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無料小説 長編2『笑い島』8【三文】

2016年4月30日

わっはっはーのよいよいよい

笑っていれば幸せになれる。

これは本当なのでしょうか。分かりませんが、今日も我々は笑ってみるのです。

 

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この小説は連載です。気が向いたころに来ていただければ幸いです。


『笑い島』8

2の続き

見られている気分で出ないだろうとは思ったが、すぐに気にならなくなった。むしろ、水分をあまり取り入れていない理由だからであろうが、少しずつちびり出て、終わった。一概に濃度は高そうであって、事実尿道を通過するときに少々痛みがはしった。血尿ほどまではいかないのだが、赤や緑に近い気もしたので、まだ水分を摂って、ゆっくりしていたことに落着して寝床に戻ることにした。何も考えずに排尿くらいしたかったが、まだ助かって一日、健康管理くらいは義務である。

とにかく現実感覚がないというだけだ。今まで通り人間らしく同じ太陽の下で生活を送ってはいるのだが、全く違う場所ということなのだ、文化文明的にも。感情のどこかで、もう少し、不安要素が抹消されるまで考え抜いて善後策を見つけるようにと作られてしまった体に宿る理性が語りかけてくるのだが、それをやったところで無駄なような気もした。一人で排尿して動くことができるようになったにも拘らず、このままあるかも分からない港を探すことなく、休むためにまだ寝床に戻る方がいい冷静な判断云々の前に躰的にも安らぎとしてそれを求めていた。いつもの僕ならば動き出さないといけない急いた強迫観念に満たされていただろうが、ここではとどまれることができた。

うん。

んん……ん……

……いた……うん、そうだ。

この排尿して戻るという短期間にもしっかりと仕掛けられている。何よりもここでは会話も動作もやることなすこと一つ一つが無意味の産物なのだ。無意味なことなのに誰もがやっている。それでいて、みんなこの世界で過ごせているような気がする。

怒るべきなのだろうか。ここでは怒るのが一般的な感情というものであろうか。いや、待て。一般的とはなんだ。僕がおかしいと思うこの基準は何だ。ここでは一つ一つの所作に至るまで誰もが、一般とは違う気もしたが、ここではそれが普通なのだ。ここでは……

「あ、大丈夫?」

再び目眩に襲われたらしい。声が飛んできて、倒れる寸前に片足を前に出して、転倒を防ぐことができた。

ばぶうはうっすらと家に戻っていくこちらの反応を見ていたらしく、急いで鼻も耳も首も長い動物が施された毛布を剥いで、青いシーツの敷布団からこちらへ飛んできたのである。左手で僕の手をとり、右手で腰を支えてくれている。視点を泳がせたままでいると、胃から何かがこみ上げてきそうな気がしたので、一点に合わせようとする。

「平気? やっぱりまだ寝てなきゃ」

「すま、ねえ」

平生の僕であったら、お前が寝ていたからだと非難していた可能性もある。人と比べれば怒らないほうではあるが、強い感情が出ればこの状況ならば感情を出していいかまでをいちいち考えて結局大多数と同じ感情表現しようとするのが僕であった。

だが、ばぶうの行動はどうなのだ? ばぶうは手を上方向にとりつつ腰をゆっくり通して僕を布団まで案内してくれている。無意味で説明などつかない。

悪気など全くないに違いない。悪戯心で怒られたくて、と。いや、それも違う。ボケて、ツッコマれたくて……何も考えていないのかもしれない。ただ、僕一人の観客のために。

「そうそう、お布団を温めておいたから」

思い出したようにばぶうは言った。

なるほど温めておいたか。僕としてはツッコメなかった。悔いている自分を眺めているだけだ。だが、ばぶうからすればツッコミもできず、いや、しようともしなかった島の外からやってきた男が倒れそうになったのを見て、罪悪感を抱いたかもしれない。あるいは僕が怒っていると思ったかもしれない。でも、そこでやめることなく更にボケたのだ。

「ありがとう」

寝かされて、僕は呟いた。ばぶうが僕はどの気持ちに対して礼を言うか分からないかもしれないが、とりあえず口にしたかった。

いつも通りきょとんとした顔だったがゆっくり休んでと言って立ち去った。

少し歩いただけでもこの調子である。まだ船で帰るなんてことはできないだろう。関節や筋肉もまだ陸上生物としての準備ができていない。いや、そもそも本当に帰りたいのか。僕はあんなところへ本当に、いや。駄目だ駄目だ。それを考えてはいけない。帰りたい帰りたくないではない。帰るものなのである。だが。だが、まあ。連絡を全く取れない状況でいるというのも開放されたいい気分ではある。その気持ちがあることは認められても構わないであろう。心配される存在がいるというのも自分が大事にされていることを感じられるいい機会ではあるが、連絡もとれず戻れる状況にもないというのはいかにも開放的であり、慌てないこの感情こそが真の自由であるという気もした。そう。事実、南国の楽園というイメージのみを以て沖縄に行ってみたかったわけであって、このよく分からない島にも興味が沸いた。興味が沸くという言い回しはいかにも社会で成功した人間が秘訣のように語るみたいで嫌だったが、違うのである。ああ、駄目だ。眠れない布団の中というのは、つい、自分の記憶だけを元につい抽象的なことを考えすぎてしまう。

足下の気配があったから入り口を見ると、ばぶうがお盆を携えて立っていた。

上半身を起こす。

「あれ、起きてたの?」

玄関のような土間のようなところから言った。

そのまま、おそらく紺のサンダルを脱ぎ捨て、僕の布団の際までやってくる。

盆には大きめのおにぎり四つと、漬物皿が一つあった。たくあんがいくつも載っている。胡坐を掻いて枕者へ寄った僕の向かいに同じように胡坐を掻いたばぶうは油断することなく両方の皿を分けた。

「よし、じゃあ、いただきます」

「いやいやいや、食料配分」

「ああ、そっか、こうか」

ばぶうはいかにも専用のように自分の前に置いたおにぎり四つ載った皿と、僕の目の前にある漬物の皿の位置を入れ替えた。

「いや、いいんだけどさ。今度はこれだとばぶうがお腹空いちゃって」

「もおう、わがままだなあ」

僕は両方の皿を二人から等距離にある真ん中に並べて置いた。

改めておにぎりを手にして食べ始める。一口間で中には柴漬けのようなものが見えた。右手に握り飯、左手で時たまたくわんを繰り返す。

会話は止んでくちゃくちゃと咀嚼音だけが木造建築内に響く。

「寂しいかい?」

二つ目の握り飯に手を伸ばそうかというとき、不意にばぶうは聞いた。視線を上げたが、目は合わない。黙々と食べている。

「意外とそうでもないみたい」

嘘ではない。断定できないのも含めて真実の感想であった。ちょっと安心できるような。

「ここには郵便も定期船も来ないから」

「定期船もないのか」

「ああ。本当に何にもこないよ。だから外部との連絡手段は一切ないさ」

「そうなんか」

沢庵と握り飯の咀嚼音が沈黙を作らない。二つ目の握り飯は塩味である。中身はない。

「外に行きたいとは思わない?」

自分で言っておいてこれでは現状況でこの建物から出て外出したいかという趣旨にも思われるのではないかということに気付いた。だが、ばぶうは僕のそういった発言した後に質問の仕方を間違って動揺する様子まで読み取ったように少し固まって考えているようである。

「ああ。誰も出て行こうとはしないよ、ここからは」

 

(続く)

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