聖徳太子っていなかった?
最近の歴史の定説についていけてない三文享楽です。
本当の歴史好きって何なのでしょうか?
過去の記録や書籍を元に歴史は読み解かれ作られていくわけですが、本当の歴史など分かりません。だって同じ出来事でも人が違えば捉え方は違うし、記録者の恣意的感情を排除しても、解読者の先入観を排除しても、どうしても一方的な見方は生まれてしまうはずです。
多角的な小説過ぎても面白くないし、一方的過ぎて中立性のない文学も批判されがちです。一方的視点の小説を何種か書いて結果的に多角的になっても、そこまで読めないし言い訳がましくては面白くありません。さあ、そんなジレンマに落ちたら小説なんて書けませんよね。そう悩んだ時には、
アミューズメント施設、歴史の海に行ってお祭り騒ぎです。
前回までの内容⇒『歴史の海 鴻巣店編』1、『歴史の海 鴻巣店編』2、『歴史の海 鴻巣店編』3、『歴史の海 鴻巣店編』4、『歴史の海 鴻巣店編』5、『歴史の海 鴻巣店編』6、『歴史の海 鴻巣店編』7、『歴史の海 鴻巣店編』8、『歴史の海 鴻巣店編』9
この長編小説は全15回の連載予定でございます。
『歴史の海 鴻巣店編』10
11の続き
鉄舟は鋭い顔をしたまま、少し歩くペースを速めた。
すたすた歩く鉄舟を見て先程の話題を再び持ちかけようとした竜哉であったが、さすがに自分の身を案じて真剣になっている鉄舟に絡むことは気が引けた。
早めたペースは例の職務室のドアの数歩手前で止まった。
「大将はお待ちを……」
鉄舟は右手を柄にかけるとゆっくり鍔を切った。
脳髄に語りかけるような無機音がする。
ドアの二、三歩手前まで来た鉄舟は自分を指差し、剣を見せて、部屋の中を指差し自分が斬り込むとのジェスチャーをした。
竜哉は思わずOKのサインを親指と人差し指を使って出したが、幕末期に生きた鉄舟に無論分かるはずもなかった。
鉄舟はとりあえず大将が反応したのを見届けるとドアに向き直った。
四歩の距離である。
鉄舟は突然その場で音を立てて三回足踏みをした。右手には刀が握られている。
そのまま二歩進むとそこでまた音を立てて、その場で足踏みをし始めた。
「ふんっ」
丁度ドアの向こうで空気を斬る音がした。確かに空気を斬る音と共に意気込むような声も聞こえた。鉄舟がドアの二歩手前で一歩、二歩で三歩目の足踏みをする瞬間に起きた出来事である。
空気を斬る音がした後、長い沈黙が起きた。長いといっても緊張によってそう感じただけであってほんの二十秒ほどのことである。
「くあっ」
「ふんっ」
鉄舟が左足を一歩後ろに下げるとドアから髪が長く目つきの悪い男が出てきた。男は剣先と目標となる相手の心の蔵だけを渾身の力で睨んでいる。
鉄舟はその姿を見て思わず叫んだ。
「ま、前原君」
刀と刀のぶつかる音は二回ほどしたのだが、鉄舟の呼びかけですぐに止んだ。
鉄舟の声で竜哉も気付いたのだがそれは前原一誠であった。
普段の温厚な顔、といっても最初の会議室での温厚気味な顔と比べると全くの別物でそれは獲物の急所のみを狙う目付きであった。
「山岡さん、大将」
よく見れば一誠の服も前が黒く汚れ、所々破けている。
「他の二人は?」
一誠はゆっくりと顔を上げ、鉄舟を見返したのだが何も言わずに首を横に振った。
「やはり、私達と分かれた後色々あったようだな」
鉄舟の言葉が聞こえて故か、一誠はただ黙って一点を見つめている。
何かを思いつめている表情そのものであった。
竜哉はあわてて手帳を出したが、近藤長次郎の隣にも富山弥兵衛の隣にも×印は付いていなかった。
「い、一緒に、一階に行ってもら…」
一誠が口を開らき話し出したそのとき、またしても金属と金属のぶつかり合う音が響き始めた。
しかも、それは職務室を出たところの廊下にいる三人からは丸見えとなっている階段から聞こえた。
「ぎょあー」
悲鳴と共に階段を駆け上がる音がだんだんに大きくなっていく。
三人の目は階段に釘付けになっていた。
視界に入る何本もの赤い消火器が目立つ。
確実に誰かが来る。
「くおーー」
最後の悲鳴と共に現れた男はもはや男自信が獰猛な獣のような顔であった。
「近藤さんだ」
竜哉が叫ぶと同時に一誠と鉄舟は走り出していた。
長次郎は長次郎でようやく四階まで逃げてきたにもかかわらず竜哉の声と正面からやってくる何かの勢いに押さればたりと転んでしまった。
更にそのとき敵も階段から顔を出していたのである。
「待てー。どうせ逃げられねぇぞ」
「おい、左之助!」
追っ手は二人とも四階の廊下に姿を現した。そして少なくともその中の四人は大変な顔見知りであった。戦場のライバルとでも言えば格好もつくであろうか。そして、丁寧にどの動きも止まったのである。
倒れた長次郎と追っ手との間に抜刀した一誠と鉄舟が立ちはだかった。
「原田左之助、大伴弟麻呂。現れたなぁ」
竜哉が倒れた長次郎の元に駆け寄りながら叫ぶ。
「ひどく服が汚ねぇじゃねぇか、おめえら」
「おかげさまで」
原田が中段に構える。
一誠は中段に構えていたのだが、左手を離しだらりと右下に。右手だけで構えなおした。顔の表情は一切変えずに空中の一点を見つめている。
「おい、あいつ、やばいぞ。隣にいるさっきのもやばいし……」
それからの動作はそれぞれが真に迅速であった。
一誠が走り出すと同時に、後ろの大伴、それに続き前の原田が階段へ走り出した。
一誠も階段の近くまで追うと深追いをせずに足を止め、竜哉のもと、というより長次郎の下へ駆け寄った。
「長次郎、大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。どうってこと無い」
竜哉が手当てをしようと全身を一応確認したがどこにも出血などは見当たらなかった。紙一重で服が裂け、破れた所から腕や腹部のあざがのぞかれる。
「弥兵衛はどうした? 弥兵衛は?」
「……」
長次郎は一瞬顔を上げたが、すぐに下を向き首を振った。
「く、くそ」
竜哉は一誠と長次郎の苦虫を噛み潰したような顔をしっかり見た。
「一階で何があったんですか?」
「……」
「前原さん!」
「……離れ離れだよ。今思えばあれは罠だったのかもしれない。気付いたときには逃げ道を塞がれていた。戦うにも相手が五人もいたんだ」
一誠はその顔の暗い部分がその悔やみ出会ったかのように一気に口から吐き出すと多少顔に血色が戻った。
「弥兵衛を置いて逃げてしまったのだ」
ピピー、ピピー、ピピー
「うおっ」
その場の四人全員が声を上げた。
感情高ぶる雰囲気の中の機械音は実に無機質で冷静さを取り戻させるか、更なる感情の衝動を煽るかである。
そして、最悪の予想というものは当たるものだ。
富山弥兵衛の名の左に×印が付いていた。
一人の同志を失った。
竜哉にとっては最初に顔を合わせたあれが最初で最後となってしまった。
まだ身近に永眠した人の経験を持たない竜哉は改めて人の死というものを実感した。悲しみのほか、人間の命の虚しさを知ったのである。
「大将、どうしたんです?」
鉄舟が聞いてきた。
一誠は口を利けないほど、呆然としていた。
「と、富山弥兵衛。天命見事に全うしました」
ドラマ『新選組!』を思い出しながら、大将は叫んだ。
予想通りの沈黙がながれる。それは黙祷に変えた沈黙のようでもあった。
「た、大将」
しばらく続いた沈黙を破ったのは、うつぶせに倒れていた長次郎であった。腕をつき、身を反転し、半身を起こして、また固まった。
「我らに起死回生の一手はありますかね?」
竜哉は一誠と鉄舟が一瞬ぴくっと動いたのが分かった。竜哉自信すぐに自分たちの勝利を考える長次郎が多少不謹慎に思えた。
それを知ってか知らぬか更に長次郎は続ける。
「富山さんは我々の勝利に少しでも近付こうとするがために斥候としてその命を全うした。私と前原さんもそれについていき今、生きている。富山さんの思い描いた我々の勝利のために動くのは当然です」
竜哉は目を瞑ってそれを聞いていた。
一誠も鉄舟も反論はしていない。
これからが大将である竜哉の仕事で、采配一つで今後に深く関わっていく。
「まだ…」
大将が口を動かすと、同志たちの顔が上がった。
「まだ、我々が戦況不利になったわけではありません。む、むしろ今まで離れていた我々の心が弥兵衛さんによって一つになった気がします」
大将は同志たちの顔を一人ずつ見ていく。
「最初……」
竜哉は一度息を飲み込む。
「最初に我々がいた会議室に注目できる資料がありました。おそらくこの建物内には爆薬が隠されています。火薬入荷の書類がありました。そして、おそらくそれは五階にあります」
竜哉は人差し指で天井を指した。
「普通、爆薬という危険物がビルの最上階にあるとは考えられません。どこか別の倉庫に隔離されているものです。でも、この建物少し特殊なんです。ここ松山金属会社では一時的に爆薬を保管できるシステムがあるに違いありません。まず、壁を見て下さい。三階と比べ若干壁質が厚いように感じませんか?」
竜哉が壁に歩み寄り叩くと、肉のはじける音だけがした。
「次に消火器の数です。ここのホールに異様に赤いビンが多いと思いませんか? 全て火を消すための消火器というものです」
竜哉はもう一度音の響かない壁を叩くと、階段のほうまで歩いていった。
「最後のこの貼り紙です。エレベーターの脇に『火気厳禁』なんて注意事項が書かれているのは見たことがありません。『この先絶対火気及び引火の恐れのある物持ち込み不可』とあります。どうしてでしょう? 五階に爆薬がねむっているとは思いませんか?」
長次郎も一誠も鉄舟も呆気に取られ聞いていた。
さすが大将という気持ちがあるのだがここまで考えられる大将とまでは見ていなかった。
しかしそれは無理もなくとうの大将自身もすらすらと出てきた分析論に驚いていた。
「弥兵衛さん、ありがとう」
竜哉は無意識に口に出していた。
「ふぐっ」
上泉の一刀が弥兵衛の右脇腹をすべった。
既に全身に数十箇所の刀傷を負っている体は左に揺らいだ。
「チィエッッ」
自分の右腹を斬りつけた刀を叩き落すと半回転し迫ってきた鎌田の刀を左から右へと渾身の力ではじいた。だがそれは、はじくというより横一文字に斬るという表現のほうが近かった。鎌田の刀は真っ二つに折れ飛んでいった。
しかし、弥兵衛にその無防備となった獲物の追随を許すことなく右方から刀が襲いかかってきた。
どうにか四十五度の回転には間に合ったのだが、剣を操るまでには至らなかった。
「ごぶっ」
真正面から宇佐美の刀は弥兵衛を貫いていた。
「ふぐっ」
更なる刀は先程の右腹の傷にいっそう深く入り込み、背中までを追った。
吐血を最後の力で宇佐美の顔にかけるとそのまま前に倒れこんだ。
倒れる寸前に体に刺さった刀は抜き取られ、宇佐美は赤い顔で後ろに引き下がった。
「恐ろしい男だ」
上泉信綱は納刀も忘れ、下に倒れこんだ先程までの動き回っていた一固体を見下ろしていた。
「初めてこんな男と一戦を共にした気がする」
「きっとでかい肝であろう」
間もなく、富山弥兵衛は死亡という形でゲーム内から消滅した。
12
いち早くその部屋に辿り着いたのは一人行動の男であった。ただ男はどうした訳かそのぶつを取ろうとはしない。そのぶつを目当てに入ってきたかも分からない挙動であった。
前原一誠を先頭に鉄舟、竜哉、長次郎と続く一行は五階に足を踏み入れた。五階はやはり特別なのか他のフロアーとは異なった造りになっている。
壁が厚いせいか歩く音や声が響くことなく重厚な造りに吸収され、じんわり無音の恐怖を与えてくる。音がない分不意の攻撃にも備えなければならない。
「大将。そのぶつは何処にあるのでしょうかね?」
先頭を歩く一誠が前を向いたまま少し大きめの声で言う。
「うぅん」
竜哉はあいまいな返事をした。
事実、本当に爆薬があるという確証もない。
階段を上がり、五階に辿り着いたもののどこにねむっているかなど分からずとりあえず一誠を先頭に歩き出したのだ。
三階にも四階にもあった全く同じ間取りの仕事場はやり過ごした。
もし爆薬が五階に保管されていても多くの職員が働く仕事場には保管しないだろうという仮説のもとでのシカトである。
そこを無視すると必然的に左に見える廊下へ進むこととなる。小さな部屋がいくつか並んでいるがぶつは何食わぬ顔で潜んでいるのであろう。
その廊下に踏み込んで間もなく鉄舟が先程の質問をしたのだ。
大将の竜哉により、ぶつの探索を始めたのだから、その探索指示は勿論竜哉が出さなければならない。
だが竜哉にもまったく見当がつかないわけである。
弥兵衛の死からチームの鼓舞の際には長次郎の言葉を機にすらすらとそれらしい言葉が出てきたのだが、今になると何も思いつかないし手掛かり一つない。
これといった目標もなく、一行はカタツムリ並みの速度で進んだ。
先頭の一誠も大将の明確な指示を聞いていないためにどんどん進んでいくわけにもいかない。
そのまま歩き続けた一行は遂に行き止まりまで来ていた。
「結局、それらしいものもなくここまで来てしまった」
「また、退きかえしますか?」
「うぅん」
「ちょっと、待って下さい」
階段方面へ戻ろうかと方向転換した三人を鉄舟が止めた。
立ち往生する先頭の一誠と竜哉の前に進み出て、一誠とドアの間に立った。
「これは火薬の臭いです。間違えありません……昔、ひどく記憶の片隅にあることなのですが、青く向こうまで広がる……そう、海です。海に黒く大きな黒い塊があるのを見ながらこの臭いを嫌というほど嗅いだ覚えがあります」
鉄舟は一誠でも竜哉でも一番後ろにいる長次郎を見るでもなく、どこにも焦点を合わせず遠い記憶を見ていた。
「じゃ、じゃあ、入りましょう。ここにありそうですね」
現実の記憶を思い出し、現在とのパラドックスでまたややこしくなると思った竜哉は鉄舟を押し退け、ドアノブを握った。
ドアを引いた瞬間、爆発!
……ということもなく、引いても開かないドアが押しドアであることに数秒経って気付き、普通に押してすんなり四人は侵入した。
ドアは部屋の左隅に位置していた。進入後部屋は右に広がる。
目に入ったのは今までのような机や椅子ではなく無造作においてある段ボール箱であった。
「この部屋だ……」
適当に入り込んだ部屋だが、直感でこの部屋に隠されていることを悟った。ドラマでも映画でもテレビゲームでも目指すものというのは奥のほうに何気なく、そして一風変わったような所に隠されている。独特の雰囲気を読むのは長年のゲーマーとしての経験値でもある。
「大将、じっとしていてください」
「いや、俺が先に行く。山岡さんは大将を守っていてくれ」
独特の雰囲気は全員が感じ取っており面持ちが変わっている。
部屋は広かった。こんな左隅に出入り口があるだけのはずはない。窓の開いていない部屋なのにカーテンが揺れ動くはずもない。そこかからただならぬ殺気が漂ってくるのだ。
竜哉は自分自身でも危険であると察知し、おとなしく鉄舟の陰に隠れていることにした。
一誠を先頭に長次郎が続いて隣を通り過ぎる。
ダンボールはそれこそ無造作に置かれており、船の輸出入コンテナのように端から整然と並べられているという竜哉の想像とはかけ離れていた。
ダンボールのいくつかからは中身が出ている。書類であったりファイルであったりと、取扱説明書の類であろう。
一誠はダンボールに近付き上から覗いては、ふたは開けずに遠ざかりを繰り返していった。どのダンボールにも「松山金属会社 五階」と貼り紙が付いているのみだ。長次郎も無言で着いていく。
(続く)