三文享楽です。
毒のある笑い、ユーモアの効いた笑い、ナンセンスな笑い。数々ある笑いの種類。
自分にあってる笑いはなんなのか、そればかりを考えていた一頃がありました。今回の笑い島を読んでみて、これはちょうどその頃に書かれたものだったような気がしてきました。さあ、なんのひねりもない、ただの笑いをしましょう。わははははは。
これまでの『笑い島』→『笑い島』1、『笑い島』2、『笑い島』3、『笑い島』4、『笑い島』5、『笑い島』6、『笑い島』7、『笑い島』8、『笑い島』9、『笑い島』10、『笑い島』11、『笑い島』12、『笑い島』13、『笑い島』14
この小説は全20回の連載予定です。
気が向いたころに来ていただければ幸いです。
『笑い島』15
5の続き
牛が気絶しても互いに離れることのなかった視線が二つとも僕の方を向いて制止した。少なくとも僕は今、この状況で最もふさわしいことを言ってやったぞ。
「いやあ、それにしてもなかなか良いツッコミの人材ができたようじゃないか」
「まあ、そうだね。最初はツッコミから入るものさ。普通に考えられることと違うことに的確な言葉を充てて笑いを区切っていくことから始まるからね。声にするときの雰囲気や言葉選びによってそのツッコミの面白さは変わるけど、まずは笑いとして区切ることができるかだよ。見知らぬ土地へ来て早々にこちらも驚くようなボケを連発するだなんてことはできるものじゃないし、したらそれは変なだけだ」
二人は僕の顔を眺めながら頷いている。
「あれっ、ていうか。この動物二匹は何で気付けばのびてんだ。まさか、この持ってきた食料が悪すぎて腹壊しちまったなんてことはないだろうなあ」
えんぴつ魔人は土の子様の手にするバケツの中身を覗き、口の端へ笑みを浮かべた。
「いやいや、可能性としては大いにあるって。ちょっとこれ以上の被害を防ぐために原因が本当にこれか試しておいた方がいい」
「へ、へ?」
「いや、だから、これでお腹壊すか実際に食べてみてさ」
「お、おう。そうだな、た、食べてみないと」
ウソでしょ。これっ、ちょっとさすがに
「まずいですよ、そりゃ」
反射的に手が出て土の子様の手を止めていた。
こいつら止めなかったらマジで食っていたぞ、冗談抜きで。
「お、そうか。不味いって知ってたか。ならやめておこう」
目頭に水分を貯めた土の子様は僕の手をとり何度も頭を下げた。
「なんか、新しい切り返しが生まれるところだったのになあ」
口を尖らせたえんぴつ魔人に目頭に貯めた水分一切を乾かして睨みを向ける。
「思い付かんわ、急に。血液が何も言わなかったら寸前でノリツッコミで躱すという芸人として最悪の方法とってたわ。食いたくないよ、こんなん」
「うわっ」
「うわじゃなくてさ」
気絶したままではあるが自分から排出された自然の理を臭く汚いものとして遊ばれて傷ついたであろう当の本牛たちはそのまま動くこともなく自分たちを蔑ろにして盛り上がるえんぴつ魔人と土の子様へ遂に怒りの唸りと共に顔をあげたかと思われたのだが、数秒後にただの鼾に過ぎないことが判明しそのまま朝食後の昼寝を続けることになった。
土の子様は次の牛に移動する。僕とえんぴつ魔人は早速、餌を賭けた本気頭突きの衝撃により力んでしまい縛りだされてしまった二頭分の副産物、あるいはただの即効寝グソをバケツへ放り込むことに成功して次に移った。
最初、シャベルをもたされたから必然的に茶色く濃縮された栄養源を掘り出さざるを得ない立場にあることを知ったときは遠き記憶にある揺れる景色の中で沖縄へ向かう船がナンパしていることを知ったほどにどうしようもない気持ちになったが、掘り起こした後はその臭いから離れられましてや徐々にやってくる重みの増加を受けないと知ってそのナンパした沖縄の船からこの島へ到着して助かったということを三日ほどくらいに実感した時並に喜べた。
植物栄養源を求めて歩いていると、同じようにシャベルをもったヒノエ馬子に会った。いつ最初に話したかも覚えていないような感覚になっていたが果たして本当にいつ初めて話したかを思い出すまでもなく挨拶をした。その隣にいる舞台で何度か見たことのあるもしもッチ(もしもっち)とも声を交わす。
六分目ほどまでにバケツがいっぱいとなると、小屋へ向かう。右や左に持ち替える頻度が多くなったえんぴつ魔人と持ち物を交換するとやはり臭いは強くなったのだが、不思議と最初ほど嫌悪感がなくなっていた。牛の世話をするために臭いを嗅ぐのは当然のことだから別段嫌な気持ちを起こすことすらなくなる。
小屋で柵を超えて養鶏場を突っ切り、昨日板農業場へ向かう道ほどである。柵を超えると、また、牛とは違った臭いが僕を迎えた。
昼にニンニクラーメンを食べた午後に汗をかきながらも染み出てきた唾液を練ったような、生々しい匂いである。何とも言えない。とりあえず動物を感じられる臭いだ。鶏の糞の臭いであるとも思ったが、この鶏自体の臭いの気もしてきた。
僕がやっていた日本の多くが手に入れられない自由をもち悠々と暮らしている家畜たちに少しずつ嫉妬し始めてそれが引き金となってか、練り唾液、臭い鶏にはからずも毒々しい視線を送っていると察知したのか一羽の鶏が僕に向かって飛んできた。先ほどまでの牛が全く襲いかかっても来なかったのに今に限って鶏が襲ってきたのはやはり鶏のことを臭くて生々しい動物という軽蔑の気持ちが伝わってしまったからだと僕が思い鶏の翼による平手売りを食らったなどと終わればいかにも教訓じみたいい話にもなるのだろうが、実際は僕が反省の気持ちを起こしたのまでは真実にしろ、鶏は僕の縮みあがった睾丸目がけて頭突きをしてきたのである、鶏が。そこまでで終わればいいもののたまたま縮み上がっていたとはいえ、血の通った人間である以上やはり急所を打たれた僕の抑えがたい衝動というのは並大抵のものではなく小屋に入る直前にえんぴつ魔人と代わってしまったバケツが空中を飛ぶという結果に帰化して僕の世話を数時間前にえんぴつ魔人に押し付けて自分はさっさと鶏小屋掃除に向かってしまい突然その場を通りかかった尻丸が頭からかぶる羽目になって終結した。
「そうそう。これが今話題となっている牛糞美容術。頭から豪華にもたっぷりの牛糞をかぶることによって、なお効果てきめん。って、オオイ」
尻丸の際限なく禿げあがった額に乗った牛糞を落とすのもなんだったからえんぴつ魔人に視線でシャベルを訴えると、尻丸は再びノリツッコミをして泣きながら午前労働終了後にみんなが向かう川へ走っていった。
着いて行って謝りたい気もしたのだが、今尻丸が怒らず笑いに変えたこと自体が台無しになる気もしたため、尻丸と鶏に懺悔の気持ちを送ることにした。
仕事を続けたとしてもクソバケツがなってしまったことにはそれもかなわず、羊飼育場へ向かうことにした。羊の飼場は昨日の農業場からも見えたが、牛飼い地から農場を挟んで逆である。
農場で働いていたり休んでいたりするのを横目に見つつ、羊海馬に着くと、休んでいる女性を見つけた。
「オト女(おとめ)さん」
えんぴつ魔人が隣から大声を上げて呼びかけると、丸まって眠っている羊の脇に椅子を出して眠っているように見えた女性がこちらを向いた。何度かすれ違ってみているが、今まで一度も話したことはない女性である。舞台で芸をやっているのを見たこともない。少なくとも風貌的にはこの島で見る限り一度で覚えられるものだから間違いはないはずだ。
「あら、えんぴつ殿。ええ、そちらは血液殿」
「どうも、初めまして」
殿……?……まあ、それはいい。
心配ではあったが当然のように名前を覚えていてくれたオト女と呼ばれる女性に深々とお辞儀する。それが礼儀のように思われた。
「あれ、二人は話すの初めてだったの? ええ、オト女さんは今知ってた通り、俺と同い年のえんぴつ魔人。いや、そりゃ、俺か、ありゃあ。で、こちらが、血液も知っての通り、椿(つばき)オト女さん。現在、この島で最高齢の方さ」
やはり、そうなのだ。見た目がそれほど歳いっている感じがしないでもないのだが、貫録的にやはり、誰にも勝てない年月による経験をもっていそうなのである。
「年齢はわざわざ言うではないぞ」
「大丈夫ですって。レディのお歳をそう易々と教えはしませんて。おほん。ええ、オト女さんは生まれてこの方、八十七年もここで芸を極め」
「ほれ、ぞれじゃ」
「極め……え……ああ」
「全く」
オト女は上目づかいでえんぴつを睨みつけるが、口元は笑っていた。
「まあ、経験年数でもわかるようにネタの数もジャンルも多岐にわたるよ。三味線に関してはこの島で一番うまいと自他共に認めている腕前なんだ」
「これ、恥ずかしいわい。一人しか弾くものがおらぬのだから、一番うまく当然じゃろ。いやいや誰かに教え様教えようと思いつつ五十年が過ぎてもうたわ。それも若き頃に負ったこの傷が原因」
オト女は八十七とは思えぬ顔の張りを台無しにするほど、急激に頭の中心へ皺を寄せると、黙り込んだ。歯止めでした唇をかみ、頬の筋肉がプルプルと震えている。口の端から出てくる呻き声が止まらない。
いや、この島へ来てからというもののここまで深い悲しみに暮れる顔を見たことはない。運命を憎み、社会を嫌悪するような。
「何か起こってしまったのですか?」
やはり訊くことが礼儀のような気がした。春雨が芸人だったということに驚き質問したことの何が礼儀だと思えてくるくらいに質問の必要性を感じる。人生の先輩に少しでも経験談を分けて欲しい。僕はこっそりオト女の顔を盗み見た。
「実はな、かつて……そう。かれこれ、うん、ちょっと前じゃな。蚊に腕を刺されてな。それ以来三味線を奏でられない体になってしまって、おろろん、おろろん」
「いや、関係ないやん」
えんぴつ魔人がすぐにツッコミを入れる。
今のが演技なのか。こいつ分かっていたというのか。
「まあ、今のを見ても分かるようにさ、オト女さんは演技力もぴか一よ。普段から笑いをとるために本気で演技してくるから、こっちからしてもまあ、尊敬してしまうわけよね」
オト女は羊の方を向き、全く関係のない顔をしている。
「昔から歌を主に得意としていたから、いまだに歌唱力は若手と同等に戦える実力よね。漫才でもコントでも声の張り具合は板についてるさ」
「別にいいのだが、どうもえんぴつ殿の言うことは青々しい。若手と同等に戦えるといっても若手も私もそれぞれに深みがあるから抗いようもない」
椅子の脇を握りながら顔を斜めにあげて言う。
「まあ、これも昔のことだが、爆弾を作ってしまったことから舞台にはなかなかたてぬ身となってしまってな」
「あ、これは本当の話ね」
え、いや、ウソでしょ、爆弾?
「そう。膝に爆弾を抱えてからというもの現に今も腰かけているように長時間立っていられなくなってしまってな。舞台にも三日に一回くらい立ってなくなってしまったのじゃよ」
オト女は唇を噛んで今度こそ本当に憎そうな表情をした。
「まあ、じゃが、舞台に立てるのだからまだ生きている心地がする。人間誰しも人前に立って、自分が考え面白いと思ったことで人を笑わせようとするべきだ。別に笑われたいだけでもいい。ただ笑顔を想像して、演じる自分に与えるネタを考えるべきなのだ。ユーモアの精神がなければそれは人間でないと言ってもいいと思っている。笑えて相手を許すことができるのが感情をもった人間であろう」
「急にオト女さんは核心ついたようなことを言ったりするからなあ。ああ、ほら。数えられて人を眠らせる働きをする羊の方がオト女さんの話を聞いて眠っちゃたじゃない」
「これは元々眠っていたわい」
ユーモアの精神がなければ……か。
えんぴつ魔人が羊をいじっても笑わっていない僕の方を見ている。何か反応した方がいいことは分かるのだが忘れていた感覚を刺激されたようで深く考えることができなくなっていた。小学生の頃に強く感じていたような。
名誉や権力に心を奪われてしまった人間がついつい陥ってしまいそうなこと。
椿オト女はそこに眠っていた羊三頭の背中をそれぞれ撫でるとゆっくり立ち上がった。そのまま何をするかとみていれば突然座っていた椅子を横倒しにしたのだ。僕の視線に気づいているのか声を発するでもなくそのまま作業を進め横に転がった椅子をなるほど転がして運び始めたのだ。椅子はつっかかることなくどんどん回って動いていく。なるほど、この体にしてこの大きな椅子でなどとオト女と話している途中に思ったが却って大きな方が腰も痛めずに運べるのである。
大きくて軽めの丸椅子もこの島ではいくつか生産されているらしく、腰を痛めずに力がなかったとしても椅子を持ち運びできる配慮がこの島にもあるようだ。
オト女は一通りの動作を見届けると向こうからも三つ又や先端が十字となった牧草地でよく見かける道具をもったものが何人かがやってきた。もう、昼飯の時間になってくる頃のようで僕やえんぴつ魔人もあがることにした。
川で体を洗って、広場に向かう。
握り飯を近くにいる誰かと食らい、また午後の仕事に取り掛かる。
誰もが全ての仕事を覚えその日の気分に合った仕事を見つけ出して、気が向くだけこなすのである。椅子や布団、農耕具など数を決めて計画生産する器具なども料理役でも洗濯役でもない者が作っていくのだ。
服を縫って、石を集める。タオルを取り込んで、薪を割る。
誰もが自分のやりたい仕事を見つけ、こなしていく。それでいて、誰も落ちることなく生活し、成り立っていることが何よりも偉大に感じられた。
島人たちの間に言い伝えられていく。村の掟なのか、毎晩行われる笑いと飲食の宴会によるものなのか、あるいは、単に本土から離れている土地で偶然立派な人が多い時代なだけなのか。
午後もやりたい気に任せて仕事をこなしながらいろいろな村民と話をした。昨日のMCをやっていたスープ魔女の八歳になる西空日の出(にしからひので)という娘や、その兄、木更津和尚(きさらづおしょう)という長髪の少年と自己紹介をして、笑って、ボケて、そしてツッコミをした。
毎日少しずつでも笑いを共有することで深くからの知り合いでいる気がしてきたのだ。縫物をしながらよくもあんなにくだらないことを話していられるものだ。
無駄で埋め尽くされた会話でありながらも常に何かしらを生産している。新しい笑いの観点が常に紡ぎだされていく。そう、働くという強制的な意識はない。誰もが誰に強制されるでもなく働いているのだ。
若くても老いていても関係ない。男だろうと女だろうと関係ない。
例えば、集めた大量の石を釜戸まで運ぶにしても男や女が入れ乱れつつ誰か一人が運ぶという展開になった場合でも若い男が自ら「やっぱ石運びと言ったら俺しかないのかな」などと言いながら率先して荷をとり持ち上げたところで悲鳴を上げそのまま運ぶことになることもある。と、思えばまたあるところでは、薪が大量に詰め込まれ普通に持つことも相当困難に思われる重い籠を「あれ、持ちたいよね」などと無茶振りされて必死に運ぼうとする若い女もいた。
おそらく、この島での最初の人間が丸椅子を横に倒して転がしながら運び始めたようにこの女も何かを発明するために健闘していた。引きずって、押してみて。
誰もが誰にもなるのだ。
今日イジられた奴が明日他人をイジっている。
昨日、軽労働だった者が今日重労働に挑戦している。
農業をこなすものが漁業をこなす。
午前には牛を育てて、午後には縫物をする。
村長もいなければ定まったまとめ役もいない。MCは毎日変わるのである。
その日、その時やりたいと思う者がその場の雰囲気で決まるのである。
皆、同等のコメディアンである。一人一人が全てのエンターテイメントをこなして自分なりのネタを持っている。だから、日替わりでMCとしてみんなをまとめて一日を進行させていくのだ。
だが、暗黙の了解というのも一応はあるようだ。
例えば、今日僕が話した西空日の出や木更津和尚はまだほんの何回かしか舞台に立ったことがないようである。十二、三歳くらいまでは笑いを創作するよりもたくさんのネタを貯め込むのが求められるようだ。慣れないうちからネタを大量に作ると型にはまって確実にスランプに陥るという。だが、人前で芸をすること、笑いが起きる間というものを肌で感じるために時々舞台に立つくらいらしいのだ。
またMCにたてるのも十五歳くらいからという大まかな目安があるらしい。どのジャンルが優れているというのがないとはいえ、やはりまとめて進行する力はある程度力がついてからでないと務まらないということである。
事実、八歳の西空も十歳の木更津もMCになったことは一度もないようだった。ステージに何度か立ったことがあるだけらしい。
だが、とにかく。とにかく型に拘らない新しい笑いの観点を求めているのだ。
そして肝腎なことはみんなそれを当然のことのように受け入れているということだ。常に自然は変わる。だからその都度状況は変えていく。でも、一貫して笑って生きるというスタイルだけは変わらないようだ。
つい、午後の労働をしつつも考えさせられてしまった。石を集めている途中にようやくばぶうと出会えた。今日こそ、一日中一緒にいた方が良かった日であるのに。
「今日舞台に立つじゃん。一つ問題があってね――」
開口一番にはばぶうは言ってきた。
そう、何を隠そう今日はステージへ漫才をしに立とうと大して考えもせずに決まっていたのである。一昨日の大宴会で明日出ようということを突然言われたからか久々に外出したからなのか分からないが何かがたたってそのまま僕は気絶してしまったらしい。ということで、とりあえず今日はやめておこうということを昨日の朝に寝起きの状態のまま話していたのだが今朝に今日もやめようという話はしていないわけであって当然出るような空気であったのである。二人の間での話ではあるが。出ようということ自体がその場だけの笑い話を確認するために朝から真偽のほどを聞こうとしていたのだが、ばぶうは違うところへ行ってしまっていたのである。だが、どうやらネタでもなかったようだ。
ステージに立つのだ。
ばぶうが軽く上を見ている。
「――ちょっと、ネタがないんだ」
ああ。いやいやいや。
「本当に出るんだっけ?」
「いや、出るでしょ、そりゃ」
「なんか、出る手続きみたいな」
「あ。それは今日のMCに一言かけて、食事が始まる前くらいに舞台裏で順番決めて折を見て、ステージ脇に行くだけさ」
本当に出るのだ。思えば、学生時代の学芸会以外に僕が人を楽しませようとする趣旨で人前に立つなどあっただろうか。
「やっぱり僕はぶっとんだのをやりたいんだよ」
ばぶうが石をバケツに入れながら語り始める。
「初心者がぶっとだのばっかりに手を付けていたら面白味が分からなくなるから止めろとはいうけどね。血液検査の平生の様子を見ている分には不足なしといったところだけと思うんだよね。やってみたいっていうネタの形みたいのはある?」
「いや、特にはないかな」
「じゃあ、漫才でいこう。初心者はコントから始めず、まず漫才からなんてもいうしね。だからそれに則って……あれ。言ってること滅茶苦茶かな。まあ、いいか。シュール系統の漫才という一番難しいところから入るわけだ」
こいつは何を言っているのだ。僕に難しいお笑いをしろというのか。
「だけど、さっきも言ったようにまだネタができなくてね。だから僕がシュールな設定を作っておくから、あくまでもそれを全否定せず話にのってくるみたいないつもの会話で乗ってきてよ」
「ああ」
「基本的には漫才はボケ主導とツッコミ主導に分かれるさ。話をどちらが引導をもって進めていく。ボケが先で主導していくならボケが回想したり説明したりしながら変な話を進めていき、ズレたところがあればツッコミが何かをやらせたりして進めていくものだよね。ここでは僕らがやろうとしているのはボケ主導型になると思うんだ。僕が一方的に変な話を進めていくからね。後はまあ途中にも言ったように回想型、説明型、手紙型なんていろいろ別れていくのだけど、まだ血液検査の場数的にもボケの無理な設定に翻弄されていくのが妥当かな。いや、これだって初心者にしてはなかなか難しいことなんだけどね」
ばぶうは話しながらも確実にもやろうとすると、草を引っこ抜いたり、てんとう虫やバッタをつかんでしまったりしたので、おとなしく話の身を聞くことにした。ただ聞いたところで頭になかなか入ってこない。
「で、てっとり早く笑いをとるためには漫才入りからのコント漫才に行くのが王道なんだけどね、こりゃ今回は無理だよ。何せ、ネタを創る時間が僕らにはないからね、えへ。あくまでもしゃべくり、僕に血液検査が翻弄される形でいこうと思う。なかなか難しいよ。ボケお種類がマンネリ化しないように奇想天外なボケを入れていかないとだし、かといって一本をずっと進んで理詰めで落とすっていうのもなかなかね。伏線張っててのも今更無理だから、理詰めで行き詰ったら少しずつ前の段階にテンション上げて戻っていくしかないかなあ。しゃべくりだけっていうのはよく初心者がネタだけ考えていざやってみて失敗なんていうのもよくあるんだけどね、まあ、いいや」
ばぶうのバケツを見ると、七分目まで手頃なサイズの石でいっぱいになり、僕のバケツを見ると、草や土の塊、恨めしそうにこち路を睨む、バッタ、カマキリ、アリ、てんとう虫、蝶々、サナダ虫、アオミドロ等々でいっぱいになっていた。
完全に頭が破裂しそうだった。
ずっと僕の側にいて、どちらかといえば僕が親近感をもてる言葉足らずくらいの喋りでボケ続けていたばぶうが突然語り出したので頭がぐるぐるしていた。
今日、僕はあの舞台に立つのだ。