三文 享楽 小説・エッセイ等

無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』13【三文】

2016年8月2日

文学部出身なの?

え、日本史とか学んでどうするの?なんか役に立ったことあった?

世間のこうした風潮に負けることなく、読みたいだけ歴史の本を読んでいた三文享楽です。

物語はどこにでも存在するのです。


『歴史の海 鴻巣店編』13

13の続き

男は標的に向かって声も上げずに走り続けたが寸前になって自分の不可能を知り左に避けた。

那須与一は突進してくる猛獣の命とも言うべき右腕を射ると、三本目に手をかけるのをあきらめた。まだ踏ん張れば三本目を弦にかけ、一マイクロの望みをかけることもできたが歯を食いしばり、目を瞑った。

右腕を失った獣が視界から姿を消し、更に後ろからやってくる般若が見えると、ほぼ同時に目を瞑った。

直後、宇佐美の前に人はいなくなっていた。

 

ピピー、ピピー、ピピー

上泉は自分の下部で鳴っている音に気付いた。

発信源が大将の持つ小物であることも知っている。

先程見た位置から那須与一が消えているのを確認すると大川の上から身を退いた。

大川は何も言わずにスーツの襟元を直した。

「鎌田さん、大丈夫ですか?」

「ああ、これしき……」

大川は鎌田の右腕に刺さる矢を見ても表情も変えずにスーツの前についたほこりを払い落とすだけであった。

上泉は大川の所作を横目に鎌田の方へ寄っていった。

おもむろに自分の腕付近の裾を切り裂く。

「これを、腕に巻いて下さい」

それを鎌田の肘の上辺りに巻き付けた。

「これは、このままが良い。下手に抜くより、安静にしたほうが」

宇佐美がいまだに鎌田の右腕を貫く矢を指差しながら言った。

動かすと時折、血が滴り落ちる。

上泉は脇差を採り、貫く三角際に付け根と反対にある羽の付け根を切り取った。

脇差を納めると再び自分の服を切り裂いた。

今度は二の腕に巻き始め、飛び出る細い棒を二の腕に巻き込んでいく。貫いたまま、ぐるぐるに巻かれた矢は動かなくなった。

「これで、傷口は開きません。重りもついてはいないですから」

「かたじけない」

その平和的光景の背後で音がした。

助け合う三人の剣士にもその音は聞こえていた。

いち早くその音に食いつき、口を開いたのは大川蔵六である。

「いたぁ、残党だ。浅黄色の服……原田だ。原田がいたぞ」

急に元気になった大川はドアのほうにある走る原田左之助を指差し、大声で叫ぶ。珍しい動物を見つけた猿の如く小さくバウンドまでしている。

「何をぼやぼやしている? 追うのだ。殺せ。殺すんだ」

一向に自分を追い越していかない仲間に大川は怒鳴った。後ろを向いてそれぞれの顔を睨みながらであった。

一瞬、鎌田の右腕に目が止まり唇が僅かに動いた宇佐美であったが、鎌田の僅かに動いた右腕を感じ、行動を止めた。

「承知」

鎌田と宇佐美の目を見た上泉は大川の方は見ずに抜刀し、駆け出していた。

書き表せないような奇声を上げている。

それに鎌田、宇佐美も続いた。

先を走っていた鎌田であったが、ドアのところまでに宇佐美には追い抜かれていた。

 

14

「こなくそ」

階段のところで待ち伏せする宇佐美、大川を見た原田は思わず呟いた。

五階の爆発現場で大川らの来襲から決死の覚悟で脱出、逃亡した原田は何も考えずに四階に逃げてきた。脱出数十秒か後には追っ手が来たのが分かったが、もっと下の階に下りていこうという気も起こさずに四階に逃げていた。そして逃げ込むその瞬間を上泉に目撃されたのだ。追いこくべく四階の出入り口は封鎖され、原田の捕縛作戦が始まった。もちろん、生け捕りにする必要はない。消滅させるのだ。

上泉と鎌田はやり過ごした。あの二人(大川と宇佐美)だけならば、強行突破も可能だろうか? それとも、もう少しここで待つべきなのだろうか?

原田は鎌田が負傷していることを知らなかった。

上泉と鎌田が自分より確実に上であると思っていた原田は一刻も早くここを出なければならないとはらはらしていた。あの二人と同時に闘って生きていられるはずがない。ならばあの待ち伏せの二人を突破したほうがいいか……

原田は階段のところにいる大川と宇佐美を見た。

大川をやれば全員が消滅するはずである。

ただ、即殺に失敗し上泉と鎌田に見つかり追いつかれることが問題であった。囲まれれば確実に殺られる。

「ん?」

じっと壁の影から階段の方を覗き見ていた原田であったが、遠くから誰かが迫ってくる音を聞いた。

どうする? 時はない。

強行突破か? まともに戦っても勝てそうもない。ならば今からでも突破に出たほうが生存確率が高いのだ。問題は即殺に失敗して囲まれることのみである……

原田は一歩踏み出し、思い留まった。

「ダメだ、遅すぎた。追いつかれる。無理だ、くそっ」

足音が以外にもすぐ近くまで迫ってきていることを知った原田は身を隠していた壁のすぐ近くにあるドアを開けて中に身を入れた。

音をさせて、大川と宇佐美に気付かせてはならない。

だが、鎌田が上泉をおびきいれることが可能では……?

足音が曲がり角の向こうの廊下からこちらに映ってくると思う瞬間、静かにドアノブを引っ張った。勿論手が見えない死角までドアが閉まると、その勢いを止め、音が聞こえないように閉めた。

気付いていようといまいと俺はもうそんなに長くはいられないぞ……

原田は完全に自分が包囲されているであろう状況を想像して言った。

静かにしめたドアのこちら側は真っ暗闇であった。外は完全に夜なのである。電気はついていないし、原田に電機のスイッチなど分からなかった。

急に手がぐっしょり濡れるのを感じた。

「やばい……」

中が分からない……どうする? 誰も斬り込んでこないからおそらくこの部屋の中には敵はいないのであろう。しかし、上泉にしろ鎌田にしろ誰かが入ってきたら逃げることは不可能だ。

待ち伏せだ。それしかない……

入ってきた瞬間に斬る!

物音がすれば助っ人がやってくる。

殺っても殺らなくてもここが俺の死に場所になりそうだ。

原田は暗闇で意を決した。

つばを切り、抜刀する音が不気味に響く。

暗闇で待ち伏せる。前世と一体化した感覚が身をはしる、

…………

足音が少しずつ近付いてくる。

ドアを閉める瞬間が目撃されていたのだろうか……

開けた瞬間ではだめなのである。

開けて数秒が経ち、思いのほか中が暗いことに驚き、目を慣らそうとしながら、緊張の糸がほどけてくるまさにそのときでなければならない。

足音は止まっていた。

それは単純に止まっているのか、角を曲がって行き大川と合図を取り合っているのか分からない。

微かだが、暗闇に少しずつ光が入ってきた。それは錯覚などではなく確かにドアが開かれているのだ。

……来る

四十度ほど開きかけたところでドアは止まった。

原田が隠れているのはドアを八十度ほど開いたところでその姿を確認できるその地点である。言い換えれば、真正面に近いところなのだが、はなっから未知の場所へ侵入者がいきなりドアを全開にするなど思ってもいない。

あと数十秒……

「そっちにはいるか?」

廊下で声がした。

「今、見てみる」

仲間が来たのだ。入ってくる……

囲まれて……いや、無理だ……今だ。今しかない……

ドアは四十度のままであった。

刀から手を離し、ドアを開け、さくりということがあってはならない。

…………

見えない死角からであった。

ドアの向こうにいる男に突然白刃は迫ってきた。

数秒経った。

声はしない。

原田は右腕半開きのドアを蹴り開けた。

壁に当たって跳ね返ってきたドアを体で受け止める。

そこには自分の持っている鉄の棒と一体化してしまった鬼のような顔をした鎌田光政が立っていた。

右肩には矢の残骸の棒が貫き、髪の乱れ方がまさに落ち武者のようであった。

唇を動かしているが声が出ていない。

原田は一気に引き抜いた。

通常、返り血を浴びないように直立のまま一気に抜くことはないのだが、自分がつかんでいる刀の直線状に鬼の体が一体化していると思うと、身の毛がよだつ恐怖を感じた。

引き抜いた瞬間、鎌田光政に付随する物品、屋、握った刀、そして飛び散った血など全てが消えていった。目に見える物理的なものだけでなく、熱気も気迫も威圧感も全てが消滅した。

一人殺った……

原田は既に頭の中が真っ白になっていた。

殺った。外にはまだ誰かいる。

待ち伏せか? いや、不可能だ……

もう俺は気付かれている。

行くか? 今か? 今しかない……

死のう。

「ぐおぁぁぁ」

原田は部屋から剣を振り回して出て行った。

冷静に見れば剣の動く方向など大方予想はつく。

それは相手に姿を見られずに、こちらから一方的に分かる。

剣を当てたり払ったりするでもなく迫ってくる一突きが滑らかに原田の左腕を貫いた。

「ふぐっ」

しかし、決死を覚悟したものにとって護身など取るに足らないものである。

左腕を襲われ、バランスをくずし、前のめりになったそのままの低姿勢から右回転斬りが炸裂した。

「うっ」

上泉は右すねにその右回転斬りをまともに食らった。

すぐに原田の腹部に一刀を叩き込む。

「ふおっ」

原田は自分の足で立つのではなく遠心力を使って、上姿勢にまでもっていき、上泉の頭の上まで剣を振り上げた。

「覚悟―」

…………

永遠に時が止まったようであった。

刀は男を貫いていた。

叩ききったのではなく、貫いていた。

剣はどんどん軽くなっていった。貫いていた物体が消失していくのだからそうである。

「よくやった」

デジタル音と共に後からやってきた大川蔵六は宇佐美定満に軽く言った。

 

15

ピピー、ピピー、ピピー

けたたましいブザー音に竜哉は飛び起きた。

辺りを見回すと薄暗い部屋に鉄舟が一人壁に寄り掛かって座り、右足を立て腕組みをしていた。

「お目覚めですか?」

「は、はい。よく眠りました」

竜哉は内ポケットから出した手帳を眺めた。

これを開ければまた新たな名前に×印が付いている。

人の消滅によって目覚めるというのはあまり気持ちの良いものではなかった。

「ん?」

思わぬ人物の死に一瞬、訝しのうなりをあげたが当然といえば当然でありすぐに納得した。

原田左之助と鎌田光政が消滅した。

この二人の死はこのゲームがいよいよをもって終盤に近付いてきていることを感じさせた。

鉄舟に二人の死を告げると「左様ですか」とだけ言った。姿勢は同じままである。

Bチームは大将の翔太一人……

Cチームには未確認の二人……

Dチームには大将の大川と使い手二人……

Dチームを倒さないことには勝利は無い。

ここまでずっと自分を守ってくれた鉄舟にも多少の疲労が見える。

『 三日目/三日               四九¨〇二¨五一        』

既に三日目に突入していた。

次に大々的な斬り合いがあればそのときが最後だ。

一人ひとり消していくのが最善ではあるがこの終盤戦に敵も単独行動を取るはずが無かった。

同盟を組む……?

「いや、それはない」

竜哉は口に出してその考えを否定した。

ここまできて同盟を組むような妥協案があってはならない。

仲間も敵も自分の味方のみを信じて散っていった。

最後まで仲間は仲間だけなのだ。

しかし、竜哉は未知のCチームがどうしても気になっていた。未知ゆえかは分からないが何か惹かれるものがあった。

もう一度大将は手帳を確認した。

『……  D

・    大川蔵六

・    宇佐美定満

・    ×鎌田光政

・    ×物部守屋

・    上泉信綱』                           』

戦闘能力は宇佐美が82、上泉が98、鉄舟が97……。

上泉との直接対決は極力避けたいが、互角に戦える侍としていずれ直接対決は起きるであろう。そのときは上泉と鉄舟の二人だけにして、宇佐美や大川を援護に回らせてはならない。

この二人をどうやって止めるか……

自分ひとりで止められるだろうか?

いや、たとえ大川を出来たとしても宇佐美は不可能だ。

先に大川さえ殺ればいいのだが、もはや、大川と上泉が別行動を取ることは無いであろう。

宇佐美定満……

この男をまず処分しなければならない。

それしか良策はみえなかった。

大将は残った唯一の仲間にその作戦を話した。

仲間は合いの手もいれずにただじっと聞いていた。

「よし」

話を終えると竜哉は胡坐をくずし、床に大の字に寝そべった。

「ぐああぁぁぁぁ」

硬直していた筋肉を全面的に伸ばし、吠えた。

まさに、大の字であり、溜まった声を出し、あくびで新たな酸素を吸った。

「ふうっ、ぬおおおぉぉぉ」

隣にいた鉄舟も同じ姿勢を取り、全く同じ動きをとった。

あくびもした。

突然の鉄舟のくだけた態度に少しぎょっとしたが、いまさら、つっこむべくもない。

心は通じた。

いくのだ!

竜哉はすくっと立ち上がった。

「よし、出陣だ」

 

隅々、壁の隙間、天井までも確認し用心に用心を重ね、二階から三階に上がってきた。ガラスの破片が飛び散り、部屋の中にあろうはずのファイルや時計がホールには落ちていた。

「ようやく、本拠地に、いや、原点に戻っていましたね」

原田ら三人との戦いの残骸が生々しく残る。ガラスの破片や割れた文房具……。まだそこにいた頃が大昔のように感じられる。経過した時間は二日とちょっと(現実には二時間程度)だが多くの敵や同志が死んだ。

それは戦争の無い時代を過ごしている竜哉にはひどくやり場の無い虚空間を与えた。

仲間も敵もどんどんいなくなっていくのだ。

しかし、今はニヒリズムに浸っている余裕など無い。

「山岡さん、こ」

「し、静かに」

鉄舟は口の前に人差指を立てた。

そのまま竜哉の近くに寄ってくる。

自分画は仕掛けたと同時に何度敵の襲来が重なり、発言を止められたことだろうか。

「すみません、大将。人が減った今、これから声の響きが生死を左右します。現に四階から何名かの声が聞こえます」

ひそひそと空気を僅かに振動させて話していた鉄舟はいったん間を置き、四階からの僅かな音を竜哉に聞かせた。

「この階にだって敵が潜んでいる可能性はあります。隠れていたらこちらから見つけるのは困難ですが、せめて我々の居場所は隠しておきましょう」

「はい」

竜哉はもう一度耳を澄ませた。

確かに四階から低く太い声がする。大川のものらしい。

ここで迎撃してやりますか? と、声には出さずに鉄舟の目に効くと鉄舟は頷いた。

形勢が不利な側はなるべく整っていない環境を選ぶもので、やや広いホールではなくガラスの破片の山を越えて、原点である会議室に向かった。

敵が来たら、ここで食い止める。

会議室はゲリラとの戦闘と捜索によってぐちゃぐちゃになり、文房具や書類が床に散乱している。ものであふれているせいでゲームが始まった時点より狭くなった気がする。

この狭い場で一対一にもちこし、囲まれはならない。

……後は耳を澄まして来るのを待つのみ。

竜哉と鉄舟は目と目で会話をした。

声はまったく出ていない。

 

(続く)

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