ええ、三文享楽です。
私の部屋には暖房器具がありません。だから、今、非常に寒いです。ブルブル,こういう時は、洞窟に入りたいですよねえ。
でも、その洞窟に危険な生き物が住んでいたらどうしますか?ガ,ガクブル
寒さをとるか、居づらくても暖かい場所をとるか。難しい話ですよね。ブ-ル,ブルブルブル
ひとつ言えるのは、パソコンするときに手がかじかまないくらいの暖かさは欲しいですわな。
『虎穴に入らずんば』
おそるおそる洞窟を侵入していくエフ氏は視線を感じた。
ここに入る以上は最も警戒すべき生き物であり、それをかいくぐってこそ利益を享受できるものであったから、視線を感じることは当たり前といえば当たり前であった。
エフ氏の対抗手段は銃である。
中の様子を見ながら侵入し、姿を発見し次第遠くから射殺すればいいと思っていた。
しかし、小銃を携えてやってきたエフ氏に向けられていたのは、近距離用の短機関銃である。最も有効に戦える程度の距離に、やつはいたのだった。
「御用は何でしょうかね」
「え、いや、あのですね」
「ああ、もういい。いいよ、答えなくて。その慌て方でもうバレバレだもん」
短機関銃を構えていた虎は、鼻で笑いながらそう言った。
「困るんだよねえ。君みたいな人が何人も何人もやってきてさ。おまけに最近はあれよ。みんな銃なんか持ってるからさ、こっちも素手というわけにいかなくて、こうやって武器を携えて待ち構えてるってわけよ」
ここで反論したところで、すぐに本意など見破られそうな気がして、黙っていた。
「どうせ、その懐には銃かなんかあるんでしょ? ダメだよ、せめて構えてこなけりゃさ。まあ、どうせ俺が眠っているところを遠くから撃とうとしてたんだろうけどね。動物園で眠ってばかりのあいつらと一緒にされたら困るんだよ」
「なんだか、すみません」
思わず謝罪の言葉を口にしていたエフ氏に驚いたのか、虎は目を丸くし頭をポリポリとかいた。
「まあ、謝られてもどうしようもないけどさ。ぶっちゃけ、目的は何なのよ? あの、目的はあれでしょ? あの子でしょ、どうせさ」
虎の視線を追うと、奥の葉っぱが敷かれた場所に小さな虎が寝ていた。伸ばした前足の上に乗った顔はすやすやと眠っている。
やはり、目当ての物など最初からばれていたのだ。
考えてみればそうだ。みな虎の児を獲るためだけに、わざわざこんな虎の穴までやってくるのである。
生活を脅かされ続ける虎の一家を思うと、眠っている虎の児が哀れにすら思えてくる。
「いいよ、連れて行って」
「え?」
「だからあの児を連れて行って良いって言ってるんだよ。ほら、行けよ」
できることならば親の虎を始末したうえで連れて行きたかったが、この状況下においては不可能である。銃を向けられたまま指示を受ければ、虎児に近付かざるを得ない。
後ろで銃を構えている虎を想像すると、汗が止まることはなかった。
ズキューーン、ズキュ、ズキューン。
「ええ、えええ?」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
その音が銃声であり、自分が撃たれたかもしれないと想像するよりも前に、エフ氏の向かっていった先にある虎の児の身体が一瞬のうちに穴だらけになり、最後に首が吹っ飛んだのを確認した。
虎の児を誰が撃ったか。その瞬間を直接確認したわけではなかったが、この現場で銃を持つ者を、エフ氏は反射的に見ていた。
「ん?」
目線の先にいたのは、予想通り、手にした銃口から煙を出している親虎である。
その呆けた表情を見ていると、腹立ちすら覚えた。
「教えてください。なぜこんなことを」
「うーん」
虎はまだ硝煙のたつ銃を眺め、数秒後に下へ置いた。
「まあ、なぜって言われてもねえ。君だって子どもの頃におもちゃの銃でぬいぐるみを標的にしたことくらいあるだろ?」
「それはそうですけど、あそこにいるのは自分の子どもですよ?」
「よく見てみなよ」
虎の声が急に小さくなったのもエフ氏から目をそらし、下を俯いているからである。
動くのも恐怖であったが、首の飛んだ虎の児に近付いてみる。
ん? 首の飛んだ虎?
思えば血飛沫があがったわけでもなかった。身体に穴が開き、出てきたのは……。
ぬいぐるみであった。体内から流出しているのは、赤い血ではなく白い綿である。
「最後の児も誘拐されちゃってねえ」
エフ氏が振り向くと、虎は岩に座り銃の後始末をしていた。
「その前の児はここで射殺されたね。で、その前の最初の児は、やっぱり誘拐だったなあ」
下を向く虎の声はくぐもって聞こえた。
体内から綿の露出したぬいぐるみを見ていると、近くに写真も二つ落ちていた。二匹は顔の作りが似ており、親虎とも似ているようであった。
「やっぱダメだよなあ。写真なんて撮っておくべきではなかったかもしれない。一匹目の児がいなくなった時、立ち直れなかったんだよ。ただ、死んでいるかは分からない。せめて写真でもあれば、捜索を依頼できるかもしれないとか考えてさ」
虎は銃を置き立ち上がった。目はどこか遠くを見ている。
「で、二匹目は殺された。一応、撮っといた三匹目の児だけど、やっぱ寂しさが勝ってしまう。顔が見えるだけに一縷(いちる)の希望をかけすぎてしまう」
虎がエフ氏の元に近付いてくる。
口から出ているのはよだれであろうか。
「忘れればいいのか……」
突如、虎はエフ氏にとびかかった。前足で胸ぐらをつかみ、顔を数センチまで近づける。
「なあ、なんでか教えてくれよ。どうして人間は我々の子供が必要なんだ。なんだよ、虎児を得ずってのは。虎(ひと)の家庭をぶっ壊してまでのでかい利益っていうのはなんなんだ。そこまでして、おめえは有名になりてえか」
「仕方ないだろ。ここは過酷な弱肉強食の世界なんだ。あんたが生きるために兎や鹿を食うのと変わりねえんだ」
「だったら、俺を捕まえろよ。なんで子どもなんだ」
エフ氏は一瞬口を閉ざしたが、それは子どもを思う親虎の気持ちに心打たれたのではなく、ただ単に野生で生きる虎の口臭がきつかったからである。
顔をそむけたうえで、エフ氏は話し出す。
「まあ、生け捕りにしやすいからじゃないか。死んじまったとしても、皮は柔らかいし、とりあえず損はしないだろ」
「あんまりじゃないか。我々が何をしたっていうんだよ」
泣いている虎の姿を見て、エフ氏の感情は急速に冷えきっていった。
鹿や兎といった弱い草食動物が怯えながら草原を走っている中、こいつらは偉そうに草原の真ん中で眠っているのである。自分が強いのかは知らないが、やることもなくただボケーッと座っている姿を思い浮かべると腹立たしさすら感じる。
「それに百獣の王っていう証を持ち続けるためには、このくらいのリスクを追い続けるのは当然の話だろ」
「俺ら、百獣の王じゃねえよ」
虎は目頭を抑えつつ、吐き捨てるように言った。
「そんなものだろ、人間の感覚なんてさ。所詮、ネコ科の危険な肉食獣だよ。話の末に開き直ってんじゃねえよ、居直り強盗がよ」
「まあ、端から虎児を頂戴する予定だったから居直ってはいないがな」
「あんたセリフに容赦なさすぎだよ」
もはや虎が何を言っても、エフ氏には笑いしか出てこなかった。
ひきつったように口を開いたままその表情に変化がないのは、ピエロのようにも見えた。
「へっ、好きにしやがれ。リスクを冒してその先にある宝物を入手しようとする立場の弱い人間なんていうのはな、もうそのリスクからどうしようも逃れられなくなった時、開き直る生き物なんだよ」
直後、虎はエフ氏に躍りかかった。
全身を噛み千切られたエフ氏は即死した。
死因は出血多量である。
数日後には、エフ氏が死んだ知らせは遺族の元に届いた。
虎を探してくると言って家を出たまま戻ってこないことに疑問を感じたエフ氏の父親から捜索願が出ており、発見は早かった。
エフ氏の一家は大変な資産家であった。父親は、やり手の投資家として、全国にその名を轟かせていた人間である。
金に物を言わせたエフ氏の遺族により、虎の討伐が始まった。
エフ氏を襲った虎は殺害された。
肉の部分は食用となり。皮の部分はバッグや敷物として利用された。
結局は虎の親同士が戦い、将来の芽が摘まれた瞬間であった。
↓個人的にはなかなか好きな短編です。
↓いつだって動物の出てくる短編は危険!
↓ど、ど、どうぶつの大ゲーム~♪