三文 享楽 小説・エッセイ等

無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』4【三文】

2016年4月10日

TSU86_huruisouko132610_TP_V1[1]

自宅で沸かした風呂へ、お盆にのせた熱々の○燗をもっていくだけでリラックスできることを広めようと日夜努力している三文です。(Googleはお酒NGなので一応伏字)

どうも、文学と酒、文学と言えば歴史でしょ、三文です。

 

前回までの内容⇒『歴史の海 鴻巣店編』1『歴史の海 鴻巣店編』2『歴史の海 鴻巣店編』3

この長編小説は全15回の連載予定でございます。

 

 


 

『歴史の海 鴻巣店編』4

自己紹介を終えると自然と全員が集まってきた。

真ん中にあるというのも手伝って、竜哉のいるデスクの島にそれぞれが座る。

さっきまで自然と座っていたにも関わらず(目が覚めたときには既にユニットとして配置されていたのだが)、キャスター付きの業務用椅子に戸惑い、鉄舟は律儀に正座までしようと動く椅子相手に奮闘していた。

竜哉は便宜上、というより高校生ながらの好奇心で係長とプレートが置かれた端の席に移った。四つずつ向かい合い、それに係長席がくっついた格好の連結デスクは窓側半分で埋まった。

「じゃあ、敵は三つに分かれ、それぞれが五名ずつというわけか」

「そうです。この五階建てのビルには総勢二十名がいます。ビル全体が戦いの場です」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て。そのビ、ビルというのは何じゃ? 血ぃ吸うあれか?」

「そうか、ええと……」

一瞬手帳が思い浮かんだ。が、たとえ辞書機能があったとしても自分で言ったことの責任は自分で取りたい。

「えっと、高い建物で塔がコンクリ……いや、鉄でできた高い塔みたいのです」

「分からんのぉ……」

「わしは以前、シロとかいう…なんか石でできた高い建物を見ていた。それのことかのぉ。ただ、そのシロの名前や何のための建物なのかも覚えとらん」

どうやらこのゲームではユニットは昔の固有名詞などの記憶をなくしているらしい。かつての自分の所属する藩、組、仲間を思い出し現在の自分との矛盾に気付かないようにするためだろう。過去の忘却によって、自分が大将であることも認めてくれた。助け舟あってだったが……。

「さっき確認したんですが、ここはおそらく三階です。上にも下にも二階ずつ、既に開始から五十三分が経っています。敵の斥候というより偵察が一名か二名あたり隙あらば襲ってくるかもしれません」

「どうも竜、いや大将の言葉は聞きにくい。そのごじうさんぷんというのもよう分からん」

「それは一時間くらいで。ええと、一日のうちの二十四分の、いや、二十四に分けたうちの一つが過ぎたっていうことです」

「はぁ…」

「とにかく、残り二日と二十三時間で奴らを殺すんです」

「しかし、殺すというのが好かん。他に方法はないのか?」

言ったのは山岡鉄舟である。実戦能力が断トツで高い鉄舟を第一線で利用としていたゲーマー竜哉にこの言葉は痛かった。翔太やどっかの知らないオンライン人に負けたくない。しかし、山岡鉄舟という男の概略に生涯不殺と書いてあったのは確かである。現実世界ではないがゲームの世界の中でそれを破っていいのだろうか?

「これはゲームの世界なんです。死んでも実際の世界ではなんともありませんし、この世界からも元の世界へと戻るだけなのです」

「しかし……」

「殺すのではなく、この世界から消滅させるだけです」

「たとえ何処の世界だろうと武力をもって、無理矢理存在を消滅させるというのは恐ろしいことで」

「なら山岡さん、貴方はここでじっとしていればいい」

言ったのは長次郎である。この男は実戦能力こそ高くはないが、自分なりに知能を高め、何事にも立ち向かう気質らしい。眼光の鋭さはその証拠であろうか……。

長次郎の言葉は鉄舟を積極的に参加させるにしろ怒らせるにしろどちらかに作用をきたすと思われたが鉄舟は黙り込んでしまった。

「戦うにしろ、敵の様子が分かいもはん。おいは剣があいもうすが、竜哉サァは何も武器が無か。敵の武器の様子一つ分かいもはん」

言ったのは弥兵衛である。

生まれてこのかた、薩摩弁など聞いたことも無かったが、理解できる程度に翻訳されているのだろう。

正直、竜哉にも敵の様子など全く知るすべが無かった。手帳にもその類の説明項目は無かったし、第一翔太が係員の説明を省いたのが悪い。

そうか、翔太はランダム設定で通そうとしたが自分は幕末設定を使った。やつらに時代区別は無い。つまりは飛び道具や爆薬を使ってくる可能性だって無きにしもあらず。敵は全くの未知というわけだ。

数分後に起きることが予想できない竜哉は当然のことながら、数分後に何が起きたか理解できなかったが、しかし、間もなくして敵の使う武器の種類が分かり大いに助かることとなった。

竜哉は弥兵衛の厚顔を見ながら「確かに分かりません。偵察の必要があるでしょうか…」と語っているときに隣の鉄舟が少し動いたのだけは感じた。しかし、刀にいつ手をかけ、どのような格好からの抜刀を図ったのかも見ることは出来なかった。

気が付くと山岡鉄舟が自分の座る机のお気に入り? だった係長プレートを真っ二つに両断しているところだった。刀は不気味なほど煌めいている。

「あ、危ないじゃないっすか、山岡さん。自分で武力は無いって……」

竜哉は思わず周りの反応を見てしまったが、自分と同じ表情をしているのは長次郎だけであった。弥兵衛は何秒か係長プレートの左側を凝視していたかと思うと「あん野郎」と言い猛スピードで部屋を出て行った。

えっ、に、逃げたの?

「山岡さん。とりあえず、内輪揉めは……」

「山岡さんは貴方を救ったんだぞ」

山岡鉄舟の奥でじっと会議に参加していた一誠が言った。腕組みをして目線は前に向けたままであった。

竜哉は訳が分からずにじっとしていると鉄舟は無言で刀を鞘に戻した。動きには全くの無駄が無い。鉄舟の前ではしゃべることすら意味ない行為に思えてくる。

「そうか、すごい。見事だ、神業だ」

数十秒が経つと、長次郎が素っ頓狂な声を出した。

発する言葉はおそらく鉄舟に向けられたもので嘘偽りは無いだろう。

竜哉も長次郎に遅れること数秒、長次郎の視線を追って、鉄舟に畏敬の念及び感謝の気持ちを持つと同時に改めて鉄舟の能力の高さを知った。

オフィスタイルの上には固い円錐型の物体がくくりつけられた短い木の棒が落ちていた。もはや、矢とはいえない残骸である。

その少し向こうに転がるただの木の棒とは一分前、いや数十秒前には一つのものであったことになる。

山岡鉄舟は刀を納めて、業務椅子に(今度は自然に)座った。

「確かに戦いは始まっているようだ。もう後には引けん」

その後、富山弥兵衛の目撃情報及び弓矢の使い手であることなどを踏まえ、手帳を確認するとCプレーヤーの二段目に新たな名前が示されていた。

『那須与一  鎌倉時代初期の武将。下野出身。源平の戦いの際には源義経に属す。弓矢の使い手で尾島の戦いで平家方が舟に掲げた扇の的を射落したことで有名。

・ 体力 67、 実戦能力 94、 頭脳 68            』

 

続く

小説配信トップページへ