうろして日が暮れかける頃を迎えました。
ヒマですみません。
「懶惰」な時間
腹はこなれたかといえば、そうでもありませんでした。
私はこんな「懶惰」な時間が好きです。(「懶惰」については、前回参照。なまけてるって意味のブンガク表現です)
暗くなると風景が見えなくなるぶん散歩はつまらなくなるので、私は都電に乗り込みました。
コップのスプーンほどではないですが、久しぶりです。
始発なので座れましたが、車内はどんどん混雑していきました。都内に残っている唯一の路面電車というと、コップのスプーン的存在に思えますが、昭和遺産の動態保存というわけでもなく、いまでも沿線の生活交通機関なのでした。
そんなことを知るのもまた、愉しからずや。
ただし、速度はのろく、駅間距離は近いです。
正直、王子駅に着いたときは降りたくなりました。
ただ私は大塚駅に行くつもりになっていました。最初は山手線の乗り継ぎとして考えていたのですが、腹がこなれていくとともに、目的地化していったのです。
秋深いカキフライ
まだ午後六時前でしたが、もはや、とっぷりと日は暮れていました。
秋なのです。
秋が深くなりつつあるのです。
秋深い。
あきふかい。
アキフカイ。
カキフライ。
秋ですから、アジフライではなく、連想するのはカキフライです。
食べ歩き。歩き食べ。歩いたあとは、また食べる。少なくとも私においては、食い意地は食欲とは別物であるようです。
洋食屋「GOTOO」@大塚
大塚には洋食屋の「GOTOO」があるのです。
なに食べてもおいしい、志向としては荻窪の「ツバキ亭」と似ている洋食屋ですが、とくにこの季節のカキフライが有名なのです。
店も秋を待ち構えていることは、外に出ている看板を見ればわかります。
店に入ってもわかります。
「日本一」です。
店のカキフライが「日本一」ではなくて、使っているカキが「日本一」と書いてはありますが、そこは日本人特有の謙譲と忖度の世界です。
夜の営業開店早々の時間でしたが、店内はすでに都電に負けない混雑でした。この店もまた洋食屋でありながら、昭和遺産ではなく生活機関なのです。
カウンターに空きがあったので、そこに座ることができました。
腹が減っていたら、ふた品は注文したいところでしたが、そうもいきません。
すでに本日、揚げ物はカツを食べていますが、迷いなくカキフライです。
迷いなきカキフライ
何度も書いていますが、私は揚げ物が大好きです。一番好きなのはアオリイカの天ぷらですが、鳥の唐揚げ以外は何でも好きです。
しかし、揚げ物にしなくてはならない素材ということになると、初夏のギンポの天ぷらにつづき第二位が秋から冬にかけてのカキフライです。天ぷら以外に使い道のないギンポ(ハゼがアナゴ寄りになった感じの魚です)と違い、カキは生でも食べられるし、鍋にもなります。焼いても炒めてもよろしい。天ぷらもいけます。ですが、フライです。カキはカキフライが一番おいしい。反論のあるかたもいるでしょうが、耳は貸しません。
で、日本一のカキフライです。
よく、プリプリと表現します。それでもいいですが、ここのカキフライはもっと身がしっかりしているのです。擬音にすれば、こうです。
プリッツ、プリッツ。
ちいさい「ッ」と普通の「ツ」がつくのです。
そんなに大きくはないけれど、ころっと肥えているカキを噛めば、リアス式海岸の波しぶきが口内に飛散します。
都電に乗ってここまで来たのに、三陸鉄道に揺られてあまちゃんに会いに来た気分です。ちょっと例えが古いですけど。
タルタルソースもおいしい。
中濃ソースもおいしい。
ああ、秋だなあ。これから厳しい冬がやってくるのだなあ。
栗と天然キノコも食べたいなあ。
もちろん、無理です。満々ぷくぷくです。
モーミンパパのひとこと
赤ずきんちゃんの陰謀により腹に石ころを積み込まれた狼みたいになって、私はなんとか山手線に乗り、特快ではない中央線に乗って家路に着き、ささやかな秋の夜は更けていったのでした。
ちなみに「アイネクライネナハトムジーク」とは、日本語にすると「ちいさな夜の曲」です。
さて、その他の食べ物旅は…