さて、三文享楽です。
前々回に無料小説 短編1『ハエトリ草』を投稿したばかりですが、こいつ本当に小説書けるのかよ、たかが一つの短編をアップしたくらいでいきがってるんじゃねえの?という疑念を抱かれぬように、今回も短編を投稿させていただきます。
最初のうちは、多めに小説をアップすることと思いますが、どうぞごゆるりとご鑑賞くださいな。
『前科アリの人々』
「君ねえ、その若さで前科三犯なの?」
「はい、すみません」
畏怖させることが目的としか思えないような態度で、面接官が僕を圧迫してくる。慄きと憎しみで頭の中が飽和し、うまく言葉が出てこない。
「いや、謝られても困るんだよ。うちも人助けでやってるわけじゃないからさ。この先、真面目にやっていけるかってことを訊きたいの」
「はい、これまでのことを反省し、これからは社会人として相応しい生き方を心がけ、御社で働くことに力を尽くしていきたい、と思っています」
自分でも鳥肌の立つ台詞であった。
面接官も鼻で笑っていたが、内定が出た。
二十九歳でようやく、つかんだ就職先である。
早速、来月から働けるということで、僕は準備を整えた。
「彼が今月から働くことになる新人だ。よろしくやるようにな」
「うい」
配属された工場長の紹介に、低音ボイスの響きが応える。
社員の九割が前科アリ、と聞いていたのだが、実際に顔を合わせてみると、僕と同じような雰囲気の人間ばかりであった。凶悪犯罪という言葉には程遠い人種、と表現してもいいだろう。
「おい、お前、前科三犯だってな。何やってきたんだよ」
どうも、新入社員へ最初の歓迎の証として、この質問が送られるらしい。僕より後から入ってくるどの社員も、この質問に答える羽目に遭っていた。
「中学時代に、不コミュニケーション罪を負いました。高校時代には、不恋愛罪で強制起訴され、大学卒業時には、不就職罪で懲役三年の実刑判決が言い渡されました」
大方、予想通りだったらしく、先輩たちから、驚きの声が上がることはなかった。みな同じような罰を受け、ここで働いているらしい。中には、僕と全く同じ経路を辿り、二十九歳で入社した先輩もいた。妙な親近感で、急速に仲良くなったものだ。
二十九歳。思い出したくもない一頃である。
三十歳までに就職しなければ、五年間の不就職罪で、しかも常習性ありとして、再び処罰されることになっていた。それだけではない。もしあのまま就職できずに裁判に持ち込まれていたとしたら、親不孝罪や学歴不相応罪など、僕の社会的身分や親族上の身分といった、あらゆる所属組織に因縁をつけられ、罪を重くされていたであろう。罪の大きさを操作することなど、裁判所にとってわけはない。
「これからも大変だぜ」
二十九歳で入社したと言うその先輩は、小声で僕に教えてくれた。
まず、労働組合に入らせられた。少し前までは、入らないことも許されたが、ユニオン・ショップ協定の強制を国が決めたらしく、どこの企業でも組合加入が義務付けられるようになった。
組合員になった以上は、じっとしているわけにもいかない。
「我々は給料の底上げを要求する。そちらが応じない限り、断固としてここを動かない」
僕は休みを返上し、先輩に指示されるがまま声を上げた。
「君、きわどい格好して、あの人たちを少し困らせてやりなさい」
「え、僕がですか?」
「当たり前だ。不従順罪で裁かれたくはないだろう?」
海水パンツ一丁となった僕は、工場の機械前に寝そべった。
こんなことをするために、この会社に入ったのではない。僕はなんでこんなことをしているんだ? 止めどなく湧いて出てくる自問に胃が痛んだが、これが社会人なのだ、と自分に言い聞かせる。何も考えたらダメだ。怯えていたら敗けなんだ。
しかし、一線を超えれば公然猥褻罪に触れるのだから、なかなか骨折りである。
「君もよくやるな。よし、応じよう」
社長は僕に労(ねぎら)いの言葉をかけてくれた。要求を認めさせて労いの言葉ももらったのだから、組合員としてこれ以上の誇りはない。
ふう。これで不労い罪や不褒められ罪で罰せられることもないのだ。
しかし、休んでなどいられるものか。
「すみません、入社した時からあなたのことが気になっていました。付き合って下さい」
「え、あんたと?」
不結婚罪のリミットが三十五歳であるため、僕は職場の売れ残りに声をかけた。入社当時から年下のくせに僕を顎で使った、いけ好かないクソ女だ。
しかし、背に腹はかえられない。
こっちは三十四歳、向こうは三十一歳、といった弱みもあったので、僕は土下座して結婚を頼みこんだ。社会に適合するためには仕方ないことなのだ。
その後も、四十歳までの不子持ち罪、四十二歳までの不風俗経験罪、四十四歳までの不浮気経験罪のリミットを、ギリギリラインでこなしていった。こんな非社会的なこともやらなければならないのに、家庭ではそれを隠していなければならない。誰もがこんな二面性をもっていると思うと、恐ろしかった。
性的な活動さえも社会に合わせないといけない、というのが一番きつい。しかし、異性と親しくすることができなければ、立派な大人にはなれないらしいのだ。
「やらないだけで罰せられる不作為犯というのは、数十年前からありました。例えば、人を車で轢いてしまった場合に、救助を怠れば不作為犯が成立します。『やらない』というだけで罪は重くなるのです。昨今、そういった不作為犯に関する法律が、爆発的に増加しています。世の中は、やらないだけで批判されることばかりです。みなさんは社会に籍を置く以上、社会が求める公式通りに動かないといけません」
工場の後輩に向かって、僕は叫ぶ。
人に偉そうに物申せる人間だとは決して思っていないが仕方ない。
「なんで、そんな誰かの思い通りにならないといけないんすか?」
僕の二倍以上の体重はありそうな新入社員が、ふて腐れながら訊ねてきた。
「お、いい調子ですね。君は今、不反抗罪から逃れました。この社会、やらないだけで批判される、と私は言いました。しかし、裏を返せばどうでしょう。やれば報われる、ということじゃないですか。やっても報われない社会を思えば、天国のような話でしょう。やっただけ評価される、ああ、素晴らしい。この社会で自分を試そうじゃないですか。一緒に日本の未来を創ろうじゃないですか」
よし、これで不啓蒙罪も免れた。
質問の趣旨をはぐらかした気もするが、知るもんか。自分が思っていないことであっても、僕は主張しなければならない。立場が僕にこうさせるのだ。仕方ないじゃないか。
湧き出て止まない感情を殺しつつ、文字で黒く汚れた手帳を眺める。
週二日の休みがあるといっても、全て予定で埋まっているようなものだ。
仕事がなければ、家族を楽しませ、親に孝行し、地域コミュニケーションをとらなければならない。仕事以外のことも両立できて社会人なのである。
性的な活動の強制と同じくきついのは不娯楽罪である。月に何回かは、映画を観て楽しまなければならないし、スポーツをして汗をかかなければないし、美味しいものを食べて気持ちを満たされなければならなかった。
「おう、飲みに連れて行ってやるよ」
「先輩、奢ってくださいよ」
「久々に同窓会やるから来いよ」
僕は歯を食いしばり、全ての誘いに応じた。
実際にやったらやったで、悪いものではないのだ。時に疑問を抱くことがあっても、そう自分に言い聞かせ、忍苦の情動を噛み殺した。
当たり前のことを当たり前にできる大人でなければならない。
社会の多数に馴染まなければならない。
仕事の中で自分を見つけなければならない。
現代の日本で生きる資格に眩暈を感じていると、僕を呼ぶ声があった。
「課長。この人たち、なんか用があるらしいっす」
「なに?」
後輩が手を振って僕を呼んでいる。
来訪者に目をやると、見覚えのある服装だ。今現在でも、先輩後輩含め、この職場の工員を何人も連れ去っている服装である。いや、かつて、僕自身もお世話になっていたではないか。だが、信じられない。
ここまで気を遣っていたこの僕が、呼ばれるだと?
定年間際、五十八歳にして、手錠をかけられてしまった。
「そんなバカな。容疑はなんです」
「不発明罪及び不創造罪だ」
ああ、確かにそんな罪もあったな。
落胆すると同時に、肩の荷が取れ、解放されていく自分がいた。これで僕は、半自由の刑から解放されたのだ。またしばらく、なすがままの刑務所暮らしを送ることになる。それはそれでいいじゃないか。……でも。
ここまで気を遣っていたというのに逮捕された、ということに無性に腹が立ってきた。
そもそも、こんな人間の教科書みたいな生き方をしていて、発明や創造なんてできるものか。社会に従っているだけじゃ、いつまで経っても二番煎じに決まっているだろう。
いや、待てよ。
「刑事さん」
突発的な思い付きに、考えるより前に声が出ていた。この習性すら、現代日本で生きてきて培ったものなのだから皮肉なものだ。
前を歩く二人が、鋭い眼差しと共に振り返った。
「もう今からじゃ、不発明罪の取り消しにはなりませんかね?」
「いや、場合によっちゃ、免れることもある」
片方の男が隣の男を見つつ、僕に言った。
「なにか、思い付きでもあるのか?」
「はい、不作為犯を取り締る新しい法案をひらめいたんですよ。国民の意見として、政府へ上げて欲しいんです」
上司に報告してみよう、ということになり刑事はメモの準備をした。
「いやね、どれでもいいから、不作為犯として新しく制定して欲しいんですよ。いいですか、言いますよ。不脱獄罪、不自殺罪、不刑務官殺害罪の三つです。贅沢は言いません。どれか一つ制定してくれりゃ、僕は捕まってもいいんです」
刑事はにやにやとペンをはしらせていた。