前回の時空短編シリーズでは、紅葉葉くんが小説投稿サイト「時空モノガタリ」を紹介している記事に触れ、そちらに公開した『掃除屋ジェフ』という短編を掲載させていただきました。
気合入れ、掃除をしたら、見つからない。
どうも三文享楽です。
さて、この時空モノガタリという投稿サイトの特徴は開催され続けるコンテストは、字数制限があり、それぞれテーマがあります。各テーマにつき、一人三編まで投稿可能というルールがあります。
前回の『掃除屋ジェフ』を投稿した際のテーマは【掃除】。
一つのテーマにつき、どんな内容になるのかを読んでいただきたいというのもありますので、「掃除」テーマで投稿した別作品を今日は記事とします。
『重さん』
「実際、重さんがいなくてもやっていけると思いませんか?」
いつこの言葉を店長にぶつける機会が来るか、ヒデは様子を窺っていた。
重さんはヒデの先輩である。
ヒデが料理の専門学校を卒業した時、既に重さんはこの中華料理店で五年働いていた。料理の知識と技術を身につけたとはいえ、まだ料理店で働くことを知らないヒデに、下修行を一から教えたのは重さんであった。
しかし、最近になって、ヒデはその重さんがこの店に不必要なのではないかと考えるようになっていた。
現在、この店ではヒデと重さん、大木さん、それに店長の4人が働いている。ヒデが入る前にはバイトが一人いたようだが、それは正規の労働者が三人でもやっていけることの証明でもあった。
「重さんに代わって僕が入っても、この店は成り立つのではないか」
その仮説の下、ヒデは検算をしてみた。
店長は素材の調達、外部への広告活動、店の経営の事務、そして味の新開発と料理全般の指揮を統括している。大木さんは最も多くの料理をこなし、厨房の鬼となっている。そして、ヒデが具材の処理、食器洗い、衛生管理などいわば下っ端の雑務全般を賄っている。
重さんといえば。常に誰かの補佐に入る形で業務をこなし、業務全般を任されていることはない。仕事をしているとはいえ、はっきり言って何で役に立っているのかは分からなかった。
雑用だけの自分の方が業務量は圧倒的であるが、どうにかなっている。重さんさえいなければ、もっと料理の出番も回って来るのではないか。
次第に、ヒデは重さんのことを邪険に扱いだした。
更には大木さんに重さんの愚痴を言いだしたのである。大木さんも職人気質の人間であり、自分の料理以外に大した興味もない。ヒデの愚痴を聞くうちに、次第にヒデの言うことが本当のような感覚に洗脳されていった。
人数の少ない空間である。その空気は重さんにも敏感に伝わっていた。
ヒデが思い切って店長に経費削減のためと現場の実情を語った翌日、重さんは店からいなくなった。
多少の罪悪感が涌くこともなく、明日から料理ができることにヒデは喜びを感じていた。
三人で店を回すようになり、あっという間に一週間が過ぎた。
「おい、ヒデ! 皿が洗われてねえじゃねえかよ」
店に以前はなかった種類の声が飛ぶようになっていた。
「マスター、店前の植木鉢に水やった方がいいんでねえのかい? あんだけ枯れてちゃ可哀相だ」
客から飛んでくる言葉も次第に変化していった。
言葉が変わっただけならまだいい。語調も変わり、時に怒声が飛ぶことすらあった。
「布巾でも雑巾でもいいから、貸してくんねえかい」
「おい、席変えてくんねえか。虫が下で死んでんだよ」
「床の掃除もできねえのかよ、この店は! 俺はゴミ置き場に飯食いにきたんじゃねえや」
飲食店として、客の口から出るべきでない言葉が飛び交いだした。
ヒデの帰宅時間はずっと遅くなった。次への業務改善訓練ではなく、やり残した業務の処理に追われ、明日店を開くための最低限だけをこなすのに時間が割かれるようになっていった。
雑用の作業時間を減らす努力をしたところで、業務量的に限界があった。料理の練習時間もない。客の苦情対応に追われ、それに時間を費やすことによってますます持ち時間が減らされた。
しかし、すぐにそんな苦労すらする必要がなくなったのである。
出した料理が原因で食中毒者を出し、信用問題から店は閉店を余儀なくされてしまった。
店長や大木さんは重さんを追いやるように進言したヒデを恨むようになっており、ヒデが今後の人生を相談することはできるはずもなかった。
「ん?」
ふと、公園で見覚えのある姿を発見した。重さんである。
重さんは「環境美化」のタスキをかけ公園のトイレを清掃していたのである。
ボランティア活動なのか、職としているのかは判断しかねたが、以前よりも生き生きとしているようにも見えた。
「重さーん、相変わらず精が出ますなあ」
ヒデが話しかけるか迷っていると、向こうから同じタスキをかけた男がやってきた。
「いやあ、芳さんこそ」
芳さんと呼ばれた男はお茶のペットボトルを二本持っていたようで、一本を重さんに渡した。
「いやあ、掃除というのは誰にも気づかれないようにやるのが難しいものです。本当はこのタスキすだって外したいくらいですよ」
「そういうものですかな」
「ええ。前に勤めていた料理屋であからさまに俺を捨てようとしていた若造がいましたねえ。ああいうのはろくな死に方しないでしょうよ」
とても話しかけられなくなったヒデは、すぐにその場を立ち去った。
その日の夜、ヒデは自宅で床に散乱していたビニール袋に滑って脳天を打ち、そのまま帰らぬ人となった。