三文享楽です。
先日、雨が嫌いか好きかみたいな話題がありましたが、夏が好きか、冬が好きかみたいなのもよくあると思います。
こちらは風流も何もなく、単純に夏が好きな人の方が多い気がします。開放的になれるだとか、気持ちが大きくなっていいだとか、ああリア充こわいこわい。。
私ですか?
当然に、冬好きですよ!
だって、なんですか、あの夏の卑猥な暑さは。いやらしい。私はね、とにかく暑さに弱いのですよ。
春も秋だって嫌いですよ。
春、みんな暖かさと春の出会いに浮かれて怖い怖い!
秋、ブタクサやセイタカアワダチソウで鼻がムズムズ、怖い怖い!
そして、冬!いいですねえ。寒ければ厚着すればいいわけだし、魚も脂がのって、山に熊はいなくなり、大根やほうれん草、ブロッコリーがよくとれる。決まりましたね。
これまでの『笑い島』→『笑い島』1、『笑い島』2、『笑い島』3、『笑い島』4、『笑い島』5、『笑い島』6、『笑い島』7、『笑い島』8、『笑い島』9、『笑い島』10、『笑い島』11、『笑い島』12、『笑い島』13
この小説は全20回の連載予定です。
気が向いたころに来ていただければ幸いです。
『笑い島』14
4の続き
手伝うという言葉にさえ、今では少し違和感を覚えてしまう。決して強制でも半強制でもないのに自然と体が動いてしまうのだ。体が無反応な生活の営みのように。
しばらくして出てきたメニューは切り開いた魚の蒲焼きや刻んだ野菜も炒めたものである。主となる原材料的なものはほぼ昨日と同じであった。魚の処理は微妙に変わり色合いが変わった野菜も微妙に味付けが違うようである。献立さえも自由なのだろうかという疑問に行き着くとどういうわけかは分からないが温かい気持ちになった。だが。それもあるのだが机に乗った料理を見て誇らしい気持ちにもなっているのである。どれが、僕が手を施したものであろうか。今、ここに並んでいるものがここへくるまでに少しだけれども僕が手を加えていると思うだけで、わくわくしてきていた。勿論、誰もが毎日調理に係わることになるのだから、今日は僕が調理をしたなどと逸る気持ちを自慢するわけにもいかない。調理前の段階である米を作っていたり魚を獲っていたりと農業、漁業、畜産業の段階でも手を加えていればさらにこの気持は昂っていたであろう。
椅子を出し始めてからはあっという間であった。料理も次から次へと出てくる。
昨日座っていたところとはまた遠い席にばぶうと着くとすぐに朝にも見た本日のMCスープ魔女がステージに出てきた。マイクロフォン的な物をもって準備なのかうろうろとしている。朝に見たはずなのだが、随分前に見たような気もする。
そう。ずっと前に。今日は朝が過ぎてから一日、農業にも精を出したし、魚を捌いて野菜を切りなんと水遊びもしたのだ。今日目で見て音を聞き肌で感じた感触が蘇ってくる。久々に朝から外へ出た僕にとっては長い長い一日であったのだろう。
衣装を整えたスープ魔女が舞台の中央に昨日の太郎―Nと同じように立つ。だが、今日も観客側はMCが出てくると自然箸の動きは減速しつつ静かになっていった。皿を手にして体はステージ方面へと向いていく。
「はあい。それではやってまいりました。今宵のお待ちかねタイムです。毎度毎度私の気になっていることですがまだ太陽の海近くに残る今この時間に今宵と言ってしまうのだから不可思議なものですよね。全然宵じゃないもの。そして本日は私め、スープ魔女がMCとしてマイクをとり皆様をお笑いの核へ招待いたしましょう」
昨日と同じように拍手や歓声、野次が舞う。
そう。この島にマイクロフォンはないのだがマイクロフォンを模った口の前に出して話す用の物体はあるのだ。電気がないのだから当然マイクというものを使ったことがあるわけはないのだろうにマイクという概念があるのだから不可思議なものである。
まだ続いている歓声の中に野次が紛れているのだが、やはり「うんち」という低俗で下品としか言えないような言葉がどこかから僕の耳に入り、笑ってしまった。一体誰だか知らないがやはり僕は笑いの沸点が低いのであろうか。
「ちょっと私の話から少しさせてもらいましょう。さっきここに来るまでですよ。あの私、今日の午後は皿の裏へ絵を描いていたのですけど、ちょうど衣カツグ(きぬかつぐ)さんの家でやってたわけですね。それ、楽しくなっちゃったものだから休みもせずにお昼を食べてからずっとそこでやってたわけね。で、急にまあ、そのお食事中に言うのもはばかられますけどお手洗いに行きたくなって、で、立ったはいいんですけど、まあ、ずっと同じ姿勢をしていたわけですから。足の痺れがとんでもなかったわけですよ。で、行きたくなったらおトイレにもすぐに行きたくなって、あ、失礼すみませんね。そして、まあ、痺れながらも駆け出したら、思いっきりね、こう左足の小指、薬指、中指までもよ。三本も打ちつけちゃって」
観客側からはまずまずの笑いと多少の悲鳴に「痛そう」という野次が入る。ありきたりではあるが、僕も笑ってしまった。共感のあるあるであるのである。そして、しつこいくらいに「痛そう」のテンションに合わせた「うんちい」の小さい声。
「で、ここまではよくありそうっていうので済むじゃないですか。いや、ね、でまあ負傷しながらも裏手にあるトイレに辿り着いたわけですよね。でも衣カツグさんとこのあそこのトイレって、しっかり木の茂みに隠れていて安心できる分、ちょっと小高い丘のようになっているじゃないですかあ。で、丘の向こう側にはそういったトイレに相応しいものが垂れ流れているわけですよね。まあ、足を引きずりながら辿り着いたはいいものの、まだ足には痛み以上の痺れが続いているわけです。それでね、こう、しゃがんだ姿勢なのに、痺れて痺れて、どうしようもないくらいに痺れて」
――おちました。向こう側にころころと
スープ魔女が堂々と言い切ると、会場はどっと沸いた。大笑いレベルのまずまずな受けである。いい具合に観客席は温まった。細身の女性から出るようなネタと笑いの安定性とは思えなかった。これがこの歳までで培える話での実力なのだろうか。
「さあさあ、さあ。変な話になってしまいましたが、うまく落ちてしまったところで、ネタの方にやってまいりましょうか、えへ、へへ。はい。ええと、今日は昨日より多きようですよ。ええ、全二十三組、五十四名の芸人が舞台に登場してくる予定です。果たして今宵はどのようなネタを見せてくれるのでしょお、おう、か。それでは参りましょおう、はう。ではトップバッターをかざってくれるのはこのお二人。チョコレートポテト(ちょこれーとぽてと)です。そうぞ」
「はい、どおもども」
「どおもー」
二人組の男が出てくる。飾りだけのセンターマイクを持参してきて、中央設置する。
「はい、ということでやってまいりました。佐藤塩分(さとうえんぶん)です」
「ええ。ツッコミ役をする。土の子様(つちのこさま)です」
「それ、言わなくていいんだよ。別に日常生活にいちいちツッコミ役だとか考えないだろ」
漫才が始まる。
ていうか、そこツッコンだ方がツッコミというわけじゃないのかよ。
僕は蒲焼きの感慨も大きく、味の余韻に焼酎を流し込みながら、漫才を眺めた。いやあ、余興を見ながら酒に御馳走を嗜む贅沢。今、漫才をしている二人も昨日は漫才をしていなかった。誰もが観客であり、ネタを披露するというのだからすごいものだ。ははは。
昨日と同じように隣にはばぶうがいる。その隣にいるのは……昨日物真似をされて恥ずかしがっていたトンチン坊という男である。まだ直接話したことはなかったのだが、顔はしっかり覚えていた。やはりネタをする方よりもネタにされる方の物をよく覚えるということもあるらしい。太郎―N自体のネタは忘れてしまったが、トンチン坊が恥ずかしがって立ち上がっているのは覚えている。
今日はネタを見ていて分からないが……春雨の気がする。先ほど見て分からなかったものか……いや、それほどまでに僕は自分が関わった料理に興奮していたのだ。
「もう、やめさせてもらう」
「どおも、ありがとうございました」
前に座っている二人が振り返って料理に手を出す。
「春雨さん」
「あら、けっちゃん。ばぶうも」
けっちゃんとは血液検査こと僕の呼び名である。まさか自分が将来けっちゃんと呼ばれることになるとは夢にも思わなかったものだ。
「いや、どうしたの急にわざとらしく」
ばぶうが真顔でツッコム。この顔が事実ならば、既に食べる前、お互い気付きあったことになる。僕は無視してしまったのであろうか。
春雨の隣の女性と目が合う。
春雨と同じくらいの年齢であろうか。歳の近さは僕とばぶうのような関係だろう。
「どおも、ヒノエ馬子(ひのえうまこ)です」
春雨の隣がそう名乗ってすぐである。
「はい、ではそこの方。そこですよ。食事よりも男女の会話よりもあっとなる僕の手品を生で感じる人になってもらいましょうか」
大勢の人間の視線は感じるものである。顔をあげるといくつもの顔がこちらに向いているのが分かった。いや、よく見ると僕の少しステージ側。ステージにいる男もまさにその辺りを指差していた。僕がその視線の先へ落ち着き大勢の顔の向きと一致するとその注目の的も顔をあげて見回す。
ステージに背を向けていたヒノエ馬子は人差し指で自分の鼻を刺して、きょろきょろしているにも拘らず、すぐ隣の春雨は何でもない顔で馬子を眺めているのだから僕は笑ってしまった。本当に見ず知らずのような顔で自分の友人を見ているのである。
「さあ、ヒノさん、早く」
にこやかになった春雨が急に拍手をすると、周りもそれに乗った。ばぶうはそれに野次まで加えて前に座る下半分が真っ黒な男がいて、そのすぐ近くには人一人閉じ込められそうな木の箱があった。
「それでは前に出て来てもらったヒノエ馬子さんに拍手をもう一度」
先ほどを超える大きさの拍手が響く。
「では、どきどきしているヒノエ馬子さん。お名前と今の心情をどうぞ」
「どっちも言っちゃったんじゃないの」
会場が湧く。
結果的に馬子は箱に設置されて、剣を刺され、箱の状態のまま頭が体の脇にくっついた。会話からは笑いよりもはたまた拍手よりも大きい、どよめきが聞こえる。もちろん、「うんち」の声。
いや、本当によくやるものだ。今までこういったマジックを信じたことはなかったが専門道具もなく電気もとおっていないこの島で目の前においてここまでできることに驚いた。
散々にステージ上で笑いの被検体として弄ばれた後、馬子は解放されて戻ってきた。
出ていく時以上に大きな拍手がこちらを覆う。
「ではでは休憩なく参りますよ」
スープ魔女が舞台脇から声を張る。
「こいつらが再びユニットを組んだ。今宵も白熱コントを見せていただきましょう。どおぞ、あべこべ九十五度(あべこべきゅうじゅうごど)」
ステージは二人の男女がいる。一人はたしか昨日もコントをやっていた。男女は持ってきた椅子に腰かけて手ぶりを交えて話し込んでいるようなジェスチャーをしている。
「いやあ、今日こそ、のりこさんをもらうためにお義父さんとお義母さんのところへ、あいさつに行くぞお」
出てきたのはえんぴつ魔人である。格好はいつも通りだ。
あれ、そういえば……
「昨日は漫才をやっていたよね? コントもできるんだ」
さっきの例もあったのでばぶうの耳元でこっそり聞く。
「そうさ。みんなジャンルを変えて違うネタを考えているよう。コント一本や漫才専門の人たちはここにはいないさ。皆それぞれが全てのネタを極めようとしている。時には漫才もこなして時にはコントもこなす。手品、歌、演奏。それぞれが全ての芸事の頂きを目指そうとしているのさ。いずれ、芸事が全て生きてくる。全ての要素がまとまって新しい笑いとなってくる。MCなどでは顕著にその個人のスキルが発揮されてくるわけだよね。一発芸や物真似だってできなければだし。もちろん、MCだけでネタがなければ駄目さ。常にネタも創造し、MCやフリートークでも常に面白い最強のコメディアンをみんな目指しているのさ」
ばぶうが言い終わると同時に舞台の上から声が聞こえてきた。
「ええい、のりこは今どこにいる」
「あちらです。あちらに僕らのネタ中にしゃべっているのりこがいます。出て来てもらいましょう」
ステージにいるえんぴつ魔人はこちらを向いているようだ。
5
昨日と同じように起きる。
ここでの生活は非常に規則的である。規則的な生活をしようと心がけなくとも電気がないわけだし、昼間は働いて、夕方になれば酒を飲むのと重なって、皆眠っている。
太陽が沈めば眠って、明るくなれば目が覚める。
それ以外の生活を特に誰も求めようとはせず、他の生活リズムで生きることを考えてもない。ようである。
一昨日も昨日もちょうどいいくらいに酒を飲んで、開け方には目が覚めた。
尻丸と並んで広場へ向かっていくと、にやにやしたばぶうが横スキップで通過していく。すぐにその後をピンハネ嬢も同じ横スキップで通り過ぎる。僕も触発されて尻丸を見ながら横スキップで後をついていったために「いや、お前もかい」というツッコミを受ける。
広場へ行くと、やはり何人かが既に座っていて、救えの上には握り飯が用意されていた。
舞台の脇ではまた違う者が飾りマイクの手入れをしている。今日のMCだろう。
握り飯を手に取ろうとしたときにはほとんどが出そろって握り飯を手にしていた。
ばぶうは少し離れた位置に座っていて隣には尻丸がいる。
「はあい、はいはいはい。おっはようございます、みなさん」
今日のMCとはまた随分とテンションが高い。
「ええ。今日は誰かな、そう、MCはアントリートメント(あんとりーとめんと)です。いよろしく」
ネタは一回見た。たしか舞台上で即興ラップ対決をしていた気がする。
「いやね、昨日の僕の見た夢のまあひどかったこと、鳶がいるじゃないですか、外飛ぶ鳶。それがなんとまあ、陸上で蝦蟇蛙と徒競走なんて始めちゃおう、オオオ、おっ」
一瞬の間が合ってから、笑いが起きる。
こいつ何言っているのか。
ハイテンションに話し出し、すべり笑いをとるタイプだ。オチも全くなくいきなり掛け声に入ったために聞いていて、思わず僕も笑ってしまった。こういうタイプの笑いはこの島にもあるのだ。
ご飯を食べ終わる頃には午前の労働が始まった。
今日分けられたのは畜産業である。
同じようにぞろぞろと昨日の農業までのルートを通って歩いていく。そう、確かに昨日の農業の途中にも牛や羊のいるとことは見ていたわけである。牛の放牧地と羊の放牧地。まずは倉庫に行って同じように長袖長ズボンに着替えてから。飼料やブラシなどをとる。長袖にズボンの裾を仕舞い込み、バケツにブラシをもつ姿は牧草地で見るイメージそのものの格好であった。
畜産農家特有の芳しい臭いが漂ってくる。かつてここへ来る前に住んでいた島の頃は通り過ぎて嗅ぐぐらいしかなかったあの動物を強く感じられるシモの臭いである。
ブラシを手に取り、牛たちのところへ行く。
「おう、血液。あれ? 今日は誰だっけ、あの、いつも一緒にいるちょっと大人しめな奴、そうだ、ばぶうは一緒じゃないの?」
「あ、尻丸さん」
僕と同じ格好をした男が隣にいた。
「てか、自分の息子なんだから名前を忘れちゃダメでしょう。確かに今日は別ですね。気付いたら、ばぶうが海の方へ走っていて、アントリートメントさんが、無作為抽出を始めちゃって」
「そうかあ。ばぶうは健気でかわいいなあ」
「え? いや急に。息子の名前忘れていたと思ったらベタ褒めしてるし」
「まあ、分かんないことあったら聞いてくれよ」
「全部です」
ボケているような内容ではあるが、なかば本気で言い切った。
「全部? あ、もしかして畜産が初めてか?」
「はい。牛乳飲んだことはあるし牛肉食べたことはあったけど、実際に育てるというのは完全に初めてなんです」
「うん。そういうことだったら私に全て任したまえ。おう、えんぴつ」
「あ、尻丸さん。おはようございます。血液も」
「なんだ、この子は畜産関連のことがよく分からんようだ。教えてあげてくれ」
尻丸は何一つ台詞が滞ることなく僕以上に平気で言い切った。
「いや、たった今全部私に言ってたばかりじゃないですか」
最初は牛や豚の体をブラシで磨くとことからであった。放し飼いであるにも拘らず、夜になるとそれぞれ小屋の近くに集まって眠っているらしい。朝の仕事はその動物たちが遠くへ行ってしまう前に体を洗ってやるところから始まるようだ。
えんぴつ魔人に従い、見よう見真似で、脇腹を擦り背中を撫でた。毛並みに合わせて、ブラシで撫でると、牛は声を出す、その場に前足を崩して、鳴くのだからかわいいものだ。
実際のところは脂肪をつけさせるためにはここまでの放牧はやらない方がいいらしいのだ。だが。食す側が一方的に味だけを求めて自由を制限することはなく後々命をいただいてその肉を食すということで、せめてもの礼儀として動き回れる自由を与えているようだ。
「エサは基本的には牛も豚も勝手に食べて回るから用意してあげることもないんだよ。なにせ、土地はこれほどある。必要以上に肉を食べようとしても過放牧でもすりゃえさも問題にもなるけど、この量なら特に何もしてやらなくても育つ。とにかくこいつらには自由に生きてもらうのさ」
体を磨かれるのを待っていたかのように四方に散り始める牛を撫でながらえんぴつ魔人は言う。
徐々に太陽が昇っていき青空になっていく中、牛が歩き出す風景は僕がかつて一度も見たことのない景色である。ところどころ立ち止まってはそこにある草を摘まんでいるようだ。
「よし、じゃあクソ集めといこうか」
「え、え?」
「クソだよ。クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ」
「いや、そこは聞こえたってば。どうして集めるの?」
「いやね、基本的には牛は自分のクソも自分で食べたりするさ。ここいらでもこういった素晴らしい匂いが漂っているのはそこら中に生産されてたからでさ、出来立てほやほやから土に帰る寸前までより取り見取りのクソ、そうクソが落ちているからさ。で、牛は自分のや他牛仲間のクソ、できたてほやほやのうんちを主食の草と合わせて、うんち定食五八〇円だなんて言いながら食べている。でも、当然食べきれなかった五八〇円のうんち定食も出てくるさ。そういった大便は時間と共に腐っていく。虫とかが湧いたりしながら微生物によって分解されていき、土となるわけだ。そしてそれが究極の牧草の栄養となってまた生えてくる究極の循環型社会ができてくるわけだよね。ぐるぐる回っている」
えんぴつ魔人は小屋の近くにあったバケツを手に取り、パスタを掴むトングみたいのを僕に渡す。近くで一緒に牛の体を磨いていた他の何人かも同じ道具を手にする。
「じゃあ、そうなんだけどね。あれ、見てよ」
バケツのない左手で指差された方を見ると、同じようなバケツを持った男、土の子様が二頭の牛相手に何かを撒いていた。
「あれは、昨日のご飯の残りや収穫し忘れて傷んでしまった野菜を撒いているんだよ。何度態々そんなことするのか、そりゃ、ああいった野菜などがここの敷地内にはできないからね。だってそうでは個々の棚の中にいる以上、野菜や果物は食べられないさ。牧草しかないもの」
「ふんふん」
「そりゃ、俺らがさ、こうやって柵で牛たちを囲んでしまったから、食べられないことになるでしょ。もし、こんなさ、囲みがなかったら牛たちは更なる自由を手に入れて食べる欲望のまま新しい食材を求めて島のあちこちに行っていたかもしれない」
「フン糞」
「そういった可能性を人間の勝手で摘んでいる以上は運び屋の手伝いをしてあげなければならない。これもまあ、一種の罪滅ぼしだよね。ああいったさ、他で取れる食材を提供して、牛にはこの世に生まれてきた喜びもせめて少しでも味わってもらうしかない」
近くに寄ると、土の子様のあげているものまで見えてきた。確かに今日の朝なのでいたおにぎりが二つに穴の空いた野菜などが入っている。
「で、その逆によ。逆に植物にとっても自分たちを食べて種子を御大便様に運ばれて、更にそれを栄養にしたいのにさ、人間がその動物がやってくるのを防いで一人示している以上、動物のうんうんうんちを運んで還元しないとじゃない。向こうも自分たちの栄養となるかぐわしき臭い放つクソを主根と側根、あるいはひげ根を長くして待っているはずなんだ。そのために俺らはこうやって集めてるんだ、ね、クソを。クソクソクソクソクソクソを」
「分かった。クソは分かったって。そんなにいうとやけになっているみたいじゃん」
土の子様と目があった。
「何を朝からクソクソ言ってるんだあ?」
バケツの中から小さなシャベルで人間用食料オードブルを書きだして牛の前に配っている。
「いや、こいつがさ、モンブランの材料は何だって急に開いてくるからさ」
「モンブラン?」
手が止まりバケツから掘り出された野菜の残りが空中で揺らめいて二頭の牛はお預けを食う形になり待ちきれなくなったのか頭が空中で止まったシャベルに食いつく素振りを見せるやもう片方は遅れまいと慌てて首を伸ばして食いつこうとしたため両者ともども脳天を正面からぶつけ合いしめやかに気絶したが、土の子様とえんぴつ魔人は目を互いに反らそうとしない。
モンブランとはどういうことか。まさか……それ
「……ていうか、それクリじゃない」
「あれ? じゃあ外に出るとき履くもの?」
「そりゃクツよ。てか、どっちも活字にしたらクソに似てるかもしれないけど、ここでこうやって言う分には一文字違いだけでしょ」
「カツジイ? 何だそりゃ」