三文 享楽 小説・エッセイ等

無料web小説 短編19『自身制裁』【三文】

2017年2月27日

「自分を鍛えるためのトレーニング」と「ただのM」。

二つの線引きは何なのでしょうか。

 

自分を追い込むことができる人は何事においても万能だ。仕事ができる人は身体も鍛えられている。

こういうことを言う人もいますよね。

…なに言ってるんすかね。どうも、三文享楽です。

 

自己にストイックな人が尊敬される風潮はどうしてですか。

自分を追い詰めればそれだけでスゴいのですか?

そんなことを考えた方は、この世に何人もいることでしょう。

 

 

しかし、睡眠不足を自慢するのがおかしい時代が間もなく到来することでしょう。

そして、睡眠不足にさせた会社も肩身が狭くなる時代がくるはずです。

睡眠不足を理由とすることは、恥ずかしくなるのです。

 

 

さあ、寝ながらラーメンを食べましょう。

そうすれば、こんな世界が待っているはず。


『自身制裁

俺が何人かでやって来た。

目で確認ができる距離ならば他人を疑うこともできるのだが、やつらは突如降って湧いたように俺に絡みつき動きを封じ込めてきた。その距離ならば逆になぜ俺自身だと分かるのかと問われれば、肌に触れる肉のつきかた、脛毛や腿毛の生え方、髪の長さ、不格好な頭蓋骨全てが俺自身であることに他ならない。

それでも俺自身と発覚することに疑いをもつのならば試しに自分自身に襲われてみればいい。そうすれば自身の身体の醜きところのみが鼻につき、自身に違いないことが明白となるだろう。

ところで、なぜ俺自身が襲われているか。

自己の置かれた状況を把握しようと努める段階で、理由は大方分かっていた。

今日は眠る前に、自慰により射精して、すぐに排尿をしたのである。

射精直後の排尿は尿道などへ負担がかかり身体に良くないことは分かっていたのだが、あの無理矢理にも排尿しようとすると起こる陰茎の疼きが快感でたまらないのである。

俺は身体の痛みを無視した。

なるほど、俺自身の警告を無視して俺自身に負荷をかけた俺自身へ制裁を加えているらしい。

そういえば前にも痛風の気があるのか飲酒すれば確実にふくらはぎが痛みだすのを承知で酒を摂取した日の夜、俺は何人かの俺に襲われた。

ぶよぶよした気持ち悪い自分自身の肉体に囲まれ、首をしめられた。翌日にこむら返りの土産まできた。

俺はある時に気付いていた。

俺は俺自身を痛めつける時、確実に俺から制裁をうける。俺は俺自身に律せられていた。

これには最初、腹が立った。常々、俺自身に命令する存在がいるのだ。会社や家庭の疲れを癒そうとすることさえ阻もうとするのだから、それは腹が立つ。

しかし考えようによっては、むしろ、理論立てて考えれば、俺は俺自身にしっかり身体を管理された健康体といえた。

ただ、まあこれは最初のうちである。

あるとき、俺は会社に行けないことがあった。

俺は俺自身に出勤を阻まれたのである。

その日、俺は怒られにいくためだけに出勤する日であった。怒られるのが後回しになるのならば我慢していたが、怒られるのが今日だけであり俺がいなければ同僚が誰か犠牲になるだけだというズル賢い知恵がどこかにあったのかもしれない。

俺は救われた。

同僚から恨みはかったが、直接的に心理的な負荷となることもなかった。

いつも俺が無駄な罵倒は受けていたために、その同僚は初めての罵倒体験に心折れていた。

お前のせいで今回は俺が受ける羽目になったというよりも前に、こんな精神的屈辱を俺がずっと受けていたということに驚いたのか、良心の呵責でもあったのだろう。文句を言うでもなくじっと傷が癒えるのを待っていたようであった。

俺はそう解釈した。

が、今思えばそれは解釈させられていたのかもしれない。

俺はいつの間にか俺自身の違う俺に統率権を奪われていた。

結婚してもいいなと思い始めていたが、おとなしくて貞操難い彼女がいるというのに、ひとまず肉体関係を許してくれる女と一晩を過ごすこともあったし、新しい服を買おうと思って下ろしてきた2万円を帰り道にあった風俗店に全てつぎ込んでしまうこともあった。

かと思えば、最新作のアダルトビデオを買ってきて楽しみにしていたというのに、会社の疲れからそれを無理して見る前に眠り続けてしまうこともあった。

俺自身の中で最も制御が付かず、際限なく欲望を満たしてしまうのが、睡眠であった。

眠りは際限なくとれる。本当はこれ以上眠るとあの不毛とも思える頭痛が到来し、残り少なくなった起床後の活動時間さえも苦しいものにするのは分かっていた。けれども体の一部ではどことなく眠りを欲しているし、無駄なことを考えなくても済む眠りという時間を精神面のどこかで欲しているようで、俺は無駄に眠るようになっていった。

三十代の半ば、俺は俺自身によって会社に行けなくなりだした。せめて気力で、結婚までいっていれば家族のために頑張れた可能性もあったのだが、俺の怠惰さに疑問を抱いた彼女は他の男にはなれていったし、俺も女を追う行為よりも自分を守る方へ自身の制御盤が働いているのに気付いていた。

結局、性欲に睡眠欲は勝つのである。

性欲がもたらすのは子孫繁栄であり、自分自身を守るのは食欲であり、睡眠欲であるのだ。俺は俺自身に制裁されたことによってムリのできる体ではなくなり、俺に抵抗できなくなっていた。

本能的に動き出してしまう安い性欲、そしてそれをも凌駕する統制の効かなくなった睡眠欲。これらは全て俺以外のもう一人の俺によって行動権を掌握され俺が操作された。

会社に行かなくなり、婚期とチャンスを逃した四十近い男。

次に向かう先は体たらくのイメージにもつながるギャンブルか。それは自身によって阻まれた。ギャンブルは元々は大金を掴みたいという野望から発するものである。あるいは二次的にもたらされる勝利という心情的な喜びを元に生まれるものだ。

つまりそれは人生のプラスアルファ的な幸福であって、必ずしも必要ではない。身体の保護を第一主義とした自身に統制権を掌握された俺が靡くはずもなかった。まして保守的な俺自身が生活基盤となる資金を費やすはずもなかった。

ではどこへ向かう。

欲望のイメージ的には酒である。俺も会社を辞めた時から道端で酒の缶やビンを片手に佇むダメな老人になることを想像していた。しかし、それもまた現実に目を向けることのある人間が向かう逃げ道の場所であった。

多くの酒飲みだって最初の飲酒には抵抗があったはずである。

一線を越えれば必要不可欠になる酒も案外飲み始めはまずく厳しい物であった。飲み会のために呑めるようにしておく酒、不味くても飲んでいるうちに呑めるようになるから飲んでいて酒の美味しさを覚えたものが大半のはずだ。

また、現実を逃避するためだけに飲みはじめた酒もある。

思い通りにならない現実世界での不覚を記憶から抹消するために酒を摂取し記憶から排除しようとする。美味しいとは思わないが、酔いだけを求めてアルコールを体内に入れるのだ。酔った中で現実を見るということであり結局その先には自身を提供したい場所がある。

もちろん自身の保護を第一主義としたもう一人の俺はそれを許さなかった。

頭を痛くしたりお腹を下したりさせる酒のことをもう一人の俺は恨んでいたようである。先にも挙げたが、肉体的な痛みが俺のことを支配したのである。

酒もギャンブルも行わない引退した男。

幼少時代から美味しいことだけは知っていた欲望の先に流れ着くものである。食べる楽しみを知っていた俺は、もう一人の俺によって食料を購入させられ、食べる楽しみを否応なしに味わされるのだ。

幼少時代に食べたくても食べさせてもらえなかったカップ麺などは止めどないことも明白である。俺はジャンクなフードを摂取し続け、更にぶよぶよと太りだした。

次第に俺は記憶があいまいになるのを感じていた。

五十代にさしかかる男が朝から昼まで無雑作に過ぎる時間に身を任せているだけなのである。日付感覚も曜日感覚すらも失った俺が統制できることなど何もなかった。

食べることもめんどくさくなってきた。

起きてはそこらへんに転がるスナック菓子の残りを口に入れた。カップ麺にいれるお湯を沸かすのすらめんどくさい。次第に歯の裏にこびりつくようなスナック菓子特有の触感にも飽き飽きし、食べることをやめた。

水道水だけ摂取し、時が経過するのを待つ。

もう一人の俺は自分の生活が楽になるもう一つの方法を見つけてしまっていた。

死ぬことである。

生殖生物として備わった性欲、また生物自体にそなわった睡眠欲や食欲。しかし、こういったものは全て生きることを前提に与えられた欲望である。苦労から逃れたい欲望だって存在し、現にこうして俺自身は死への欲望へ取りつかれてしまっていた。

死ねばこれから逃れられる。

死への欲望とそこからもたらされる「死ねば楽になる」という喜びが、もう一人の俺自身を油断させたのかもしれない。俺本体はあることに気付いてしまっていた。

俺はいつしかもう一人の俺自身に統制権を奪われていた。そこがそもそもの間違いだったのかもしれない。人は誰しも欲望と戦いながら生きている。人間にしかない自己の達成欲を元に適度に自身を統制しつつ生きているのだ。

そう、理性の裏にある自身を守ろうとする本体はいつだって俺を甘やかす存在だ。

俺は周囲を拒絶するよりも前に、自分自身と戦わなければならなかったのかもしれない。

しかし、そこに考えが至った時はもう遅かったものである。

俺の身体は動く気力も失っていたし、まだ残っている自身の統制から自由への欲望を奪われていた。考えることすらも制限をされているようなのである。

自分自身から逃れたい。

俺は俺自身から自由になりたい。

そう思いながら、目を閉じた俺は記憶の向こうで何かを聞いていた。

ドアを叩く音、そうか俺は誰かに呼ばれているのだ。

たしか家賃を滞納していたな。そうだ、生活費のためにカードローンもしていた。生活保護の支給から役所の人間にも訪問を受けていた気がする。いや、待てよ。生活の更生のために誰かが救いに来てくれた可能性だって大いにあり得るのだ。日本のおせっかいな法律はたしか俺を生かすようなおせっかいもしてくれたはずだ。

しかし、ここはどこだ。

俺は向こう側にいってしまうのだろうか。戻ることができるのだろうか。

俺は自身から自由になりたい。自身の身体のブレーキを越え、反発した上で世の中を見たい。自身はもう死ぬ道を見つけ、安心したのだろうか、俺に考え方の指図をすることはなかった。

このまま俺は戻れるか分からないが、戻れたあかつきにはまず自身に喧嘩を売り、惰眠を貪ることをやめようと決意した。

 


 

 ↓言ったでしょう。ラーメンを食べましょう、と。

↓追い詰めることがどれほど怖いことか。

 

 ↓睡眠の必要性が解かれる中、まだ反抗するなら。