これじゃ仕事のための休みじゃねえかよ!
自分は休みのために仕事してるのによお!
うわーん、
わーん、
ひっく、ひくひくがはは、がっはははははhaa!
どうも、日常生活に必要な笑いの量を観測している三文享楽です。
シュールでカオス過ぎたら、変人扱いされる。
根はクズ、みたいな笑いがちょうどいいんですかね。ああ、笑い島(こちら)の世界ではなんでもありです。
だって、適度なカオス島ですから。
これまでの『笑い島』→『笑い島』1、『笑い島』2、『笑い島』3、『笑い島』4、『笑い島』5、『笑い島』6、『笑い島』7、『笑い島』8、『笑い島』9
この小説は全20回の連載予定です。
気が向いたころに来ていただければ幸いです。
『笑い島』10
3の続き
無意味なことをして、それを楽しんで日常としている。
さらに気付いたことではあるがこの島の人間は皆よく眠る。
いつかトイレに起きたことによって夜を歩くという経験したのだが、夜更かしをしているものなど一人もいない。外へ出ても虫の鳴き声くらいしかないのである。太陽と共に寝て、太陽と共に起きる。考えてみれば当然なのだ。電気がないのだから夜に明るい中起きることもない。月光と共に起きていたところでやることなど何もないのである。無理してすることもなく必要すらない。だから眠い。時計がこの島にはないのだから今までの時間概念で適当に考察していくしかないのだが、五時から七時に日が暮れたとしても日があけてくるのはまあ五時ごろである。となってくると布団に入るのが十二時間として、十時間は眠っているだろう。十時間も眠っているのだ。その分、太陽の光あるとき大事にしていた。外で昼寝をしているかは今のところ外出していないのだから知ることもできなかったが太陽と共に過ごしているのでは確かだ。眠り過ぎると、寿命が縮まるといった研究をまだここに来る以前に詠んだことがあった気もしたが、ここでの自然との暮らしでどうしても不健康とは思えなかった。
十分な睡眠をとって外へ出て行く。勿論、本睡眠の就寝起床ということに関してならば僕も例外ではない。同じ夜の時間を眠りによって消化していた。それに加えて、身体の調子が元に戻らない故の昼間に行われる睡眠なのである。嘗て発熱した夜ほど、テレビを見たい誘惑に駆られたことは幾度もあったが、ここでは僕に夜更かしを誘う文明の力など一つもなかったために強制的休養で体はどんどんよくなっていった。
まら、ばぶう一家を見て早く外に出て、この島を見てみたいという欲求が気に紛らわしただろうというのもあながち嘘ではあるまい。
春雨と添い寝をした日の午前中はいつも通り床の上で過ごした。口の中で明らかに何かを食べながら僕の分の昼食を運んできてくれたばぶうになんで食いながらやねんとツッコンでいつも通り食事を獲ると、ばぶうの勧めもあって午後は外出することにした。
家の中でも歩いて、トイレには容易に自分の力だけで何回も行けるようになったので、地上の方も苦労なく歩き出すことが出来た。ただ、誰も何も言わず三日間そこに置き去りになっていた花柄のサンダルを結局、僕が履くことにはなったというのもある。トイレに行くときはばぶうが中にいたから大抵紺を履くことができていたのだが、午後外出の話が決まった途端、ばぶうは何も言わずそそくさと外に出て行ってしまったので花物を穿くしかない。何となくで履かなかっただけであるから別にこれで良いのだが。
「あれ、久々に歩き始めた人みたいな歩き方じゃない?」
少し歩くと、ばぶうが止まって待っていた。
言われてみるとやはり僕はしばらく歩いていなかった人間並みの歩き方をしていたのかもしれない。久々の大地の感触を味わっていると随分と差をつけられていた。一応、早歩きをしてみると痛みがはしるということもないと確認できた。
トイレに行くだけでは気付かなかったが、両脇に高い木の生える砂利を少し進むとすぐに道は拓けて広場につながっていた。三日前の朦朧とした記憶などもはやほとんど残ってはいない。広場に行くまでに外見上もばぶうの家とほぼ同じような造りの家を二、三過ごした。ここを通過したと思えば記憶にないでもない。
「みんなここで仕事をしているんだよ」
隣にいるばぶうがまともな顔をして言う。
広場には草や木が生えておらず質の良さそうなやや湿った土が広がっている。その拓けた状態が向こうまで広がって周りをやはり木と石でできた平家が取り囲んでいた。道も広場もコンクリートで舗装されることはなく、もちろん電柱や家と道を区切るといった柵も全くない。ここからが誰の土地といったような区切りの概念は全く見られない。散らばる一軒家の様子は僕が住んでいた場所よりも嘗て家族や少数の友人といった田舎の山景色と類似していた。見える限り起伏があるわけでもなく人々が踏み固めたようなその場所には泥が広がり、置いてある椅子や机に剥き出しの材木の集まりとどれも茶色の体裁である。
「おはよう」
「おお、ばぶうじゃねえか。あ、それが新しく来たっていう」
広場を進んでいくと薪を割っている二人を発見し、ばぶうから挨拶していった。比較的歳のいった風の男と幼い少女が手を止めて僕らを見ている。二人ともばぶうの一家や、えんぴつ魔人といった僕がここへ来てから見たどの人間もが着ているような半袖半ズボンでなく、作業服でもないが作業服のような大きめの緑色を全身に纏っていた。石の台にはちょうど半分になった木の半円柱みたいのが乗っていた。
「謝罪(しゃざい)さん(さん)だよ、よろしく」
「私は遠井(とおい)最寄(もより)」
むうむん? また名前らしくもない名前を言われた気がした。気がしたではない。ばぶうやピンハネ嬢といったおよそ名前らしくもない名前が存在するこの島においてそれは幻聴ではなく自分の耳を信じていい現実である。だが。少女が遠い最寄りみたいな矛盾的名前を発したのは分かった。だが、斧をもったこの男の方にに関しては他の人間を紹介してはいなかったか。いや、でも常識ではないのだ、信じろ。名前らしくなくても名前。
名乗られたら普通名乗り返すように、僕も名乗るのだ。
「血液検査です。よろしくお願いします」
そう、事実だけ見れば僕自身も異質だ。たとえかつて、他の名前で呼ばれていたとしてもここでは島の住人の異質さに漏れない。薪割の二人ともニコニコしていたし、およそ名前っぽくもないここでの自分に平生気後れして名乗れない僕も自然に挨拶を返していた。
「ううん。ばぶうともなかなかいけそうな様子じゃないか」
年取った男は斧をぶらぶらさせて言う。こちらは立ち上がっていて、少女の方がしゃがんでいるのだから力の常識的にも薪を割っていたのはおそらくこの男の方であろう。
「まだ何もやってないから分からないよ」
「そうかあ」
いや、何の話やねん。最寄と名乗った方の少女は僕とばぶうを交互に見ている。
「今のところ二人でいる限り、僕の方がボケが強いかね。いつも通りベタでもないし、やっぱり血液検査も強くくる感じじゃないからね。ニキビスター(にきびすたー)と雰囲気が似ているかもしれない。多分、ゆるいツッコミ主導型で入って僕のボケがふりまわしていくみたいな」
「うん、まあやる前の状態だ。色々試してみるのがいい」
「そうだね、最寄も新しいネタ考えておけよ、じゃあまた」
ばぶうが手を上げると、二人も振り返って、仕事再開のモーションに入った。なれなれしいような気もしたが、僕も手を上げながら会釈すると、二人とも同じように手を上げて、少し前ではなく後ろに体を反った。どういうことや。
広場ではこの島のほとんど人間が働いているようである。野菜を洗ったり、洗濯をしていたり。みんな僕らが近付くと、何かしら話しかけてきて、何かしら変なことをやってまた仕事に戻った。
あちらこちらから歌声や笑い声が聞こえてくる。
「まあ、基本的に午後になればみんなここで働いて、その日に自分がやりたい仕事をするんだよ」
「自分がやりたい仕事?」
「そう。この島の外ではやるべき仕事っていうのが決まっているんでしょ? ここはまあ、洗濯や料理は常々やることとして毎日それぞれがやってさ、あとは裁縫をしたり、机や椅子とか物を作ったり、薪など足りないものをそれぞれ補充したりするんだよ。本当にたまあに家や船の修理なんかしてさ。仕事はたくさんあって毎日変わる。で、それぞれその日自分がやりたい仕事を好きなときにするんだ」
「自分のやりたい仕事でいいのか。いや、でも、流れ作業みたいにさ野菜だけを毎日洗う人、切る人、炒める人とか専門にやったほうが効率はいいんじゃない?」
「ううん。効率いいっていってもそれじゃあ楽しくないじゃない。毎日毎日決まった仕事っていうのじゃさ。分業っていうのは能率が上がる分、差別が生じる根源だよ」
それはそうである。プロといわれる人間は必ずどこかで人間的欲望を押し殺している。一つのことばかりを磨けば光るかもしれないが途中で必ずもやりたくなる人間としての興味をやり過ごさなければそれはなせない。でも、
「好きな仕事でいいといったら取り合いになったりしない? さっきの薪割りが楽しそうだから毎日自分は薪だけを割っていていたいみたいな」
「それはまあ、みんな毎日他の仕事やろうみたいな感じになっているから大丈夫だよ。一つの仕事が続かないようにローテションもしてさ、みんなが違う仕事をやろうと意識している」
「それで、そんなうまくいくものなのか」
「それに、みんな何も考えていないんだよ。別に仕事として何も考えていないから疲れない。義務じゃないから気張ることもなくね。そんなことよりみんな毎日仕事のためじゃなくて、夜の宴会のために生きているから」
「宴会?」
洗濯物を干している老若男女の歌声が聞こえてくる。
「夕方にやる大宴会のことさ。血液検査も、今日はもう外に出られたんだし、それに出られそうだね」
「夕方の大宴会? なんだいそりゃ」
「実際血液が来たからさ、二日くらいは中止していていたんだけど、毎日その日その日の終わりに島民全員が集まって行われている大食事会のことさ。といっても朝も昼もみんなで食っているから大して変りないけど外では近所のみんなで集まって食べるということすらも減ってきているんでしょ? ここでは夕飯はみんな同じときにここで食べる。食べたいだけ食べて飲みたいだけ飲んで、それでまあ、お互いのネタを見合う」
「ああ、そうなんだ。ふうん、え、て、てかネタ?」
「そうだよ。芸人が毎日前に出てネタを披露するんだ」
へえ。
こんな人数の少ないところにも芸人とは存在するものなのか。
「昨日からまた始まったんだよ。少し昨日は夜がうるさかっただろ?」
「ああ、三人が帰ってくる前の話かあ。寝るときのあの衝撃で忘れたけど、そういや流れ豚が海岸に振ってきたのだろうかと君は言っていたよな」
「え?」
ちょうど広場のはじまでやって来たところで林に入る前にばぶうは止まって笑った。
「流れ豚って、何それ?」
「いや、自分で言ってたんじゃん。なんだか外から聞こえてくるような気がするというようなことを僕が言ったらさ、すごく変な間をとって、ああ、この島には夜近くなってくるとたまに豚が降ってくるだとか、何だとか。僕は全く信じてはいなかったけど」
そう。言っていた。確かに。はっきりとそのことまで思い出してきた。
「そんなこと言っていたっけ? いや、覚えていないけどくだらなすぎて面白ッ」
歩くのも止まったので、ばぶうは僕の正面で本気で笑っていた。こんな笑っているばぶうというのもなかなか見ない気がする。いつもは顔の端に笑みを浮かべるという程度であったが本気で呼吸のリズムを崩している。しかし、徐々に冷めてきたのか、わざとらしいいつも見るような笑いになってきた。
「いやあ、ワハハ、わーはは。血液検査は本当に面白いことを思いつくなあ」
「だから、僕が言ったんじゃないってば。自分で言ったんじゃん」
はあ、面白いとまだ続けていたがあからさまに僕にぶっとんだボケをおしつけるというようなボケをしているのかが分かったのでツッコミ過ぎないようにした。自分でボケスベリ倒しておいて、他人がやって自分は全く蚊帳の外のような立場に急に避難してわざとらしく笑っているという技をばぶうが使いこなしていることをここ二日で分析していた。
だが、どちらにしろ、そのみんなが毎日楽しみにしている宴会にばぶうは昨日出席せずにずっと僕相手にボケ続けていたのは確かということである。
「じゃあ、昨日のは僕のせいで参加できなかったのか?」
笑ってばぶうは黙り込む。
口をわざとらしく閉めて、斜め下で視線が止まる。また、社会の窓が開いていたかも気になった。が。そういう顔でもなく、明らかに何か考えている。
「だから、それ以来だよね――」
――僕らの仲が悪くなったのは、とまで言うと、ばぶうは急に僕の右腕を平手で叩いた。にやりと目を合わせて、すぐに進んできた広場から見て左の方へ駆けていく。反射的に悪戯っ子の目となったばぶうを確認すると僕も思わず追いかけた。いや、ていうか昨日まで寝ていてさっき久々に歩き出して言われるまで歩く速度の遅くなっていることすら気づいていなかった病人がこんな駆けていいものだろうか。
まあ、いいのだ。深く考え込もうとしたのを中断して、僕は何も考えずに追いかけた。懐かしい。ああ、懐かしい。笑って叩かれて逃げられたから、また追いかけて叩こうとする。忘れていたような、何か。
小学校の時にはみんな無邪気に駆け回った鬼ごっこ。いや、鬼なんていうものはどうでもよかったのだ。ともかく何も考えずに駆け回りたかった。それなのに、いつからだろう。僕も含めてだ。急に冷めた目つきとなって大人になれよみたいな顔して走り出すことを排除するような顔になったのは。僕だって本当は走りたかったのに。中学校のときクラスの一部の人間に冷めた目で見られて、取って返したようにそれまで一緒にはしゃぎまわっていた仲間を冷めた目で見たのだ。それから何年も経ち、そういった感覚も全て忘れた。だが、今になって僕は叩かれて逃げられた。だから追いかけている。
それも僕より二つしか歳が若くない男を。
左に抜けると、ばぶうの家から広場にかけて続いていたような路になった。右側に背の高い木々がまた広がる。違うのはまだ少し広場に近いため、左手には家々がいくつか見えるということであった。同じような砂利道の景色が続く。途中に野菜や果物の皮が捨てられた貝塚のようなものも見える。
なおもばぶうは止まらないので、更に追うと、家も木もない拓けた場所に出た。懐かしい匂い……一面に一色で染まる田んぼに柵が設けられた草原である。柵の向こうの草原は遥か向こうまで続き、この草っ原が島であることを感じさせない。そういえば、一体この島は広いのか。まだ、逆側の世界の果て海への接触具合というものを知らなかった。
疲れて歩き始めるとばぶうも速度を落としたので、次第に追いついてきた。
「あそこが海だよ。いくつか舟も泊まっている」
追いついた証に、ばぶうの尻を軽く叩くと、前には確かに海が広がる。
「舟もここにはあるんだね」
「うん。本当に漁業用の簡単な木の舟さ。遠出して大波でも来たらすぐに沈んでしまうそうな造りなんだよ」
土の種類が変わってきて、砂利が増え始める。そういえば、こんなに海の近くの田んぼで潮の被害はないのだろうか。見ると田んぼまでは何もない空間があるから平気と言われば納得出来てしまう僕である。だが、ひどく現実離れしているような。んんん。意識に働きかけてくるような、なんだこれは。海鳴りと、海の臭いか。ああ、
この海。海の水を超えて……向こうには今までいた世界
「大丈夫?」
ばぶうが寄ってきて背中をさすろうとしていたので手で拒む。気付いたら嗚咽がこみ上げて、蹲ってしまっていたようだ。背中に手が当たり、えづいたが吐くには至らなかった。さすられることは吐く分にはいいが、我慢ができなくなる。さするのを拒むためにその手を取ってからしばらく鎮めるために握っていた。
「ごめん、まだ来るべきとこじゃなかったみたい」
「いや」
僕が言わなくては。
僕しか今ここでは笑いをとれないはずなのだ。
「いや。いやあ、海を見たら急にエビフライが食べたくなっちゃってさ。お腹空いちゃったからちょっとよろけちゃったみたいなんよ」
本来つらい立場である僕がふざけなくては。あくまで被害を受けたのは、僕であるのに客観的にそれを述べて超越したようなその態度に笑いは起きる……はず。
それを聞いたばぶうは最初僕の眼を少し観ていたが、すぐに口だけでまず笑い、わざとらしくそういうことだったんかいと軽く僕の腕に逆手を当ててツッコンだ。
「そっか、そっかあ。もう休もっか。いっぱい走って疲れたしね。急に血液検査が走り出したからびっくりしちゃったよ」
「ええっ、え。あれえ、急に走り出したのはばぶうじゃなかったっけ?」
まだ、僕に体を張らせるか。休んでいた体に鞭打って走ったのに、それを言われれば少し起こるのだろうが、僕の気持ちを分かっていながらの理不尽なボケに笑ってしまった。
もう気付いてから表情などこれっぽっちもなく、いつもの何もない顔になっていた。
「そろそろ戻ろうか。夕方の大宴会が始まるのにもうボチボチ準備にかかっている頃だろうしな。あ、戻るって勿論大宴会よ、今日は家でお眠なんてことはない」
そう。寝るのではなく、大宴会というものに出るのだ。
一体、どういったものだろうか。
同じ道を今度はゆっくり帰っていった。木々を見て田んぼを見て。牛が何匹か柵の近くまで来て寝ていたので随分間近で凝視した。牛をこの近距離で見ることなど何年ぶりであろうか。僕が目蓋を閉じるのも忘れて固まっているとばぶうは隣でおい、ステーキなどと言っている。いやあ、なつかしい。とにかく。
左に曲がったところで右を歩いていたばぶうが曲がろうとせず、反強制的に進み、余計に歩かされた。まあ結果的に島の様子はさらに分かったというのもあるのだが。体は疲れているはずだけれども、特に疲れているとも感じさせられなかった。
まだ、明るかったが、広場に戻ると太陽は結構傾いていた。
先程まで外で洗濯をしていた者や薪を割っていた者たちも片付けの準備をしていて、むしろ野菜洗い場や調理場には人が増えていた。また何人かは見覚えのあるような椅子を運び出してきている。
「外で食べているわけだから、毎日近くの家から椅子や机を運び出すわけよ。僕らの家までと行かなくても椅子は仕事場になっているこの辺の家にある。この辺りの家にはこういう毎日の食事用、あるいは内職用に結構貯めてあるから取りにいこう」
「おーけい」
戻ってきてからの少しの間にどんどん昼間とは違った景色になってきている。机が置かれるとすぐその周りに椅子が設置され、机の方にも休む暇すら与えられずに皿に箸にと乗せられていく。覗き込んでも何も乗っていないこれは取皿であろうか。
準備が整え終わりつつあるが三日間休ませ続けてもらった恩も感じて早く手伝いに参加しようと最初に入った二件の家からは既に椅子は全部運び出されていた。三件目にして見つけた背もたれのない簡単な作りの丸椅子を左右の腕に携えつつ出してくると机の上には取り皿や箸だけでなく大皿に乗った野菜炒めや焼き魚、煮物などが設え終わっていた。よく見れば取り皿や箸の分だけ近くにはガラスではない陶器のコップも用意されている。そこにまだ名前も分からないニコニコとした中年の男がビンに入った半透明な液体を次々と注いでいっている。笑みとそこにある料理的に鑑みるにそれは肴であって、そこに注がれているこの液体こそ酒のようである。
何人かが椅子に座り始めた。一人が座るとその周りに周りにと増殖をし始める。観察すると悪いと思いつつ初めての状況だからいいのかと自分に言い訳しながら眺めているとみんな席へ着いたものは掌をこすったり、箸を手で弄んだりして今日の料理を見回している。
だが、よく見れば皆体の向きがこちら方面に向いている気がする。
そういえば、
なるほど。背後を確認するとそこには土盛りされて木の柵で区切ったステージがある。机の位置にも拘らず、向き合うことなく舞台側にある椅子に腰かけた者が今いる僕の方へ向いているのはそういうことであろう。ばぶうが昼間に言っていた芸人が出てくる大宴会とやらが始まるということに違いない。最初は誰もが僕に注目しているような錯覚に陥り、じっとしていられないような状態になったが舞台が背後にあることに気付くと向こうの方に中途半端な知り合いがいて手を振ってきたから振りかえすと後ろの知り合いに手を振っていったことに気付いたという状況に似た恥ずかしさが訪れた。
「席はどこでもいいから」
「あ、そうなの」
僕はついさっきまで三件目の家からここまで僕の手元にあった勿論まだ誰も座っていない椅子に座った。机を背にしてステージに向かった前から二列目の席である。
「そう。席はどこでもいいから」
「うん、どこでも。て、おい」
僕の膝上に乗ってきたばぶうの脇腹を抱え隣に同じく僕の設置した椅子に移動させる。
見れば小高く土盛りされているステージの背後にあたる部分には木の敷居が立てられて、トイレにある覗き見看板のようなちょっとした飾り付けがなされている。ステージ脇を見ると、コンクリートでも木でも舗装されていない自然にできた土の階段があって、二、三人の男が立っている。一応あそこが舞台裾になるわけであろうか。ネタの打ち合わせでもしているのかもしれない。
「おう、ばぶう」
「どもお」
「あ、血液さんね。ういっす」
まだ名乗りあってもいない男であったが僕の名前は知っているようで会釈をすると机を挟んでステージに向かった前の椅子に入った。ほぼ会場は埋まってきていた。料理も一つの机に二皿、取り皿は四枚でそこにそれぞれ酒の入った陶器が乗っている。
「どおもどおも」