三文 享楽 小説・エッセイ等

無料小説 長編1『歴史の海 鴻巣店編』15【三文】

2016年9月3日

おならぷ~。

今回が『歴史の海 鴻巣店編』の最終回であり、最後にふさわしい話題を考えていたところ、こんな言葉が浮かんできました。

おはようございます、三文享楽です。

さあ、みなさん。歴史の海が終わりますよー。がははは。


『歴史の海 鴻巣店編』15

16の続き

スーツの上着を勢いよく脱ぎ捨てて、ところどころ自分の血で赤く染まったワイシャツの袖を捲り上げる。

脇差を右手で握りしめ、赤鬼のような顔をして、まさに仁王立ちとなった。

しばらく、目蓋に残る昔の父を今の幻影を重ね合わせた竜哉は思わず「うおっ」と声を上げる。

俺が父親の分も勝ってやるか

…………

大刀と比べればずっと軽い脇差を見よう見真似で中段に構えた。

「来いや……」

準備をしたAチーム大将は言った。

「かかって来いや!」

Dチーム大将もそれを聞き大声で叫んだ。

「若造が。ぶっ殺してやる」

大川は目を赤く染めて言った。

いまだに息が切れている。

「俺はもう政治家としての一線を越えた。もう、何も怖くなんかない」

大川はぼそぼそと自分に言い聞かせるように何度も唱えながら、両手で刀を振り上げた。

「くわぁぁ」

金属と金属のぶつかる音が響く。左上部から飛んできた銀の光に中段からの一度右に下げてからの遠心力を使った払いを当てると軽くはじき返されたそれは再度勢いを持って襲いかかってくる。

右下方から左上方部へ払いのけた竜哉の刀で再び飛んでくる左上部からの光をよけることはできず一歩下がった。

目と鼻の先を落ちていった光は、一番下まで辿り着かないうちに上昇を始め更なる後ずさりを強いた。

左上方部に伸びた刀を引き寄せる前に次から次にくりだされる光に竜哉は後ずさりの一方となった。

三度目の突きをかわした後、脇差を右手で握りなおし、上段にひき、起死回生を狙った一刀を放った。

大川は目でその一刀を追うことなく、むしろ一歩下がることを止めた竜哉の足を見て刀を左に払い戻した。

竜哉の上段からの一刀は見事成功し、大川の首から肩にかけて静脈をはずしたあたりにくいこんだ。

しかし、防戦もこの後の自分の体を考えた戦いもしない捨て身の剣士というものは百人力の強靭なものとなる。

右肩を深く斬られた大川の右に振りかざした刀は勢いとどまることなく自然に竜哉の上着に接触し深く流れ込んできた。

赤色のついた銀色の物体はそのまま右前方に流れ、大川から見る左上方部に振り上げられた。

「う、うそだろ」

上段からの一刀が大川の肩に食い込み、斬り込みの一刀を放った際は勝利を確信した竜哉であったが、右脇腹が急に厚くなり、心臓の鼓動が明らかに異常となったのを感じ、確実に斬られたのを悟った。

「こ、これが……」

左手を刀からはずし、スーツの切れ目を押さえこんだ竜哉は、全身の力がどんどん抜けていくのを感じた。床に倒れこみたい衝動に駆られたが、右足を踏ん張りかろうじて立ち止まり、荒れたデスクに寄り掛かる。

「ふっはぁ、はぁ、ふっぅぅ、はぁはぁ」

息が勝手に荒くなっていくのが分かった。

普通の呼吸に戻したいのだが、息の吸い吐きがうまく出来ずにどんどん息がきれていく。

顔をうずくめたいが、後ろを振り替えなければならなかった。自分を斬った男、大川蔵六は今どこでどうしている……?

間違いない……この男だ……

「ふん」

全身の力をこめて、首を上げて振り返った。

その瞬間、そこに立っていた大川に最後のとどめを……という筋書きを思い描いていた竜哉であったが見当は全くはずれ、むしろ一番恐怖を駆り立てられる最悪のパターンで立っていた。

大川は竜哉を切り抜けた後、勢いで二歩前進し、そこで立ち止まった。

腕の力が抜け、上を仰ぎ見た。

勿論、壁と天井しか見えないのだが、何か他のものを見ていた。

竜哉が見たとき、大川は竜哉のほうを向いていた。再び仁王立ちになり、半笑いであったのだ。

室内の電気より、窓からの光の方が強いようで大川が後ろから受ける光がご来光となり、強大なものに見えたのが、瀕死の竜哉にも悔しかった。

「こんな人殺しに負けてなんかいられない」

竜哉は独り言のように言って自分に言い聞かせ、大川の顔を見た。

すると、大川の口もまたもごもごと動いている。

「……おさない……幼い……終わりではない。始まりだ……」

いつの間にか大川は右手に持っていた刀を床に落としていた。右肩からはどす黒い血がぽたぽたと垂れている。

仁王立ちの大川はそれを拾い上げるために、右手を伸ばしながら、しゃがみ……そこまでははっきりと見えていた。

竜哉は急激に視界が失われていくのを感じた。

大川を見ていたかと思えば、それは揺れ動く天井に変化していた。

遠くではいまだに金属のあたる音、空気を斬る音、オフィスの床を足で踏ん張る音、そして息切れの激しさが聞こえている。

上泉信綱対山岡鉄舟の夢の戦いを集中して観戦できぬまま、自分は力尽きるようだ。時代を超えた夢のコラボではないか。

自分が死ねば鉄舟は消滅する。

大川を殺れば上泉が消滅する。

いずれも近いうちに起きることだ。

しかし、このまま行けば前者が有力なのだ。

右半身は熱さから気味の悪い寒さに変わってきた。

机から床にぽたぽた垂れる音がするほど、大量に血が流れていることらしい。

「ごらぁぁ」

大川が叫んだらしい。

出発の合図であろうか?

足音がどんどん近付いてくる。

デスクに上半身を乗せて寄り掛かっていた竜哉であったが、それさえもきつくなってきた。

右半身が死んだようになり、左手で机のいすの反対側の端を押さえていたのだが、朦朧とする意識の中、それも放した。

視界には何も映らず、三半規管が空中を駆け巡っていけることだけを知らせた。

床に後頭部を打つ瞬間、目が開いていた。視界が開ける。

左右がデスクといすの聳え立つ壁になったその警告に大川蔵六が現れた。

やはり、大川は半笑いであった。

脇差の柄のつばに近いほうを左手で掴み、そこに右手を添えていた。

下から見てもそれは銀の光であり、寝ている自分のはるか上方から落ちてきた。

そのとき、そびえたつ渓谷の壁の一方から、中かまた別の物体がとんでくるのが見えていた。

物体であったとしかいえない。

その物体が何であるか、何色であるか、どの程度の大きさかも確認できないまま、竜哉は視界を失っていくのを感じた。

 

エピローグ

「……かれ様でした」

係員の声によって竜哉は目覚めた。

黒く重厚感あるれいのしたソファに座っている。

まだ、夢見心地であり、どこにいるのかはっきりを思い出せなかった。

ピー、ピー、ピー

どこかでブザー音が鳴った。

「二プレイノリ様、お疲れ様でした」

さっきと同じ声質の係員の声が聞こえる。

「ふあぁぁぁー」

呆然としていた竜哉の耳に懐かしい音が聞こえた。

そういえば、あいついつごろ負けていたのであろうか。

「以上。今回のゲームはここまでとさせていただけます。大変お疲れ様でした。ゲームのほうは楽しんでいただけたでしょうか? これから安全ベルト装置の取り外しにかかりますのでしばしお待ち下さい」

ゲーム開始直前の豆電球の明るさが戻ってきた。

前方にぼんやりと黒い壁が見える。

鍵の開く音がすると、更に明るい光が差し込んできた。

足音がしたと思うと、自分を締め付けていたベルトがどんどん緩まっていくのを感じた。

「では、お疲れ様でした。外の休憩室で三十分ほど、お休みになられた後、再び受付室の方へ係りの者が案内します。そこで結果表を受け取っていただき終了となります」

竜哉が返事をすると係員は前を通って視覚形状に外を向いて設置された右斜め後ろのいすに向かい、同じ説明を始めた。

 

先に待合室に竜哉が行くと、すぐにドアが開き、翔太が入ってきた。

「いやぁ、なかなか充実してたね。面白かった」

翔太はゲーム開始直前と同じテンションであった。

竜哉は内心疲れきっていて見た目にも多少の疲労が出ている。

「結局、お前を見たのはあの時だけだったなぁ。なんか、会わないもんだったな」

「そうかい? 俺は結構、竜ちゃんのこと遠くから眺めてたのになぁ。ぐふふ」

翔太は口だけをゆがめてストーカー、いや、ただの変質者の顔で笑った。

「そういや、お前いつの間に死んだんだよ? お前に×印が付いたの見なかったぜ」

「いつの間にって……まあ、結果表がくれば分かるよ」

「結果表か……」

結果表という言葉を聞くと急にそれを見るのが待ち遠しくなった。

大川はどうなった? 山岡鉄舟と上泉信綱の結果は?

待合室は小さなカラオケの個室くらいの大きさで、ファミレスに置いてあるような四人がけのテーブルと椅子がある。

室温も二十数度の適温でセルフサービスの水・湯・茶に別れた自動ポットも設置されている。

壁には『刺激の強いゲームであるためここで休息を最低三十分お願いしております』という紙が貼ってある。

翔太は早速、置いてあった紙コップで水を流し込んだかと思うと、今度は椅子に寝転がってしまった。

その姿を見ていて自分が私服を着ているかをすぐに確認した竜哉はついでに右脇腹をさすって、ほっと息をついた。

快適の場所での三十分はすぐに経過した。

 

「こちらが結果表になります。またのご来店お待ちしております」

待合室からのうんざりするような混沌とする廊下を繰り返し、最後エレベーターで受付に戻ってきた。

見覚えのある先ほど話をした(といっても三日も前のような話だが)受付嬢のところに行くと、大きめの紙を二枚受け取った。

「おぉぉ、すげぇ、細かと結果が出ている」

先に紙をとり、声を上げた翔太をどかし、竜哉もすぐにそれを取り、食いつくように見始めた。

 

『優勝  B ノリ    様  (埼玉県鴻巣市店)

・二位  C 大川蔵六  様  (千葉県佐倉市店)

・三位  A 竜哉    様  (埼玉県鴻巣市店)

・四位  D ヨシオ   様  (神奈川県藤沢市店)

 

消滅順

①   B 藤原行成        ② D 物部守屋

③ A 富山弥兵衛        ④ C 壱与

⑤ C 徳川家斉         ⑥ A 前原一誠

・ B 大伴弟麻呂          B 丸橋忠弥

⑨ A 近藤長次郎        ⑩ C 那須与一

⑪ D 鎌田光政         ⑫ B 原田左之助

⑬ D 宇佐美定満        ⑭ D ヨシオ(大将)

・ D 森蘭丸(大将消滅による)  ⑯ A 竜哉(大将)

・ A 山岡鉄舟(大将消滅による) ⑱ C 大川蔵六(大将)

・ C 上泉信綱(大将消滅による) ⑳B ノリ(大将)(生き残りコンプリート)

 

A チーム  竜哉    様 の仲間  (幕末ランダム)

・  富山弥兵衛    近藤長次郎

・  前原一誠     山岡鉄舟

・                (埼玉県鴻巣市店 一プレ)』

 

一瞬にして竜哉の頭の中ではフラッシュバックが始まった。

厚顔で不器用そうな笑顔であった富山弥兵衛。

暗い顔でありながらも冷静に周囲を見渡していた近藤長次郎。

鋭い目つきではありながら、温厚な人柄の前原一誠。

最後まで、自分を護り、不殺を通していた山岡鉄舟。

ともに戦い抜いた誇るべき同志であった。

 

更に竜哉を驚かせたのは知らないうちに死んだと思っていた翔太が生き残り、何気に優勝までしていたことだ。翔太は竜哉が結果表を見るのをにたにた眺めている。

「どうだい? 驚いたろ? やっぱ知らなかったみたいだね。最後は隠れ続けてトイレにひっそりいたのさ。左之助が殺されて、もう残っているのが俺一人になったら逃げるしかないっしょ。竜ちゃんも大川も最初に僕を探しに来ることはないだろうと思っていた。大した武器も持たない僕なんかを相手にして体力を消耗するならば、はなっから僕なんか相手にせずにお互い早めに消し去りたい方を探しに行く確信があった。最後は相手にもされないようなヤツが勝つってことだね」

‘勝つ’という言葉に竜哉は受験のことを思い出していた。「相手にされないものが最後に勝つ」という言葉が翔太から聞かされると妙に心強かった。

しかし、受験なんかを思い出す前に話したいことはいっぱいあったのだ。

「ところでなんだけどさぁ、大変なことが分かった」

自分の父親のことが喉まで出かかった竜哉であったが、果たしてここで言っていいものか迷った。事実、今そのことが言いたくて思わず口に出してしまった……。歴史の海に通い続ける全く知らない中年サラリーマンの偽話であったらどうするか? いや、まさかそれは有り得なかった。自分の名前を知っていたし、何よりもあの会話と切実な目を診れば疑う余地などもどこにもない。しかし、何か言うことがはばかられた。

翔太はじっと結果表を片手にこちらを見ている。

あったではないか……世間を揺るがしかねないことが……

「あ、なんか……そう、そうだ。大川蔵六だよ! 大川っていただろ? この男、四日前に……あ、いや違う今朝だ。大川って今朝のニュースでやっていた国会議員を殺した犯人なんじゃないかな」

「うん。俺もそのこと気になっていた」

竜哉は翔太の語尾と顔の表情が気になった。

「ただ、おかしくないか? たとえ、国会議員だとしたら、どうして本名を出す? いくらでも仮名をつけられるのに、どうしてあえて本名を出して参加した? 実際、本名のフルネームで今回参加したのは大川蔵六だけだ。国会議員ともあろう身分のやつがわざわざ本名を出すのはおかしい。それも殺人を犯していたとしたらなおさらじゃないかな」

まさに翔太の言うとおりであった。

大川蔵六には恨みをもつ者が大量にいた。失脚を狙う反対分子が巧妙に仕組んだわなという可能性もある。歴史の海を使って全国のゲーマーに虚偽情報をばら撒いていることも十分に考えられるのだ。

しかし、竜哉にはぼそぼそこぼしている大川の訴えやその表情が嘘には見えなかった。

目の憎しみは「あの頃には戻れない」という台詞と共に過去を憎悪する本物の目つきのようであった。

自白したい気持ちもあったのではないか。

責任に縛られた議員生活から開放されたい気持ちもあったのではないか。

いずれも証拠はないのだ。

竜哉は翔太に「行こう」とだけいうと結果表を片手にそそくさと出て行ってしまった。

もちろん、駐輪場のほうである。

急いでその後について行った翔太の更に後ろでは、受付嬢の「お気をつけて」という言葉が聞こえる。

 

(完)

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ご愛読ありがとうございました。読んでいただき感謝します。三文享楽