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無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』7【三文】

2016年5月16日

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繰り返される歴史。

もうなんだか厭になってきますよね。そういう時は、自主映画を撮りまくって忘れる。いやいや、小説の原石となりそうなアイディアを白紙のノートに書きなぐって現実を忘れる。

これも繰り返される健康法。

忘れることができるのは本当に素晴らしいと思えます。なにを忘れなにを利用するか。

大海原を思わさせる、まるで記憶の海ですね。

 

三文享楽でした。


『歴史の海 鴻巣店編』7

8

別働隊は一階にいた。

二階は誰かいた痕跡はあるがもぬけの殻であり、手土産無しで大将の元に戻るのは……ということでとりあえず、下に降りてきた。

「一階は今までの階とは雰囲気がまるで違う」

一誠は廊下に出たが、会議室の入り口も壁も見当たらず、巨大なホールを見て言った。

「部屋ちいう部屋もなか」

「やっぱり、いったん本拠地に戻りゃせんか? 下には何も無か」

「いや、こういう何も無き所に宝はある。一応、行ってみよう」

一行はホールへと歩を進めた。受付の台にも受付嬢は一人も無く人一人通らないオフィスビル受付ホールはひどく閑散としていた。玄関の回転ドアも一回りもしない。

かすかに物が落ちる音が遠くで響く。静寂なオフィスビルは案外音響能力に長けている。

「おい、ここに紙がたくさんあるぞ」

受付台を覗き込んだ一誠が叫んだ。

「こん紙は何じゃ? おいは文字が読めもはん」

駆け寄ってきた弥兵衛がややべそをかいて言う。

「図内案? 四角い枠が五つ……」

「おお、しめた。こん紙はこん建物の構造ぜよ。西洋では建物一つをこんように平面状に表す表記法がある。こんアラビア数字もそれぞれ……壱、弐、参、四、伍を表すときの階の数じゃ」

長次郎は案内図の紙を三枚おもむろに取り、手を震わしながら言った。

「一応、収穫はできたなぁ」

一誠は残りの紙をむんずと鷲づかみにし、それを上に放り投げたかと思うと瞬時に抜刀し、紅葉狩りの落ちてくる枯れたそれほどの大きさに切り裂いた。

「これで敵がここの全体像を知ることはなくなった」

「さすがちごわす。こいで我々はますます優位になりもした」

空中を舞う紙切れを弥兵衛が見上げる。その隣では長次郎が汚いものを触るように紙切れを脚でほじくる。

「さぁ、戻ろう。この地図を早く大将たちに渡したいし、何より二人では心配だ」

一誠を先頭に一行は階段のほうに向かった。

受付台の回りには雪が降ったかのように紙くずが散らばっている。一行の走る成果紙くずはオフィスビル一階のコンクリートの上を風に沿って流れている。勿論、今まで閉まっていたドアが開き、気流が変われば風も吹くものだ。

階段が先程の階段でないことに最初に気付いたのは一誠の後ろを走る長次郎であった。

「おい、待ちぃ。ちょいとおかしいぜよ」

長次郎の言葉に最初の段に足をかけた一誠が止まった。

「どうした」

「そこに落ちとる扱箸の様な形をした小物、来るときには落ちてなかったぜよ」

長次郎は踊り場から四段下に落ちている銀色のホッチキスを指差して言った。上から転がって落ちてきたのか中身の針が散らばっている。

弥兵衛の背後ではチンという音と共に重い扉が軽くスライドする音がした。紙くずの中心が小竜巻のように舞う。

突如、ものが崩れ落ちると共に中年男性の声が響いた。

キャスター椅子が踊り場のカーブをぐるぐると回りながら転がり段差に一つのキャスターが引っ掛かると同時に階段を転がり始める。勿論、下にいた三人はそれをかわした。

その動きを目で追う必要がなくなったとき、既に踊り場辺りには参人の男が立ちはだかっていた。踊り場の一番後ろにはくっきりと目の下に隈が潜むスーツ男がニヤニヤし、そのスーツ姿を護衛するかのように一段下の左側と右側に旧い着物と白い袈裟姿が剣を抜いて構えている。

一誠がそれらの全体数を確認し、一人一人に睨みをきかせ終える前に、弥兵衛の背後で激しい物音がした。

弥兵衛と長次郎が振り向いたときには既に左右斜めの位置に二人の男がいた。一人は豪族のような服装をし、一人は一見何千年もの歴史を感じさせるような質素な服装で口の左右に長い口髭を垂らしている。

「か、囲まれた」

「何なんだ、お前らは?」

一誠が踊り場に向かって叫ぶ。

「これはこれは。ゲーム中にそんなことをたずねるとは……」

一番後ろに控えていたスーツ姿が顔に下に向けることはせず眼球だけを動かして獲物を確認した。

「君らは何事にも趣旨があることを知らないようだな。全くいつの時代にもこれだよ……」

スーツ姿は腕を組み直し、続ける。

「愚か者は強きものに喰われる。これが政治であり人間なんだよ」

古い着物と白い袈裟はじりじりと下に忍び寄ってくる。

右側の白い着物は下段、右奥が上段に構えている。

「く、くそっ」

一誠が一歩下がり、長次郎と並ぶ。弥兵衛はその背に背を向け、左右斜めに構える二人を交互に見てにやにやしている。元々、顔の肉が厚いため、普段から笑っているように見えなくもないのだが、それをにやつかせると多少不気味でもある。

「どっからでもかかって来もせ」

弥兵衛は長髭を凝視しながら抜刀した。

抜刀した剣先は止まることなく上に流れ最上部までいったとき体と共に前後に揺れ始めた。示現流である。薩摩藩出身の多くは示現流の使い手なのだ。

示現流の準備が始まると同時に受付台の紙屑が再び舞った。

銃が弓矢に劣る点は音が出るということである。弓矢は音により他人に察知されることなく軽やかに人の生命を奪える。

受付台の紙屑が舞い散った数秒後、旧い豪族姿がどっと膝からうつ伏せに倒れ込んだ。

中央に全神経を集中させていた長髭は更に数秒が経ち隣で何かが倒れたことに気付いた。

「守屋ー」

仲間が突如隣で倒れたことを理解した長髭は豪族姿に寄り添った。

絶命していた。

瞬時のことである。

「チェストー」

弥兵衛の示現竜の命ともいえる一刀が長髭を襲った。長髭は抜刀していた刀を大きく左に振りかざし示現流の最初の一刀を見事に刀の横から滅殺した。

「な、なんという力」

弥兵衛はそのまま駆け抜けていった。

一部始終を上から背中で眺めていた一誠は階段上の刺客が動くのを感じた。上部から下段の構えからの剣先が頭部めがけてとんできた。抜刀の余裕すらなく、ふと、目に入った赤い缶を投げつけた。

消火器は白い袈裟の下段からの一刀に命中し、白い大量の泡が吹き出した。

「何だ、これ」

白い袈裟は顔面にも白い泡がかかり白装束でむせ返った。無論、更にその上に立っていた古着とスーツもそのあおりでしたには降りて来られない。

「逃げろ、長次郎」

長次郎は既に守屋と呼ばれる男が絶命した反対の方角、長髭が元いた居場所のほうに走っていた。一誠もその後に続く。

「追え、追うんだ」

ブホッ、ブホォッ

スーツ姿の怒声と袈裟のむせ声が背後で響く。

長髭は手に痺れを感じていた。これまでこれほどの一刀はそうそう受けていない。一瞬、ひるんだのは自分自身への落胆であった。

9

ピピー、ピピー、ピピー

竜哉は自分の手帳が鳴っていることに気付いた。

開いた手帳には閉じたときの名簿が映っていたが、急にD欄の名前が増えていることに驚いた。

『      A        B

・大将▶   竜哉       ・・・・・

・      近藤長次郎    原田左之助

・      前原一誠     大伴弟麻呂

・      富山弥兵衛    ・・・・・

・      山岡鉄舟     ・・・・・

・      C        D

・大将▶   ・・・・・    大川蔵六

・      那須与一     宇佐美定満

・      ・・・・・    鎌田光政

・      ・・・・・    ✖物部守屋

・      ・・・・・      上泉信綱 』

……大川蔵六。どこかで聞いた名前である。

「んっ?」

竜哉は物部守屋の隣に×がついているのに身気付いた。

どういうことなのか。

カーソルを下に連打し、×物部守屋の左横で下が何の反応もない。三回クリックしても無反応であった。まさか、死んだのか…。もう一度クリックしてもなんともなかった。え、本当に……? 念のためもう一度クリックしても全く反応が無いため竜哉は物部守屋の死亡を確信した。

竜哉は右足を上下にゆすり、もてあました左手は机の上においてあったペンを勝手につかみ机をがりがりと削っている。

学校で授業を受けるときの癖であった。特に数学のような考え込む問題を解くときによくやっている。

「ちょっと、待てよ」

独り言をぶつぶつ言う竜哉を鉄舟は一度振り返ったがすぐに目をそらす。

この名簿には我々が見たり確認したりした人物の名が表れてくる。Cの那須は先程の弓矢の男だし、Bの原田と大伴は先程、自分と鉄舟を襲ってきた。もしかしたらDの五人が急に出てきたというのは別働隊の三人が戦っているということか。だとすれば危ない。三対五ではどうしても不利である。いや、物部守屋は死んだから四人か。もしや物部守屋は三人のいづれかに殺られたのか。だとすればあの三人の腕を信じていていいのか。しかし、物部守屋のみが剣の実戦能力が低く宇佐美、兼田、上泉は手練れで一誠らを上回っているいという可能性もある。

竜哉は宇佐美にカーソルを合わせてクリックしてみた。

『宇佐美定満  戦国時代の武将。現在の新潟県柏崎出身。上杉謙信の重臣であり、上杉四天王に数えられることもある。謙信に反抗した長尾政景の屈服に戦功があった。政景と共に溺死する。

・ 体力 63、 実戦能力 82、 頭脳 80           』

『鎌田光政  平安時代末期の武将。源義朝の鎌田政清の子。兄は鎌田盛政で光政ともに義経四天王と云われる。屋島の戦いで平教径と戦い討ち死にする。

・ 体力 88、 実戦能力 90、 頭脳 69            』

既に腕が震え始めていたが、上泉信綱を見てみたことを後悔した。

『上泉信綱  戦国時代の兵法家、武将。現在の群馬県前橋出身。兵法家として諸流派を学び、長野業正、長野業盛に仕え武田信玄、北条氏康の大軍を相手に奮闘し感謝状をもらう。以後各地を流浪するが詳細は不明。

・ 陰流、新当流、念流、新陰流の使い手。

・ 体力 85、 実戦能力 98、 頭脳 77            』

自分でも顔が青ざめていくのが分かった。

いずれも実戦能力が80を超える手練れであり、上泉信綱にいたっては山岡鉄舟を上回っている。ゲームの不平等とまではいかなくても運、不運を感じざるを得ない。

助けに行かなければならない……

「山岡さん、すぐにあの三人の元へ行きましょ……」

「し、静かに」

いつの間にか鉄舟の眼が変わっている。那須の矢を叩き斬った時の眼つきだ。何なら蛙の動きを封じ込めるほどである。

「もどってくる…」

「え?」

言う間もなくである。

「しゃがんでくだっ…」

一瞬目の前が真っ暗になり、何が起こったのか分からなかった。

破壊音源はガラスのようである。

「たいしょおう」

押し殺しながらも力強い鉄舟の声が耳元でした。

「先程の原田という男ともう一人が更に新しいのを連れてやってきました」

鉄舟が右手を左脇差にかけながら言う。

「おーい、出て来いよ。分かってんだぜ、いるのは」

「ぶった斬ってやる」

唾を切る音がほぼ同時に三つぶん聞こえた。

足音が三方に散り、物が落ちる音や机を蹴る音が聞こえる。

「まだ敵は我々に気付いていません。とりあえず向こうに逃げて下さい。やつらから一番遠いところです。私は向こうを這うのでいざというときには、こちらも挟み撃ちですが向こうも同じ状況です」

鉄舟はほぼ聞こえないぐらいの息の声で早口に言い終えると竜哉に逃げろと指差した逆側へ這っていった。

鉄舟がひとつ向こうの机ブロックへたどり着くと間もなく、その間の列に音が近づいてくることに気付いた。

竜哉は足音の逆側に転がり込み、手帳を開いた。

大伴弟麻呂の下の名を選択する。

『丸橋忠弥  江戸前期の人。慶安事件の首謀者の一人。出羽の出といわれている。槍術の達人で江戸の御茶ノ水に道場を開いた。江戸幕府倒壊計画が事前に露見し処刑される。

・ 体力 86、 実戦能力 90、 頭脳79             』

 

槍の使い手……

竜哉は足音と机ブロックを中心に逆に逃げ込み、係長席から最も左前に遠い机の椅子をひいた。

槍の使い手…。見つかればたとえ遠方からでも逃げる暇なく、糞の槍の餌食となる。

そのまま机の下に潜り込み、ゆっくりと椅子をひいた。

原田左之助が88、大伴弟麻呂が76……。おそらくこの三人と山岡さんだったら、いくら山岡さんでも一人では勝てないであろう。どうやっても逃げなければならない。股から下腹を貫く痛みがはしった。どうやら冷や汗もかいているらしい。これが殺されるかもしれないという恐怖か……

「何か見つかったかぁ?」

遠くで誰かが叫ぶ。

「すっかりもぬけの殻だ」

「こっちも」

前者は更に遠く、後者はすぐ近くで聞こえた。声から察するにすぐ近くにいるのは大伴弟麻呂である。大伴弟麻呂が77といえども侮ってはならない。山岡さんや丸橋、原田と比べればこそ低く思える実戦能力だが自分と比べれば全く比べ物にならず、雲泥の差である。机をはさんで向こうに聞こえる足音が係長席(先程まで竜哉の座っていた席)の折り返し地点まで到達した。椅子を引き出す音が聞こえてくる。

この調子で自分の隠れているところまでくれば確実に見つかる。大伴はくまなく探している。足音で分かる動きが思った以上に遅いのはじっくり見ているからだ。

大伴の足音が係長席で止まった。遠くから刃物が割れる音や原田左之助の「いねえなあ」という声が聞こえてくる。最も身近に聞こえる大鼓の音は自分の心臓の音ではないか。

大伴が見ていたのは机の上に残る無数の細かい傷とその周りの削られた粉であった。粉を人差し指の腹につけてはパラパラと机の質と見比べている。粉がこんなにも残っているのはこの傷がついさっき付けられたのではないか。とっさに大伴は椅子を見た。さすがに尻型のくぼみは残っていなかった。念のため手を椅子の上に置いた大伴はとっさに声を上げてしまった。

「おい、まだ暖かい。ついさっきまでここにいたようだぞ」

丸橋が顔を上げ、原田を見る。

「よっしゃあ、絶対に俺らで見つけてやるぞ」

「よっし」

竜哉は更なる胃の痛みを感じた。

これはやばいぞ。あと、数メートルで自分のところまで来る。隣の椅子を少しひいておくべきであった。さもなければ自分のところの椅子だけ、少し飛び出ているのがばれてしまう。

来るな、来るな

竜哉は先ほど机に向かって座っていたことと何かを考え込むと貧乏ゆすりとすぐに手が動いてしまう手癖の悪さを思い出した。

やばいことになってしまった……頼む、来ないでくれ……

近くの足音が復活した。その音は確実に竜哉のほうへと近づいてくる。

……

気付いたのか?

なぜ足音が止まった? 他に目がいっているのか? それともここの椅子に気づいたのか?

「何だ?」

突然オフィスの出入り口のほうで音がして、原田と丸橋の怒声のような声が響いた。続いて足音がする。竜哉は音に驚いた拍子に頭を上げ机にぶつけてしまったが幸い音は周囲の音でかき消された。

早く行け! なぜ止まっている? さっさと行ってくれ。

 

(続く)


 

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