「席替え」に「椅子取りゲーム」と、昔からこの手のテーマはホラーなり、学園ドラマなりストーリーの軸となることが多かったと思います。
閉ざされた空間の中で、「席」という居場所は重要であり、席によってはその空間で過ごした時間と日々、思い出自体が決まるからなんでしょうね。だとしたら、こんな取り決めはテキトーで、席にしばられない生活を送る方が楽しいのでしょうか。
海外の学校制度は、日本の小中学校よりも大学に近いといいます。クラスや席が存在しない希薄の世界、クラスも席も固定され型に嵌められた世界、どちらが過ごしやすいのでしょうか。
どうも、椅子の申し子、三文享楽です。
『人間椅子』というアーティストも好きですが、あの当時に『人間椅子』という世界観を作り上げた江戸川乱歩先生は素晴らしいと思いますな。うへっしー。
『席替え』
「はいじゃあ、今日のホームルームは席替えとする。やり方はみんなに任せるが、この時間内に終わらせること。次の時間の持ち越しは一切ないからその辺も相談するように」
担任の教師はそれだけ言うと、出ていってしまった。
残された生徒は、自然ざわめき始めることになる。
小説やマンガ、いや実際多くの学校ではこういう場合にリーダー的なやつなんかが出てきて仕切り始めるのだが、この学校、いやこのクラスではそんなことがない。
誰も仕切ろうと出てこないのだ。みな派閥に別れ、一人で全員をまとめようとはしない。
かつて何人かこの役割を試みたが、たいていはまとまらないまま頓挫した。
挫折した者はそれぞれ無派閥となったり、どこかの派閥に入ったりした。
その後、派閥の代表として他派閥と話してクラスのまとまりごとを決めるなんてしたが、かえってその方がすんなり決まった。
だから、それ以来あえて一人でがんばろうとする者は出てこない。
何も起きないまま十分が経過した。
席替えをするよう指示を受けたにもかかわらず、誰も全く動かないこと自体が不可思議なことであったが、そもそも担任の教師が不在のまま小学生が十分もじっとしていること自体が非日常的なことであった。
ここまで発言のない中で突如口火を切るというのは勇者の偉業と言えるほど難しいものであったが、突如その声は皆の耳に届いた。
「私が話します。しかし、私の発言であることを認識して欲しくないため座ったまま話します。みなさんはこちらを向くでもなく、それとなく私の言う内容を聞いてください。声質や発言の内容によって発言者が誰なのか推測もつくでしょうが、そこは優秀な小学生に相応しい対応をしてもらいたいです」
クラスの左後ろから聞こえてきたこの発言に対し、誰が何を言うでもなく聞き入った。
「まずですが、私は席替えには了承いたしかねます。席替えというのは小学生の大多数のもつ権利のように考えられがちですが、私はその風潮自体が嫌いです。まして教師側から一方的にその行使を誘発されるとはいかがなものでしょう」
少し間があったのは本当に答えを求めているよりも、頭の中で答えを考えて欲しいように思われた。
「ワイ先生が業務放棄のためにこうしたとは思いたくありませんが、みなさんが席替えに反対だった場合ならばこのまま先生を待ちましょう。そして言うのです。この短期間の間に二回席替えを行いこの状態に戻った。だから先生の指示も守った、と。みなさん意見がある場合は申し出て下さい。それぞれが発言するだけです。とりまとめ役は必要ないでしょう」
クラス内の過半数の児童はこの発言により再度の沈黙が訪れることを予想していたが、案外に早く別の意見を聞くこととなっていた。
「失礼。こういう場合、次に最初の意見に対する反対意見が出てくるべきなのだろうが、僕も席替え反対に賛成なんだよね。おっと、ややこしい言い回しをして申し訳ない。要は現状維持、この体制のまま学級を存続させたいっていうことなんだ」
そのセリフはど真ん中、教卓前にいる男の子から聞こえていた。
誰もがその発言が誰から出ているのか分かるものであり、その話をしている主体がいかように発声しているか気にかかったが、誰も無粋にそちらを覗き見る者はいなかった。とある取り決めの中で行われる会議において、その取り決めがなくなった場合、会議の存続自体が無意味に帰すことすらあるものだ。
「まず、被害者が出るということだよ。あいつの隣はイヤだ、この場所は前の場所より恵まれていない、給食のおかわりの際に不利ではないか。こうした現状の不平不満がある以上変革を望む者も多いだろうが、僕は新たな被害者を出さないためにもわざわざ被害者を増やすこともないと思うんだ」
「その意見に賛同するかは別として、私も現状維持派だね。通常ここまできたら議論の有効性を示すためにも反対意見を述べるべきだろうが、続け様に賛成側で発言させていただくよ。私は席替えがくだらない恋愛に利用されるのが大嫌いなんだ。大概にして、もてないやつはそう言うだろうと思われるのならば仕方ない。私も実際にもてない」
教卓目の前の男子の発言最中に教室右寄り後方から声が上がった。その声は前者二者よりも大きなものであった。
「私が最もサボれる席を好んでとりたいというのに、やれ隣をゆずってくれだとか、そこで私たちがいちゃいちゃしたいから空気を読んで向こうにいけだとか、知ったこっちゃない。私は授業をサボりたいのだ。自分が注目されない嫉妬もあるのだろうが、恋愛のためのスケープゴートとなり、私の快適なポジションを奪わないでいただきたい」
少年の声の大きめな主張が終わり、久々の静寂が教室に訪れた。
誰も辺りを見回すこともなく次の発言を待っている。誰もが席替えの行く末よりも意図せず訪れてしまったこの学級懇談会のゆくえに興味を抱いているようであった。
「あの」
小さな少女の声は静寂という喧噪にもまれそうなくらいにも思われたが、実際にはその声は静寂をとりもどした教室の中に聞こえた。
「今の発言に真っ向から反対するようですが、私は恋愛のためにも席替えをするべきだと思います。もっと言えば恋愛に限らず広く深い交友関係のためにも、一度しかない学生生活を有意義に送るためにも、更には教室の中における様々な配置を認識し広い視野をもつためにも」
生徒の中で何人かは、席替え肯定派の代表的意見である、たくさんの友達を作るということが出次第、くだらねえくらいの野次を飛ばそうと思っていたが、最後の方に思ったよりも広い視野の意見が出て野次を控えた。
野次を飛ばそうとしていたうちの二人ほどは彼女の言うことを理解できなかったが問題はない。
「私もその意見には賛成ね。一度しかない学生生活なんだから謳歌しましょうよ。なんなら、私が全員分の席を決めてもいいわ。まず私とイケメン君が後方の角席を独占するのよ。そして、その前には壁的な男子の配置ね。ワイ先生からの視線を阻むのよ。ただでかいだけじゃイヤだわ。しっかり私の手紙の中継を果たしてくれるくらいの紳士壁じゃなきゃ」
今度野次が飛ばなかったのも彼女の意見が立派過ぎたということではない。恋愛至上主義者にしてみれば想定内ではあるが、あまりにエゴにはしった自分の欲求を満たす発言に誰もが言葉を失った。
もっともそれまで野次が飛んでいたわけではないから、それほどおかしなことにはならない。
静寂が訪れたまま数分が経った。
「ところで、どうだろうか。現在までの声を聞く限り、席替えに賛成派と反対派がいる。賛成派のみが前へ集合し、その中の誰かが指揮をとってそれぞれ空いている席を割り振るのだよ。そうすれば席替えをしたい人間だけが平等に席の配置換えを行えると思うのだがね」
どこかから飛んできたしっかりとした声に誰もが、お前が指揮取れやと感じたが、もちろん口にはしない。その発言の責を問われないのを条件に各々が意見を交わしているのである。出どころの分からない前提の発言には、匿名で返さなければならない。
「しかし、先ほどの例でもあるように、ある特定の人間とお近付きたいがために席替えを欲する者もいる。そうしたものが前に集合した人間と残された空席の割合を見て、今回の席替えに意味を感じられなかったものもいるかもしれない。その時は空いている席で我慢すればいいだけというのも理窟だが、しかしそれで果たして意味があるのだろうか」
「私も同意だわ。そんな席替えに意味なんてない。でも、どうかしら。その意見には同意するけれどもね、学生生活において意味のあるものなんてあるかしら。いいわ。それが丸ごと成人となった時の糧となるというのならば、この世の中で立派になることに本当に意味なんてあるものかしら。そういうことよね」
「だから、いいんだよ。どんな理窟を拵(こしら)えようと席替えをしたいという者だけが前へ集合すればいいんだ。そうしたらその中でリーダーが選出されて取り決めを行えばいい。それを好まない我々、失礼、好まないものは今まで通りの我関せずを通し、席替え行事の開催があったことだけでも頭の片隅にとどめておけばいいんだよ」
立て続けに意見が湧き出て、教室の枠組みはまた息を落ち着かせた。
「よし、そうと決まれば、席替えを行いたい者だけが前に出ればいい。そしてそこで初めて席替えをしたい人間を確認し政治を始めるんだ。もちろん、他の人間はそれを観察することがあってはならない。人の行動の認知は、自由の束縛へつながるだろう。もっとも席替えをしたいという欲望をもつんだ。前向きにいい案をだしあってより良い席替えを行うのは必然だろうね」
また違う声質の意見が出て、誰も何も言わないことからもそれに同意されたことは窺えた。
十分近くが経った。
誰もが前方を見ないようにしながらも聴覚や嗅覚を意識して前に誰もいないことに気付いていた。
「ええい、めんどくさい。他人の干渉をしないことを条件に話したことではあるが、前に誰もいないことは明白であろう。なんだ、誰も席替えを好まないということでいいのか」
「否定も肯定もすることに気は阻まれるが、そういうことになるのだろう。席替えを好まないのか、それに付随する政治への参加を拒否したいのかは分からないが、政治参加を受け入れてまで席替えをしたい人間がここにいないのは事実なのだ」
「どうなのだろう。いっそ席替えは行わないのだ。こうして匿名で否定するだけ。すべて席替えを言いだしたワイ先生のせいにしよう」
「そうしよう。みんなで見えない手を繋いで政治的な代表者を否定していればここはまるく収まるのだ。よし、席替えを口にして出て行ったワイ先生が……」
その発言の途中、突如、教室のドアは開かれた。
先ほど出て行った担任の教師が戻ってくる。
「あら、みなさん、まだ席替えができていないじゃない。ならしょうがない。私が考えてきた案でみなさんには座ってもらうわよ。まずティー君が、一番右の前から四番目、そしてエヌさんが私の目の前のここね。そして……」
ワイ先生が次々と指定していく座席はまるで先ほどの会話をもとに? 決められているようであった。
たとえば、後方角席で目の前に壁を設置などと言っていた少女が教卓の目の前に移動させられたのは言うまでもない。
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