気づいたら、今日一日笑っていません。
そんな生活を送っている自分に気づいて、笑ってしまいました。
ああ。なにもかも、笑い飛ばして生きていきたい。
『笑い島』6
1の続き
ちょうど銀皿を三つ空にしたところでえんぴつ魔人の驚きの顔から向けられた視線を追って背後を振り向くと、景色は完全に変わっていた。四つ分の布団が敷かれてそれぞれにここの家族が座っている。いや、てか、ばぶうに尻丸までいつの間にそっち行ったんだよ。
「何もしてないよ」
尻丸が胡座をかいたまま表情も変えずに言う。
「血液君。気分はどうだ」
「ええ。大丈夫です」
「そうか。腹もいっぱいになったら寝たほうがいい。体を休めよう」
「さ」
春雨の声である。
「私達も寝ましょっか」
「そうだね」
既にスタンバイとしてそこにいたと思われる一家は一斉に横になった。
「いや、お前らまで寝るんかい」
一家のやりとりを見ていたえんぴつ魔人が吠える。
僕が食べている間にここの一家には各々の布団を既に敷いていたようである。四つ分敷かれて既に四人とも体を横たえて、ああ。もう鼾まで掻いている。
え、てか、僕より先に寝ちゃっているんじゃないか。
布団の上で胡坐を掻いた状態でえんぴつ魔人を目が合った。外はまだ明るい。
2
夢を見た。
ただ、内容は覚えていない。遠い世界にいる記憶のような気がするが、少し前まで現実として生活していたような舞台であったような気もする。起きたところでそこがどこであったかも分からず、起きたこの場所がいっそその夢の世界であり僕がその夢の住人だったならばそれはそれで納得できるのにということに落ち着く。ここは。ここは以前までいたところでないという漠然とした事実が夢の続きであるような気も感じさせる。でも、
違うことは確かである。目を開けると、直近の記憶に一致するような光景が浮かんだらそこが現実なのである。今はここがそこだ。枕もあって布団もある。人工照明を使わない自然の明るさと外部を仕切ることないこの通り抜ける風が寝る以前の記憶と急接近する。
明るくなっているが同じ日付であることはないであろう。記憶がないとはいえ眠った後の存在感というものはたとえ肉体に魂を宿していたということに過ぎなかったとしても強く記録的記憶に残っているものである。起きることのない昏睡だったはずだ。体を光のない場所に一晩留めていたような感覚を持つ。腹筋から腕に至るまでの筋肉の連続、体の細部にまであらゆるところに痛みがはしった。寝て疲れるというのも贅沢な話だが、まさにその状況である。寝ていることによって痛みが生まれてきたのかもしれない。いや、眠ることによって意識を取り巻いていた疲れが取れて肉体の疲れを感じ取れるまでに回復したともいえる。極力、地面と同化しようとしていたがために、溶けきれなかった身体の節目節目が泣いているようであった。
粘ついた目頭から厚くこびりついてしまった目脂をとって、ゆっくり上半身を起こす。節々の細部までが今度は鳴ったが最も叫び声を上げたのは脳の髄である。枕があったとはいえ、大地に向けていた重力の向きが変わったのだから、当然ではあるのだろう。
右から左、左から右へと世界は揺れているが、僕はいた。昨日寝たときと同じ格好をして、同じ肉体をして、目の前にある同じ景色を呆然と見ていた。耳鳴りも目眩もするのだが、これが僕の意思で動かせる大事な肉体なのだ。
まっすぐ前の壁をL字状態の態勢で見ていた。
見ていたというよりは目を開けてそちら方面を向いているだけに近い。
もちろん、景色は勝手に取り入れられてくる。
ふっと視線を落とすと、例の首も鼻も耳も長くてなんだかよく分からない生物が僕の布団にいた。
更に深い記憶に侵入していく。
思わず笑ってしまった。
どういうことなのであろう。きっと意味も何もないのだ。急に尻丸やえんぴつ魔人たちの声が蘇ってきて昨日の笑いを少しずつ復活させていった。いや、毛布にいたこの生物を見て笑ったといっても端から見れば相変わらず無表情に固まっているだけなのであろう。だが、確かに僕はそれを見て笑い、意味もなくはしゃいでいたここの家族が思い浮かんで心の中の感情が動いたのである。
「ふっ」
腹筋が疼く。
意識もしていないのに声が出て笑ってしまったようだ。春雨が淡々と僕の食事を摂ろうとして、ばぶうが椅子をとり戻してにやにやして、ピンハネ嬢がここにしゃがんでタオルを差し出した。よく分からないが昨日までの日常に引き戻された気がする。
いや、でも僕はここでこうしている場合ではない。
現状を把握していなければならない。ので、あろう。
まず……
今が何時なのか。そう、この状況がどういったかということさえろくに掴めていないじゃないか。時計もケータイもみんな壊れてしまった。いや、何もかも流れてしまったのだ。腕にはめていた時計さえも。僕が僕であったことを示すものなど僕自身の記憶以外何も残ってはいなかった。
枕元を見渡しても昨日の食器は残っていない。片付けてくれたようである。当然なのかもしれないが、まあ、あったらあったで納得していた気もする。四人分の布団も既に畳まれていて、隅に積んである。窓、というより開いたところにはガラスやカーテンも何もついていないので陽が上がった今、家の中全体が明るい。いや、それにしても
この家には家具といえるような家具はほぼ皆無だ。押入れすら用意されていないので、布団は隅に畳まれているのである。冷蔵庫も箪笥もテレビも何一つない。何一つだ。当然壁に時計が掛かっているということもない。
正方形でも長方形でもない壁と天井に床があるのみともいえる。
あとは入り口を入ってすぐにある木の
……机に椅子だが。
え。
え、ええ?
いや、ばぶう、いたのか。何も音がしないから気付かなかったが、
遠くを見る目つきで椅子に腰掛けていた。そりゃ、僕が起きたとも何も行ってないのだから当然だ。い、いや。いや、当然じゃない。
当然じゃない状況であるぞ、これは。
「なんで、空気椅子してんの?」
「んん、ん? ああ、ホントだ、椅子がはずれてた」
ばぶうはわざとらしく立ち上がって、すぐ脇にあった木の椅子に座ったのだが、ええ?どういうこと?
何、馬鹿とかじゃないよね。どういうことだったの。
「いやあ、良かったよ」
ばぶうは笑って僕を見る。
「早めに気付いてくれてさ。ガサゴソ音がしたからもう空気の椅子にさ、座っちゃったんだけど。散々ボオーッとして周りを眺めた揚げ句に二度寝しちゃったら僕のここまでの苦労が何の意味もなかったからね。欲言えば、もうちょっと早く振り向きゃなあ。それになんだか僕のこれ以外にもう起きたときから笑っていたみたいだし」
いや、僕が気付いたところで何の意味もないだろ。僕一人を笑わすためだけにこいつは体を張っていたのか。
さりげなく自分の股をさすっている。
「他の人は?」