三文 享楽 小説・エッセイ等

無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』14【三文】

2016年8月16日

今年の夏も鬱屈たる平日の合間を潜り抜け、たくさんの資料館や城郭を訪れてきました。

 

大河ドラマや人気歴史映画の最中に、その観光地を訪れると混雑でうっとうしいものですが、今まで非公開だった場所を特別拝観としたり、ガイドや展示物の説明を整備したりと良いこともありますよね。私は人気が下火になってきた1年後、2年後を狙って観光地を訪問しています。どうも、三文享楽です。

 

毎度、冒頭で日本史好きみたいな話をウダウダしていましたが、気づけば連載ラスト2!今こうしている時間もすぐに過去となっていくわけですね。歴史ははかないものです。

さて、それでは全15回のうち、ラスト2の第14話!お楽しみいただければと思います。


『歴史の海 鴻巣店編』14

15の続き

散乱するガラスの破片の数を数え終わる頃、遠くで音がした。

やはり階段で音を完全に消すのは難しいようである。おそらく、今の音は革靴を履いている大川のものである。

「……こに……みる……」

本当に遠くで小さい声が聞こえ、語尾が少しこちらに近付いた感じがした。

「くる」

小声で鉄舟は振り返りながら言うと、竜哉を部屋の中に戻した。

竜哉は既に、心臓の高鳴りに脅えていた。まさか、心臓の音は聞こえはしまいかだろうとさえ思った。

 

死の恐怖である。

いや死より恐ろしい感じがした。

先程、机の下では気づかれれば抵抗することなく即死する。今回は最後まで戦い、仲間の死を見届けたうえで殺られるかもしれない。

その恐怖は計り知れない。

鉄舟も後ろ歩きで室内に入ってきた。

既に抜刀し中段で構えている。

「くる、くる」

鉄舟は割れたガラスと壁との死角からホールを曲がってきた宇佐美を確認する。

ドアの一メートルほど手前で中段に構える。

更にその二メートル後ろに竜哉が控え、内ポケットの手帳を手油でぬるぬるするほど握りしめている。

ドアは開いている状態だ。

閉じられたドアで敵に下手に警戒されては困るため、あえて七十度ほどの自然な角度に開かれている。

忍び寄っているとはいえ、足音はすぐそこにきているのが分かった。

くる……三、二……

開いたドアの向こうに不気味な銀色が光る。

二……一……無言で踏み出した鉄舟の足の下には一枚のコピー用紙が落ちていた、

勿論、原田や大伴らの仕業であり、踏ん張った足の下に滑りやすいコピー用紙が落ちていたのでは転んでしまう。

「おうっ」

宇佐美の腹部に届いているべき刀は無様に宙ぶらりんの状態になり、右足だけ前に出た準備体操「アキレス腱」をやっている格好の鉄舟を際立たせた。

「ん? ここにいたぞ! いた!」

しかし、宇佐美が室内に侵入する前には右足を左足の隣まで戻し、竜哉と共に二歩ずつ下がり戦闘体制を整えた。

数秒後には沈黙であった。

部屋の一番奥に竜哉、その前に鉄舟。それに向かい合いドアの内部にまさにドアの位置に立ち尽くす大川。

囲まれはしなかったが、避けたかった状況にはひしひしと近付いている。

「ここでおしまいのようだな」

「そっちがな」

剣先を上げた宇佐美に、鉄舟が似合わない口調で言う。

 

16

「おうっ」

「ふらっ」

鉄舟の掛け声に宇佐美が飛び出す。

刀と刀が激しくぶつかり合い、机や椅子の脇の空気を斬る。

宇佐美の一撃一撃を一歩も下がることなくその場で振り払っていた。

漫画であったら、火花や星が出そうなその当たりの強さに竜哉は二、三歩、長く続く机ブロックの縦のラインから横のラインにまで引き下がった。

防戦一方の押され気味にも見えるが鉄舟は一歩も引き下がらず無表情に剣を振り払っていた。

刀と刀の小競り合いになり、宇佐美は三歩後ろにはじき飛ばされた。

「ハァハァ」

宇佐美は握力を抜き、筋肉を伸ばしたが、つばと接触して擦れた右手からは血が出ていた。

鉄舟も長年の鍛錬があるとはいえ、幾度と無いこの三日間の斬り合いで右手に血が青く滲んでいた。

「来い!」

左足を踏み出した宇佐美を上泉が止めていた。

「その御人との勝負、私に引き継がせてはもらえないだろうか?」

「し、しかし……」

有無を言わせない目に説得された宇佐美は引き下がった。

「大将―」

その瞬間鉄舟の体が曲がったかと思うと何かが飛んできた。

キャッチボールの苦手であった竜哉であったが、見事棒状の物体を両手で掴んだ。

「それが必要になります。」

自分の手に握られているのは脇差であった。

重かった。

それは単純な重みだけでなく常に不殺の剣豪の腰元で身を共にした年季の重みである。

「おぃ!」

「ウィ!」

夢の対決は始まっていた。

刀と刀はいっそう激しくぶつかりあっているようにも見えるが、それ自体の動きが少なくなっているようであった。無駄の無い鋭い斬り込みは同じく無駄の無い受け流しに合う。

まさに、熟練したプロたちの神業であった。

思えば、このゲーム内においても鉄舟は一度も人を斬り殺してはいない。

刀と刀のぶつかり合いや、原田への峰打ちのみである

「山岡さん」

竜哉は小声でつぶやくと少しずつ左にずれ、列を一つ外した。

それに合わせて宇佐美も一列ずらし、遠く前に立ちはだかった。

大川も不敵な笑みを浮かべながら、その後ろに並ぶ。

「宇佐美、俺にその刀を貸せ」

「うぅぅ」

軽く、うなった宇佐美は無言で大川に脇差を渡した。

大川はその表情には一切振り向かず無言で取り、というよりひったくり舌なめずりをして竜哉を嘗め回し見る。

「お前見ていると無性に腹が立ってくるんだよ」

「え?」

いきなり、因縁をつけてきた大川に竜哉は一瞬何も言えなくなった。

「せっかく、気分晴らしにこのゲームやっても、その貧乏面見ていると不愉快になる」

大川は脇差を抜くと、鞘をデスクの上に放り投げた。

貧乏と言われた竜哉は急に母親の顔が思い浮かんだ。自分個人の事を馬鹿にされても別段怒ることも泣い竜哉であったが貧乏と言われ自分の家、ひいては自分の家の稼ぎ手である母親を悪く言われた気がしてみるみるうちに憎悪が込みあがってきた。

無意識のうちに竜哉も鞘から脇差を抜いた。

背後で聞こえる上泉と鉄舟の刀の音はもはや竜哉の元には全く届いていなかった。じっと大川の顔をにらみつけていると軽い電気ショックのようなものが竜哉の頭をはしった。

「おおかわ……ぞうろく……」

顔にも確かに見覚えがあった。

まさか……

「お、お前、ギャング国会議員の……」

「おいおぃ、この俺に今頃気付いたのか? 全くなめられたものだよ」

大川蔵六。

どこかで聞いたような名前だとは思っていたが確かに聞いたこともその顔を見たこともあった。現在、毒舌国会議員として話題になっている大川は世間に疎い受験生にも知れている悪名高き有名人であった。自分の考えと対立するものは徹底的に追撃し到底論点とは関係ないような、相手のプライベート情報までを攻撃手段に用いており、なおも対抗する議員は翌日消えるという偶然が重なり、裏で何かいかがわしい集団とつながっているのではと噂される通称「ギャング国会議員」であった。

先日も自らが採択した新法案に対抗する議員と見ているこっちが不愉快になるような議論を交わしていた。

そういえば、その議員が三日前、いや、今日の歴史の海に来る前に寄ったマクドナルドでのテレビニュースに出ていた。確か、何物に殺害された……と。

まさか……?……

「あんた、議員を殺しているのか?」

「知らねえなぁ」

大川はどすのきいた声で言った。

(竜ちゃん、この人に顔似てない?)

ふと、朝の翔太との会話が蘇った。

(お前見ていると無性に腹がたってくるんだよ)

自分と殺害された衆議院議員は顔が似ている。

そしてこの男はお前の顔は不愉快だと言った。

……この男だ!

「お、大川蔵六。俺と勝負だ」

竜哉は脇差の剣先を大川に向けて言った。

「ふんっ」

大川は「宇佐美、やれ」とだけ言い残し、後ろの二歩下がった。

逃げるのかよ、と叫びたかったが声が出なかった。

たとえ、ゲーム内とはいえ現実での殺人犯と立ち向かって大丈夫なのか? 自分は高校生である。父親は無く、母親しかいない。

薄茶色がかってきた袈裟に赤い血をつけた宇佐美は中段から右に振りかぶり八相となった。

絶望的であった。

実力的にも力的にもずっと劣る竜哉は剣の長さにおいても横払いの強烈な一撃を防ぐのは不可能であった。

後ろで大川がニヤニヤしている。

目を瞑ってしまいたいが、最後、いや最期まで見ていてやる。剣が襲ってきたら、たとえ防ぎきれなくても脇差を当ててやる。

少しでも宇佐美の剣をもろくして消滅してやるのだ。

宇佐美が呼吸をしたのが分かった。

振りかぶり、右足を出すのも分かった。

く、る……

どこかで声がした。

目を開けているのだが、恐怖で視点があっていないらしい。何を見ているのか分からない。

「竜哉―。たつ……」

目の前にいて、切りつけてくるはずの宇佐美が突然バランスをくずしたかのように左に揺らめいていた。

顔も眉間にしわを寄せて少し呻いていた。

宇佐美が倒れるとその陰から一人のスーツの中年の男が出てきた。

中年の男はどこかで見たような顔、大川のように最近テレビで見るようなものではなく、生まれたときから毎日見ているような感覚の顔でこちらを見ている。

「たつ……」

しかし、バランスをくずした宇佐美も簡単に倒れるはずが無かった。

デスクに右半身から倒れこみながらも刀はその左手にしっかり握りしめられていた。

左手に捕まえたその刀は精一杯スーツ姿の右腹部を切り裂いた。

「つ……うっ……」

スーツ姿は体を揺らすと、じっと竜哉を見ていたその顔に苦痛の色を浮かべた。

更にその後ろではもう一人新しい若者がいた。

後ろで長い髪を結った少年のような若者はその持っていた槍でデスクに寄り掛かった宇佐美の左脇腹を一突きにした。

自分を襲ってきたスーツ姿の中年を斬り捨てるのに全精力をかけた左腕は無防備な左脇腹を防ぐ余裕も無かった。

宇佐美はデスクからも崩れ落ちた。

「こぞう、てめぇ、何やってんだ」

赤い血しぶきが空中に飛ぶのが見えた。

竜哉には死角で見えないがどうやら宇佐美を刺した。槍の少年を、今度は大川が斬ったらしい。

「うわぁ」

やや高い声が響く。

しかし、竜哉は無意識にスーツ姿の男を支えていたのだ。

自分の名前を呼んだ見覚えのある男が倒れるのを感じたとき全く意識することなく自然に前足が早く飛び出し、男の前に手を差し伸ばしながら竜哉の目に語り始めた。

「たつや……竜哉なんだな」

竜哉は黙って頷いた。

ポケットでなる手帳には気付かなかった、

「すまん、私は……」

男の唇は震えていた。

「私は……お前の父親だ」

竜哉は動きもせず、答えもしなかった。

「幼いお前とお前のお母さんを捨てて逃げた最低な父親だよ」

男はじっと息子の目を見ていたが息子はただ男の震える唇を凝視していた。

「今回、偶然このゲームに神奈川県藤沢支店で参加した。お前、いや、竜哉と呼んでもいいかな……。まさか、竜哉が参加していようとは夢にも思わなかった。本当の偶然だよ」

後ろでは上泉対鉄舟、大川対若い槍の使い手の戦いが続いていた。

鉄と鉄の音が響く。

「今回つくづくと感じたんだよ。女に惑わされる男、男を馬鹿みたいに追い回す女との傍らから見ていて、いかに無様なことかをな。実は私のチームにはそこの蘭丸君、那須君のほかに二人の男女がいた。大奥に子供を百人生ませたといわれる徳川家斉、卑弥呼の娘の壱与という女だ。最初の段階で私たちのチームは決裂していた。那須君を先鋒偵察にはなったのはいいものの、徳川家斉の女好きには困ったものだった。作戦を練ろうにもこの世界での目的を話そうにもいちゃいちゃして全く聞きやしない。女も女で、そんなに男に求められるのが初めてだったのか一途にずっと目をハートにしたものだったよ。挙句の果てには戻ってこない。那須君も一人で戦いを始めたらしく、姿を見せやしない。手帳に知らない名が増える一方なのだよ。私は蘭丸君と二人きりになっていた。仲間意識を持って戦うにも結局いつも冒険を壊すのは男女のそういう仲らしい。どうやら、最後その二人は心中したよ。このビルのどこにも逃げ場の無いところでも知ったのであろう。その瞬間を蘭丸君が見た」

「……なこ……は……」

「ん?」

今度は支えられていた男が微妙に震えたわが子の唇をじっと見た。

「んなことはどうだっていいんだよ!」

声が大きいわけではないが小さいとき以来息子の強い口調を聞いていなかったので男は少したじろいだ。

同時に何かぬるい液体を感じた。

その液体は真上にいる息子の目から落ちたものらしい。

「んなことは……どうだって……いいんだよ」

二回目に行った言葉の最後はほとんど言葉にはなっていなかった。

「ごめん……ほんと、ごめん……竜哉」

父親は自由の利かなくなった右腕を震わしながら上げ、息子の目の下のぬるい水分を拭い取った。

父親に触られた息子の目の下には赤色が付いた。

「ホントに後悔している。別にその後の生活が面白くなかったからなんかではない。息子と妻を捨てて、己の私欲のために逃げ出した自分自身がなんとも情けなくなったからだ。俺は二人のために何もせずにただ自分のために好きなことを求めて出て行った人だ。それも浮気ということで」

息子は親の目をじっと見つめていた。

親もそれを見返した声を絞り出した。

「結局今、その相手とも別れた。仕事もやめた。僅かに蓄えた給料とたまに日雇いでどうにか食いつないでいる。もう生きる希望がずっと無いんだ。それで今日、このゲームに参加した。もうだめだよ」

竜哉は何も言わずにじっと親の顔を見ていた。

まだ、小さい頃の出て行った親父だから顔は覚えていないのだが、なんとなくだが、見覚えはあった。やはり、その顔よりずっと老け込んだ。それは年のせいばかりではなさそうな老け込み方のようである。

「ダメだ……竜哉」

男と竜哉は再び互いの目をじっと見る。

「本当は私のことより竜哉のこと聞きたかったのだが、お別れの時間が来てしまったようだ。そろそろ力尽きて消滅するらしい」

竜哉は自分のすぐ下の床までが真っ赤に染まっていることを知った。

それこそ血の海であった。

「すまなかった……すまなかったぁ」

竜哉は親が自分に謝りながら消えようとしていることを感じた。

言わねばならない。

「いつでも……」

ぼそっといった竜哉の顔を男はじっと見て「なんだ」という口の形だけ(実際には声に出せず)とって更に凝視する。

「帰ってきたくなったら、別にいつでもいいんだぜ。だって……」

二回目の「いつでも」まで聞き終わらないうちに、男は目を閉じていた。

一瞬であったが最後のその顔は安らかに見えた。

男は消えていた。

その空間に何も無かったように、体も服も血も一切残っていない。床を大量に浸していた血の海も竜哉の目の下に付いた赤い血の色の証も完全に消えていた。抱き起こしているために頭を抱えていていた竜哉の右腕が中途半端に宙に浮いていた。

ピピー、ピピー、ピピー

ピーー

手帳が鳴っている。

Cチーム大将、大船義雄は死亡した。

大将の死によってCチームは失格となった。

二度目の長い電子音はチーム消滅の報せである。

「あー」

どこかで重いものが倒れる音がして、竜哉は後ろで戦いの続いているのを思い出した。

刀と刀のぶつかる音もいまだに聞こえる。

真っ先に大川と若い男との対決を探した。

先程、宇佐美が倒れこんだ机の近くに目が言ったが戦いの様子は見当たらない。

少し、視線を落とすと、汚い色の何かが、うごめいているのが見えた。

あわてて、その付近を見回したが若い男の姿は見えなくなっていた。

Cチーム暫定隊士一名のまま死亡確認。

隊士一名森蘭丸は大将不在として消滅した。

隊士の頭は火の燃える中、槍を振り回す自分の姿が浮かび苦笑しながら消滅していた。宇佐美定満を斬った際、背後からの大川の擊刺をくらったにもかかわらず、森は大川相手に奮闘した。

両者が体力の限界を感じた頃森は消滅した。

大川は息を切らして、床に座り込んだ。周りの状況など見ていない。大川は鉄舟に狙われている可能性がありながらもそこまで考える余裕はなくしていた。バクバクした心臓のほうで先に消滅してしまうかもしれない。それに毎日、酒・タバコの国会議員にとってスポーツより激しいこのゲームでは相当の労力を浪費する。

「はぁ、はぁ、はぁ」

大川蔵六は必死に息を整えていた。

激しい心臓の音は一昨日の記憶を呼び戻し、性根が小心な大川に吐き気を誘発した。

日頃から冷酷に人を利用し、価値が無いと見るや斬り捨てる大川であっても、実際の肉片の残滓は目のうらに色濃く焼きついていた。

殺人のなれと多忙な議員生活の憩いを求めて、実家、千葉県習志野市に帰郷しながら同県の佐倉市支店歴史の海を訪れた。

勝利欲の強い大川はハンデというものが実状はお情けでありプライドも何もなくなることも考えずに店員に少しばかりの金を与え、自分のチームが強めになることを指示した。

途中まで圧倒的勝利を見せていながらも結局、今、どこかの少年と互角の勝負を行い、自身血が出るまで森蘭丸と斬り合った。

ハンデ、それも金で買ったハンデがありながら敗北するというものは耐えがたい屈辱である。

大川はどんどん頭が熱くなっていくのを感じた。

俺はこんなところで何をしている?

何で、蹲っている?

私はこんなところで蹲っている人間なんかではない。

他人の足元で蹲りへつらう毎日は、あの頃でもう十分である。

「ごらぁぁぁ」

大川は一吠えと共に立ち上がった。

 

(続く)

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